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軍艦島はどこも廃墟の島です。
目の前の階段を上ると、立て坑の入口に繋がっているそうです。
実際に生活していた人がコンシェルジュとして説明してくらました。
朽ち果てたアパート
帰りの船から、
大きな吊り橋の下をくぐって長崎港に戻ります。
グラバー邸
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2011年11月〜12月
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小さな桟橋に船を停め
さて、いよいよ上陸です。
まず目に入るのは、
大勢の家族が生活していたと思われる、
コンクリートでできたアパート廃墟群です。
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長崎港から南西の海上約17.5kmにある島です。
小型のフェリーに乗って約40分で軍艦島に到着します。
本当の名前は”端島“と呼び、良質の石炭が採れ日本の近代を支えてきた、
炭鉱の一つだそうです。
1810年(江戸後期)石炭がこの島から発見されて、1890年(明治23年)三菱が採掘権を取得して、その後100年以上にわたり三菱の私有地となり、日本海軍の軍艦“土佐”に似ていることより「軍艦島」と大正時代から呼ばれるようになったそうです。
島には小中学校や店舗、病院、寺院、映画館や色々な娯楽施設があり、島内で全ての都市機能を持っていたそうです。最盛期は5,267人の人が住んでいたそうです。
しかしここにも暗い歴史があって中国人、韓国人が好条件に騙されたり、徴用されて強制労働に就かされ、多くの人が劣悪な環境での労働で亡くなったとのことです。徴用された中国や韓国の人は、この島を“監獄島”と呼んでいたそうです。
1960年以降は主要エネルギーを石炭から石油への移行で衰退して、1974年閉山となりそれ以降、無人島となり廃墟となりました。最近は近代化の遺産として世界遺産への登録運動も行われています。2009年に見学通路がほんの一部だけ整備され上陸見学できるようになりました。(Wikipediaより)
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長崎の稲佐山からの夜景と
反対側のホテルの窓からの夜景です。
ホテルからの夜景
稲佐山からの100万ドルの夜景
夜の眼鏡橋 ライトアップ
眼鏡橋と思案橋をブラブラしました。
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福江島のビーチです。
この日は、太陽が出たと思うと、すぐに雲間に隠れたりと、
不安定な天気でした。
太陽が雲間から顔を出すのを待っていて
撮影しました。
この島は椿がたくさん咲く島です。
2月ごろが最盛期だそうです。
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