「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

自由にも不自由にも首を絞められそうになってる糞爺のブログ (偽サイトにご注意!)

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「人間レベル」

 
  人間レベル
 
 
人間は生きる時空を限られた生き物である。
 
神は全ての時空を知りかつ支配する御方である。
 
神を思えばほぼ同時に知ることがある。
人は全知でも全能でもない不完全な生き物である。
すなわち人は、
固定してよい真理や真実を得ることはない。
 
かつ人が神に教えられたというとき
それを受け取った人の中にある人に自覚できるものは
決して神のものとしての完成を持ってはいない。
 
人間は限られた時空において苦悩して判断し決心して
実行した結果を神に捧げる立場であって
前もって神の正義を前提にするなど以ての外である。
 
 
人間のレベルで可能なところの
 
真実とは、せいぜい、不実の自覚であり、
正義とは、せいぜい、不正の自覚である。
 
この地上に生きる限りそれ以上ではない。
 
そしてそのことこそが
信仰者の成長を可能にしている。
 
 
したがって神と神の意志について
見える、分かる、知っている、という言葉ほど
背教を示す証拠はないのである。
 
しかしながら
その背教を多くの人は犯している。
したがって
そこから不全の自覚を持つようになれば信仰となり
そのまま人に教えようとすればカルトとなり偽善者となる。
 
すなわち信仰は
祈りと願いと志と努力の方向を示しており
完成の境地を示してはいない。
 
神に救われる唯一の条件は
人の不完全の自覚であり
それがあれば、それだけで救われ、導きを与えられるが、
それがなければ、それだけで救いから外れる。
 
後者が、なぜ救いから外れるかと言えば
不完全の自覚がないということは
完全だと思い込んでいることであり
それは、一対一対応で、成長を拒否することであり、
唯一完全な神に従う意志がないことを意味するからだ。
 
そこが人間が弁えるべきところの
神に対する人間レベルの自覚であるから
そこを弁えられない者は
聖書解釈の是非や言動以前に
既にキリスト者としての成立条件を自ら捨てているのである。
 
救いの条件のみではなく
人間の滅びのあり方として考えられるのは、
完全だという教条に凝り固まった者を待っているのは
そこで個人の世界が停止するという結末の予約であり
言葉もそれ以上の世界を持ち得ないために
反対者を神の敵か悪魔と呼ぶしかなくなることである。
 
すなわち教条主義は進めば進むほど
現実からも人間からも離れてゆき
超常の魔界にしか生きられなくなる必然を持っている。
 
 
全能者である神はいつも見ておられる。
悪しき企みは既に見抜いたうえで見ておられる。
 
歴史の成り行きが証明しているように
神は多くの忍耐を信徒に求めるけれども
いつまでも黙って見ておられる御方ではない。
 
 
(2018年08月09日)
 
 
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最初にここでいったことおぼえてます?
全く浅い…
貴方が知らないだけ。

2018/8/9(木) 午前 11:00 [ こうさん ] 返信する

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あなたのことは忘れる対象でしかありません。
荒らしに言われても
浅くて結構、去ったのだから、未練がましく来たりなどせぬように。
またスクリーンショットしないといけない・・面倒

2018/8/9(木) 午前 11:28 st5402jp 返信する

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