「ウソの国―詩と宗教」戸田聡ブログ

自由にも不自由にも首を絞められそうになってる糞爺のブログ (偽サイトにご注意!)

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「続・笑う偽善者」

 
  続・笑う偽善者
 
   
https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41396760.html
    のコメント欄、おもに続き。
   シャローム shalom のコメントなど。
   一部タイムスタンプ省略。
 
 
自由さん 寒くなりましたが、お変わりありませんか。
 
 私は年のせいもあり目が疲れやすく、本を読むことがすこし億劫になってきました。
でも最近自分の小さな本棚にも買ったまま積読状態の本が結構あることに気が付きましたので、ふと取り出しで読むようにしています。読んだ本にも、また読んでみたくなり読んだりしています。本屋に行っても、もう厚い本には手が出ませんので、文庫本のような手軽な本しか手に取らなくなりましたね。その時心にかかること、気になるテーマの本がやはり読みたくなります。でも私にとって本の中の本はやはり聖書ですね。(笑い)風邪などひかれないようにお過ごしください。
 
(途中省略)
 
2018/10/31(水) 午前 7:51[ shalom ]返信する
 
> 自由さん
 
私が信仰生活において心にとめている3つの原則があります。
 
その一つ、自立の原則は「私は自分の思い、感情、言葉、行動には自分に責任があることを認め、受け容れ、決して他人のせいにして責めたり、裁きません。」
 
いつもできることではありませんが、自分の自立のため、自律を保つためにとても役に立つことがあります。
 聖書を読んで感じることは、人ぞれぞれだと思いますが、生ける神の御手のなかに守られ、生かされている自分にふと気づかされることで助けられます。我が家の憲法みたいなものでしょうか。トイレに貼ってあります。(笑)
 
2018/11/2(金) 午後 1:10[ shalom ]返信する
 
 
(以上、ここまでは抜粋。前の記事「笑う偽善者」にて。以下、続き)
 
> 自由さん
 
2018/10/31(水) 午前 7:51の私のコメントは全く自由さんに対するものであって、他の誰かを想定したコメントではありません。
それに笑わないことが真剣さの証しになるかどうかは私には理解できませんが、それもその人の選んだ生き方なのでしょうから、私がとやかく言うべきことはありませんね。
 笑いは人間関係、対話の潤滑油だという考えもあるようですし、福音寄席、落語によって伝道活動をしている人もおられるようです。人さまざまの生き方があるようです。
 
2018/11/2(金) 午後 10:47[ shalom ]返信する
 
 

2018/10/31(水) 午前 7:51の私のコメントは全く自由さんに対するものであって、他の誰かを想定したコメントではありません。

 
公開されるコメント欄において、嘘を吐いたという不祥事があったことを、シャロームは、全く無視しているということです。これはまずい、ということを考えないわけです。恥ずかしい人です。
 

それに笑わないことが真剣さの証しになるかどうかは私には理解できませんが、それもその人の選んだ生き方なのでしょうから、私がとやかく言うべきことはありませんね。

 
あなたが「笑い」と書くことは、発言が嘘だという嘲笑いであったという事実があるにもかかわらず、また書いてくるのは、生き方ではなく、嫌がらせだということです。故意でないならば、あなたの情緒面が壊れているのです。だから、このように、平気で、状況と文脈を考えない理屈だけで、また、言い訳めいたことを書いてくるのです。
 

笑いは人間関係、対話の潤滑油だという考えもあるようですし、福音寄席、落語によって伝道活動をしている人もおられるようです。人さまざまの生き方があるようです。

 
生き方ではなく、潤滑油でもなく、あなたは、火に油を注いで喜んでいる。
 
あなたと、あなたのコメントは、福音でも、伝道でもない。人を怒らせて喜んでいるサディストの所業です。この7年間続いた偽善が、ここで、潤滑油になると思って平気でいることが、既に、並外れた非道の無反省の現れです。
 
それは、どんなにごまかそうとしても、あなたの語ってきた妄想的信条の未処理と未解決の持続によって、人間関係は騙し以外にありえず、真摯に受けて書くことをせず、社交でごまかそうとする、あなた独特の体質的な、神と人を欺く悪意でしかないのです。
 
あなたには、落語風味の説教も、普通の説教も、できません。7年間、できたことはありません。
状況を弁えないで、「笑い」と入れることで、福音寄席などと、潤滑油などと、弁明した気になっている神経が、ますます、あざとい、ということです。
 
あなたがしてきたことは、丁寧語で、当たり障りのないように見せた隙間に、カルト的信条をすり込んできただけです。キリスト信仰の福音伝道をしたことはありません。いい加減、善人ぶったコメントも記事も、やめなさい。偽善者が、偽善を隠して、偽善を施した、偽善を積み重ねた、と言うだけです。答えず、応えない偽善者、催吐剤でしかないシャロームへ。
 
2018/11/3(土) 午前 2:35 st5402jp 返信する
 
対話の潤滑油、福音寄席、落語によって伝道活動、というのは、それをするのが相応しい状況と、人間としての分別を弁えた人によってのみ可能です。あなたが、「笑い」を入れることは、それに該当していませんし、あなたという偽善者の、錆びて曲がった釘のようなセンスでは、今後も出来ないし、してはならないことです。
 
