「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

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「信仰=祈り」

 
  信仰=祈り
 
 
キリストに救われた人々は
キリストの生い立ちを尋ねたか。
ダビデの子孫であることを尋ねたか。
生贄と贖罪について尋ねたか。
否である。
 
彼らはただ
どうしようもない願いがあり
どうしようもなく正直でしかありえず
ゆえに正直に願いを隠さず飾らず
キリストに訴えて義とされたのである。
 
人は何ゆえ神を仰ぐのか。
 
人間は
神を信じると言うほどに
神の情報を与えられてはいない。
 
信仰があって
それゆえに祈るのではない。
 
信仰は
それなしでは生きてゆけないほど
強く願うことだと書いた。
 
信仰には必ず願いがある。
 
神に成り行きを任せても
必ず願いがある。
 
赦されて慰めと癒しと導きを得て
生きてゆけるようになりたい。
生きてよいと言ってほしい。
生きよと言ってほしい。
必要とされたい。
 
そのために今は
神がいてくださるように。
キリストが同伴してくださるように。
聖霊が臨在してくださるように。
 
信仰以前に
神の存在が人にあるだろうか。
人以前に神はいても
神よりはるかに後である人は
信仰なしで神の存在を思わないはず。
 
人が言葉に表すとき
神は信仰であり
キリストは信仰であり
聖霊は信仰である。
 
それらはすべて
それなしでは生きてゆけない
という強い願いである。
 
信仰は強い願いである。
 
願いは祈りであり
 
祈りは願いである。
 
信仰は理屈ではなく
 
信仰は願いであり祈りである。
 
聖三位はいずれも今は目に見えない。
お祈りをして安らぎを得たなら
それは神の働きだと
あるいはキリストの働きだとも
あるいは聖霊の働きだとも言ってよいはず。
聖三位は一体である。
 
 
そこを間違えると
三つの位格を実感の欠片もないのに
別格として分けて知ったかぶりをしたり
 
信仰を得たものだから
知りもしない永遠の世界を
自分に当てはめて
絶対言葉をちりばめて
自らの神話を作り始めるだろう。
 
私と神、
私とキリスト、
私と聖霊
という超常神話の作り話は
信仰の勘違いから捏造される。
 
地上にいる限り
人の言葉は未熟でしかないのに
超常の言葉を並べて神と人の話をするのは
自らの存在を祈り以前に誇大化したところの
神を対象化し信仰を教条化した理屈に過ぎず
それを信仰と呼ぶことは出来ない
 
 
人間の祈り
すなわち願いから始まる話こそ信仰の話であり
人は終末に至るまで人間であり
人間から逸脱した話は出来ないはずだ。
 
神の行為と計画を考えるのではなく
人間が信仰によって
つまり祈ることによって
いかに変わりうるか
という人間の話に集中しなくてはいけない。
 
不完全な人が
神の話に集中して
妄想のように誇大的で
空想のように無味とならないために
 
不完全な人が
人の話に集中して
思想として自覚的であり
予想として相対化できるように
 
信仰が
熟語羅列の超常物語ではなく
なくてはならない告白と願いの
神への捧げものに相応しい祈りであるために
私たちにとって
不完全な身の程に相応しい祈りであるために
 
聖書から
パリサイ人と取税人の祈りを学んでいるなら
救われる罪びとの正直に立ち返り
 
神を信じると言って
信仰に自らの尾ひれを付けることのないように
信仰が自らの切なる願いであり続けるように
 
あのような者と誰かを指すのではなく
このような者と自らを指して
胸を打ち赦しを乞う願いのために
祈ることから信仰が始まっていることを忘れてはいけない。
 
 
(2018年06月14日、同日一部修正)
 
生贄(いけにえ)
贖罪(しょくざい)
三位(さんみ)
欠片(かけら)
捏造(ねつぞう)
 
 
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閉じる コメント(2)

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信仰を続けるのも、その人の力量ですね。何でも信仰することはいいことです。私は何にも入っていません。私は、自分自身の目の前にあるものを信仰しています。昔は、キリストを信仰していましたが、なにやら疲れて止めました。でも、信仰することは賛成です。
読んでいると勉強になります。考えさせられますね。
何時も有難うございます。切に心から感謝しております。

2018/6/14(木) 午前 8:06 シオンのカケラへようこそ!! 返信する

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>信仰を続けるのも、その人の力量

個人の力量ではなくて、教科書的には神のおぼしめしということになるのですが、その神のおぼしめしは、個人によって、中身や使命が違うだろう、ということは言えるでしょう。誰が多い少ないということはないと思うのですが、私はいろいろ書いているけど、年寄りだし傷物だし、もう力がありません。弱音でした。失礼。

2018/6/14(木) 午前 8:32 st5402jp 返信する

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