「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

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「繰り言」

 
  繰り言
 
 その名は不思議
 (批判対象ブログ)
 
 (批判対象記事)
 特別な日、今日を生きる
 2017/10/12(木) 午前 7:18
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28289247.html
 
 (シャローム氏の類似過去記事)
 永遠の今を生きる
 2016/7/24(日) 午前 6:20
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27598456.html
 今日を生きる
 2016/2/24(水) 午後 10:21
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27284785.html
 今日を生きる
 2015/9/6(日) 午前 5:52
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/26904240.html
 今を生きる
 2015/5/19(火) 午前 6:56
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/26638795.html
 
 
同じような記事をコピペして、何度も載せてくるのは、あざ笑うような、嫌がらせのような、繰り言になりますが、繰り返しながらも、シャローム氏は、破綻と背き、罪と偽善、侮りと高ぶり、欺きと偽りを、それだけ重ねていることになるのです。客観的な目が少しでもあるなら、無反応に繰り言を積むことは、自暴自棄の惰性だと分かるのですが。
 
最近は、違う記事さえ、言っていることは、似たような自己完結と、似たような空疎な讃美と、似たような筋書きと、似たような忘却と、似たような喪失と、似たような白々しさを感じさせることが、とうの昔にパリサイ的形式化によって成長を放棄した末路なのでしょう。
 
>★今日のみ言葉★
> 「今日こそ」
> 今日という日、それは特別な日です。
>なぜですか。2度と帰ってこない日だからです。
>それだけではありません。
> =========
> 詩篇118:24
> 今日こそ主の御業の日。
> 今日を喜び祝い、喜び躍ろう。(新共同訳)
> =========
 
>そうです。
>今日が特別な日なのは、この日は主が備えられた日、.
>主がつくられた日だからです。
>今日、主があなたやわたしのために何かをされることを信じ、
>期待できますか。
>だから、喜び祝うのです。
>喜び踊るような気持ちをもてますか。
>目に見える現状がどうであっても、喜びの先取りです。
 
>これはお金があっても無くても、
>能力や才能があってもなくても関係ありません。
>実はそれが信仰です。
>このことで励まし合う仲間がいますか。
 
このような、喜べ、喜べ、喜べとばかり繰り返す記事に嫌気を催す繰り返しに、シャローム氏の偽善的投稿は拍車をかけています。繰り言信仰とでも言いたくなるような薄さと浅さで、鈍麻してゆく一切は、信仰の賜物を、破り捨てられた無数の包装紙に変えるでしょう。
 
> 《shalomのコメント》

>私たちはだれも例外なく死に向かって生きています。
>でも、死の床に伏せていなければ明日があることを当然のこととしています。
>でも明日が自分の手の中にあるわけではありません。
 
>どのような状況や出来事の中にあっても、
>今日という日が生ける神の御手の中にあって生かされている日であることに
>すべての人に与えられた確かな希望があります。
 
命をお返ししてゆく老境にあって、まだ、永遠に生きることを夢想しているから、神の御手の中にあって生かされている、などと常套句で飾ることも繰り言なのです。この世は都合のよいことばかりと思わなければ気の済まないだけの信条になってきて、自らの現実に向き合わないで、多幸的になっていられるのは、何の用意も弁えもできていない裏返しでしょう。
 
>神の民イスラエルの歴史を旧約聖書は伝えています。
>神はご自分の民として大国のはざまに翻弄される.
>明日しれぬ弱小民族を選ばれました。
>その歴史は神の民としての誇りとともに、人としての弱さを.
>ありのままに証ししています。
 
こういう文言には、自分が選ばれた理由であるところの、弱さ、小ささが表れているものですが、シャローム氏は、誇りとともに人としての弱さ、という、ぞんざいな書き方をしてしまうほど、誇れる何ものもない弱さの実感が欠けている人なのです。
 
>神の民としての宗教的誇りと独善性によって、.
>大国を汚れた神無き異邦人として軽蔑しながらも、
>その政治、軍事力、宗教の前に屈服させられ、.
>支配させられる苦難の民の姿です。
 
