「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

自由にも不自由にも首を絞められそうになってる糞爺のブログ (偽サイトにご注意!)

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「キリストの使命」

 
  キリストの使命
 
 
存在と支配は神中心
 
しかし信仰は人間のため
 
人間は神について
知らないことのほうが遥かに多い
 
人間は神の奇跡について
理解も共感もできない
 
物や肉体の奇跡は
滅多に起こりません
それに
奇跡に驚くだけでは
人は救われません
 
どうして神を
人が信じられるのだろうか
 
私たちが救われたいと望むのは
救われない辛さを
人間世界において知っているからであり
ゆえに何らかの理解と
共感がなければ救いを求めたりしない
 
神はその疑問を
すでにご存知であり
それゆえにキリストを遣わした
 
私たちは
キリストにおいて
救われることの幸いを垣間見たのである
 
そうして
人間が持っている良心
すなわち
誰もが持っている情緒と思慮のみで
理解できる御方
すなわちキリストによって
共感され
共感するだけで救われる
という祈りの道を与えられた
 
この共感によってのみ
日常的に
神と人は双方向になり
神と人は共感が可能になります
 
この共感可能な双方向を
温もりと潤いの共有を
超常の言葉で塗りつぶさないでください
 
私たちの不完全性と
神の完全性とを
つなぐ唯一の絆なのです
 
 
(2018年06月03日)
 
絆(きずな)
 
 
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政治の:
多くの国民は、今の平和と今の社会が、このまま正常に続くことを、なんとなく信じているのかもしれません。役人にも、そういう人が多くいるのかもしれません。しかし、今、起こっていることは、戦後においては、前代未聞のことです。これほど次から次に罪と不正が隠蔽されたことはないのです。官庁も一役買っているとしか思えません。その中心にいて、影響を及ぼしている政権の長たる者が率先してやっているからです。戦前、戦後の政治のように、肌身に感じて初めて慌てる、ということが、またこの戦後70年以上経って、繰り返されるのでしょうか。それこそ、奇兵隊のように、草莽決起して、戦争しろとは言えないが、ABs排斥運動を起こさないと、どうにもならないかもしれない、という段階だと思います。

2018/6/3(日) 午前 8:33 st5402jp 返信する

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