「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

自由にも不自由にも首を絞められそうになってる糞爺のブログ (偽サイトにご注意!)

詩と宗教・信仰

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「不思議さがし?」

    不思議さがし?     キリストの十字架より二千年   今も奇跡が中心なのか。   驚くべき奇跡だ ゆえに信じなさい というのが信仰ならば ベースとなる伝道の骨格が カルトと同じだ。   キリスト信仰は 人間なら誰でも持っている心で 理解し共感できる信仰なのだから 不思議さがしからは 卒業していなくてはいけない。   不思議さがしではなく 現実の人間が共有できる信仰の世界であり   不思議さがしではないところに キリストの負いやすいくびきはかけられる。   いくら不思議を探しても 奇跡をありがたがっても そこにキリストはいないと思うのは   キリストから受けた最も大いなるものが 物や肉体の奇跡とは別のところで すべて表示すべて表示

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      縊死(いし)     幾人かの自殺者が残していったものは あまりにも急な沈黙に終わってしまって 動機も理由も結局は不明のまま 明確に語れる者は誰もいなくて 噂だけが煙幕のように漂ってはくるが 口の中でムニャムニャ 聞こうとして聞くに憚(はばか)り そのムニャムニャが胸の底まで沈んでいって さらに ...すべて表示すべて表示

「憑依の化け物」(修正)

2019/5/10(金) 午前 0:29

    憑依の化け物     成長は幼子に憑依する化け物 人格は化け物に憑依する化け物   自我は化け物を堅く守る要塞 成熟は化け物の爛れる活性化 老化は皮が剥離してゆく化け物   幼子は何も身に着けないのに   憑依は美しく 化け物は美しい この世は美しい化け物 真・善・美の怪しく蠢くところ ...すべて表示すべて表示

「こもる信仰」(修正)

2019/5/10(金) 午前 0:21

    こもる信仰     狭い庭から眺めながら 外の悪事には まるで神の義憤であるかのように 遠慮なしに斬るのだが   自らの庭の内側に対しては 厳しさを持とうとしない   大きな災害や不幸に際して 「お見舞い申し上げます」 「言葉もありません」 「お悔やみ申し上げます」   一方で ...すべて表示すべて表示



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