ボロクソ節も繰り言として、支配力を欲しがる心性を暗示しながら、シャローム氏の心の中でだけ安心して、イスラエルに向けられています。
 
>神の民イスラエルの姿は神に生かされ愛されながらも、.
>神を見失ったすべての人間の姿なのです。
>しかし、神は常に痛みと苦しみの中にあるご自分の民に、.
>ご自分を証ししておられるのです。
>それは、今日生きている私たちにも、変わることがありません。
 
イスラエルへはボロクソ節を当てて、自分には神の証を不変とするシャローム氏は、自分はイスラエルのようにはならないと慢心しているのでしょうか。まさに、当時のパリサイ人そのままなのですが・・。
 
>人の目には見えないけれど生きて、
>私たちを愛しておられるご自分の姿を
>私たちの目に見える姿であらわすために、.
>神はインマヌエルと呼ばれる方を遣わされたのです。
 
>預言者イザヤはイエス誕生700年前に次のように予言しています。
>「それゆえ、主はみずから一つのしるしをあなたがたに与えられる。
>見よ、おとめがみごもって男の子を産む。
>その名はインマヌエルととなえられる。」
>※インマヌエルの意味は「神我らとともにおられる」です。
 
>イザヤが誕生を予言したインマヌエルなる方、それがイエスなのです。
 
インマヌエルと気取ってキリストを讃美して、神がともにおられるということを、何の恐れも抱かずにいられることが驚きです。キリストの物語を観劇しているような安穏境地・・。
 
>「ピリポはイエスに言った、
>「主よ、わたしたちに父を示して下さい。.
>そうして下されば、わたしたちは満足します」。
>イエスは彼に言われた、
>「ピリポよ、こんなに長くあなたがたと一緒にいるのに、
>わたしがわかっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのである。
>どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。
>わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。
>わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。
>父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。」
> (新約・ヨハネによる福音書14章8〜10節)
 
キリストのピリポへの諭しを、シャローム氏は、どう受け取っているのでしょう。彼は、同様に彼の話は神が自分のうちにいて働いている、と言いたいのでしょうか。好きなだけ背き続けて、身の程を知らず、どんどん小さい穴倉の中の独裁者になってゆく彼の話が?
 
>更にイエスはご自分の十字架の苦難と死を前にして弟子たちに言われました。
>イエスは答えられた、.
>「あなたがたは今信じているのか。見よ、あなたがたは散らされて、
>それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとりだけ残す時が来るであろう。.
>いや、すでにきている。
>しかし、わたしはひとりでいるのではない。
>父がわたしと一緒におられるのである。
>これらのことをあなたがたに話したのは、
>わたしにあって平安を得るためである。
>あなたがたは、この世ではなやみがある。
>しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」。
> (新約・ヨハネによる福音書16章31〜33節)
 
>イエスは信じる者に、今日を生き、明日への希望を与えてくださる方なのです。
 
キリストは世に勝ち、信仰者は悩みの中から勇気を得ます。シャロームは勝ったつもりだけで、独り残って闇の中から怒気を得て、明日への希望?の焼け石を噛んでいます。
 
>神からの平安がありますように!.
 
今日もシャローム氏は、安穏の鍋が吹きこぼれるように、世辞の裂け目から転げ落ちるように、吐き気を更新してくる日常を過ごしているようです。シャローム氏の喜びは、生き生きした人間の情感が表されていないために、むくみのようで、とても不快です。
 
信仰の話だからといっても、同じことを繰り返すことに意味があるのではなく、時々に移り変わる心を捉えるのでなければ喧しい銅鑼の音に過ぎません。ほんの少しでも謙虚と柔和とを弁える人なら我が身を振り返って、惰性で繰り返すことには退屈よりも迷惑を感じられるはずなのですが、揺るがないことを不変と勘違いしている人は、同じ表情と同じ言葉と同じ筋書きを押し当てる圧力を、愛と勘違いしてしまうのでしょう。
 
 
(2017年10月13日)
 
繰り言(くりごと)
惰性(だせい)
諭し(さとし)
銅鑼(どら)
 
 
 
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今1ページ目、達成中につき、ありがとうございます。
 

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