「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

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「情欲の聖句」

 
  情欲の聖句
 
   マタイによる福音書/ 5章 27節〜28節 情欲の聖句。
   
https://blogs.yahoo.co.jp/tenzinkuoshi/64598070.html
    by Yhoshuah (以後、ヨシュア、あなた、彼)
 
 
カルトの教条主義の
現実に対する問題意識のない浅薄で安易な受け取り方が見えてきます。
 

常日頃、聖書に親しんでいないと、古いままの思い込みの聖句を死ぬまで
信じていることになります。

 
私にとって聖書の解釈は、人がするものだから絶対ではないという認識です。したがって、よりよい解釈と思ったら、修正可能にしています。
 
ヨシュア氏が、新しいと言う新共同訳の解釈を示しました。
新しい解釈が、よりよいものかどうかを考えてみます。
 
>口語訳ではこう翻訳されています。聖書協会のネット版でも以下です。
>マタイによる福音書/ 5章 27節
> 『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
 
>マタイによる福音書/ 5章 28節
>しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、
> 心の中ですでに姦淫をしたのである
 
>しかし、新共同訳聖書では重大な変更がありました。
 
>マタイによる福音書/ 5章 27節
>「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。
 
>マタイによる福音書/ 5章 28節
>しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで「他人の妻」を見る者はだれでも、
>既に心の中でその女を犯したのである。
 

「だれでも、情欲をいだいて女を見る者は」と「みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、」の違いです。情欲の対象を他人の妻だと限定され、そのように変更されています。

 
情欲というものは自然に湧いてくるものです。
他人の妻だから湧かないようにしよう、とか出来るでしょうか。
 
また
視線の先の女性が他人の妻かどうか、いつもはっきり分かるでしょうか。
 
また
他人の妻でなければ、情欲を抱くことは罪ではない
と言うのでしょうか。
 
相当に、いやらしい目で独身女性を見る男もいると思いますが、
それは、自然で、罪はない、と言うのでしょうか。
 

『姦淫するな』と言われていたことはモーセの律法です。
これは、十戒の内七番めの戒めで、婚姻関係のある男女に
第三者が割り込んで性的関係を結ぶ事を避けさせる戒めでした。

 
>今の新共同訳では、
>「他人の妻」を情欲の思いを持って見ることが罪だとされるのです。
 
言葉を、倫理に合わせて守れるように解釈した感を否めません。
言葉の上だけで、ちょうど良いものにして、
実際、現実を考えれば疑問がある、という例でしょう。
 

全ての女性を対象だとされていた解釈ではない、
昔の理解とは異なることになったのです。

 
以上のことを考えれば、いっしょなのです。
 
情欲というものが分かってない人や
女性について実際ではなく言葉だけ整えたい人や
 
人間の罪についての洞察の乏しい人が
これでよくなったと、考えそうなことです。
 
他人の妻で辻褄を合わせるよりも
もっと、そして最も、大事なことがあり
その罪性を見逃すと、聖書は安い道徳になってしまいます。
 
 「教えを受け取る」
 
https://blogs.yahoo.co.jp/st5402jp/19874882.html 
 
新共同訳の適否だけの問題ではないのです。
それを知ってるんだとばかり、
思い切り詰ってくるカルトの一方的な体質が問題なのです。
 
>ここで言っておきます。
> 
>男女の性的関係自体が罪ではありません、イエス様は男女は一体であるといいましたから、
>一体の男女から子孫が生まれる事を是認しています。
> 
>他人の妻を自分のものにしようと、みだらな思いを持つ人は居るかもしれないけれど、
>そうそうクリスチャンでは、いないでしょう。
> 
>クリスチャンでなくても、当然の道徳です。
>だから守れない掟ではありません。
 
行為義認に走って、
行いによって義が得られるとするカルトの場合、
教えを守ることを教えます。
だから、教えを、守れるものだという方向に解釈します。
そこには、パリサイ人が陥ったような、
守れない者に対する差別意識が育ってゆくでしょう。
行為義認の信仰?において、最も危惧されるところです。
 
>イエスさまの おっしゃりたかった要旨は、罪への罰則というより、
>夫婦関係を大切にせよ、ということだったのです。
 
解釈が、緩い道徳になってしまっています。語る必要もないことです。
 
>昔の聖書理解は、変更されたのです。
>新しい葡萄酒は新しい皮袋に入れましょう。
 
新しい葡萄酒は、出来が悪いようです。
 
 
>教えを受け取ると言っても、正確な聖句を知らないと
>間違ったままの理解で終わります。
 
深い考察をしないのは、どちらでしょう。
 
>間違ったままの理解を信仰して他人にまで押し付けたならそれは笑えない
>冗談になってしまうでしょう、もうそれこそ喜劇、?悲劇!かもしれない。
 
とまで言ってしまうのは、自己の解釈を自慢して、
人を笑いものにする傲慢以外の何ものでもありません。
 
解釈を自慢して固定して人を揶揄するようなことがあってはいけません。
 
 
>欄外編。
 
私の
「カルトとか、気の変になっている人の文章見ると、
ほんとに、絶望的な気分になります。」
 
>或る人には、神様の方が絶望している、、かもしれません。
>ご自分が気が変なのを自覚できていない。
 
自称マグダラのマリアにしても
自称ヨシュアにしても
お味方には世辞の社交で臨み、
批判者には嘲りと罵りしか向けません。
 
相手を疲弊させて退かせようという意図が見え見えです。
 

早く退場をお勧めします、偽善者さん。
それに、きちんと聖書を読んでください!
無知による、嘘の聖書記事を書くのはおやめください。
あなたの理解は間違いだらけでしかも、古すぎますので現代には通用しません。

 
このように、批判者に対しては、偽善者と呼び、
即、退場を勧めてくることからも分かります。
 
批判をいっさい受け付けないカルトの傲慢が露骨すぎて
吐き気を催しながら書いています。
 
 
(2018年09月11日)
 
詰る(なじる)
嘲り(あざけり)
罵り(ののしり)
疲弊(ひへい)
 
 
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