人間の微笑ましい潤滑を、あなたは、施したことがありません。いつも、そこを、暴力としてのコメント削除、都合が悪くなると一時の沈黙、全てを無かったかのように、白々しく書こうとする態度、などと言う偽善によって裏切ってきたのが、あなたです。言い訳がましいことを、二度と、言わないように。シャロームへ。
 
2018/11/3(土) 午前 2:46 st5402jp 返信する
 

自立の原則は「私は自分の思い、感情、言葉、行動には自分に責任があることを認め、受け容れ、決して他人のせいにして責めたり、裁きません。」

 
あなたの自立の原則は、批判に対して弁明が必要なときに、相手を侮辱して終わらせるような、他害にしかなりません。
 
あなたが記事で言っていた「神の憲法」という造語と、ここで言った「我が家の憲法」は、今まで、人を無視し、傷つけ、怒らせるところの、シャロームの拳法にしかなっていません。その暴力精神と自己無罪妄想は、キリスト信仰の敵です。
 
>本の中の本はやはり聖書ですね。(笑い)
 
聖書のどこからも、罪は悔い改めなくてよい、何をやらかしても赦されて無罪だから社交の世辞だけ書いておけばよい、偽善を働いても何事もなかったように振る舞ってよい、などという教えは出てきません。
 
2018/11/3(土) 午前 3:13 st5402jp 返信する
 
あなたという自称キリスト者及び牧師?が、社交の世辞と時候の挨拶によって、普通に他者と交われると思っているなら、そのたびごとに、過去から今までの、あらゆる未処理の問題と未解決の偽善の事実が、私と通じて、あなたを糾弾します。
 
一時の沈黙で凌ごうとしたら、重ねて未処理と未解決を作ることになるだけです。約7年間、ずっとそうだったのです。信仰の問題ですから、社交でごまかすことは出来ません。あなたは、それだけのことをしてきたのだから、今さら、笑いで和むことなど許されません。
 
2018/11/3(土) 午前 3:34 st5402jp 返信する
 
 
> st5402jpさん
「人間の微笑ましい潤滑を、あなたは、施したことがありません。」
 
stさんにとっての微笑ましい潤滑は何ですか?
きょうも秋晴れ!サイクリングは爽快ですよ。
 自転車もチェーンなどに油をささないと爽快に走ってくれません。バイクにも乗りたいのですが、孫が“やめて!といいます。むかしはお金がないので80ccのバイクに子供を後ろに乗せて車の多い道を50kmほど峠を越えて神学校から教会まで走ったのですが懐かしい思い出です。
stさんはバイク乗りでしたね?
 
2018/11/3(土) 午前 8:33[ shalom ]返信する
 
> 自由さん
 
笑いにいちいち説明を付けるのですか!?
 (爆笑)ものかもしれませんね!
“笑点”に取り入れたらいいかもですね!(?笑)
 
それにしても日本のテレビは面白くもない笑いでいっぱいですね!(苦々しい苦笑)
 
やさしい配慮の自由さんらしいコメントですね!(笑顔)
 
2018/11/3(土) 午前 10:27[ shalom ]返信する
 
 
批判者を消耗させてゆくシャロームのやり方が表れています。
 
>stさんにとっての微笑ましい潤滑は何ですか?
 
あなたのように適否の分別なく口を出してくる人には分からないでしょう。
あなたは、チェーンの外れた自転車と言えるでしょう。何も進んでいない、かつ傍迷惑。
 

きょうも秋晴れ!サイクリングは爽快ですよ。
自転車もチェーンなどに油をささないと爽快に走ってくれません。

 
人間関係の問題なのに、潤滑油の単純な性質を述べて、茶化しています。これでも悪意がないと言えるでしょうか。人に対しては、世辞と揶揄で処世してきた人なのです。それで万事済むと思っているところが、体質的な思考障害なのでしょう。
 

笑いにいちいち説明を付けるのですか!?
 (爆笑)ものかもしれませんね!

 
笑いに説明をつけるとか、誰か、書いたのでしょうか。
書くほうも、受け取るほうも、思考が外れてます。
それとも、はぐらかしでしょうか。易坊でしょうか。
 
 
> st5402jpさん
 
易坊さん?
 
 思考が外れてます。
 
2018/11/3(土) 午後 0:32 [ shalom ] 返信する
 
 
この答え方、丁寧語の社交を外せば、やはり、易坊
 
あるいはシャロームの「私は自分の思い、感情、言葉、行動には自分に責任があることを認め、受け容れ、決して他人のせいにして責めたり、裁きません。」は嘘
 
2018/11/3(土) 午後 0:43 st5402jp 返信する
 
易坊ではないです!、ではなくて、思考が外れてます、とは
 
2018/11/3(土) 午後 0:46 st5402jp 返信する
 
シャロームは、前に、十字架上で救われた犯罪人と、処刑を免れたバラバを混同していました。恐らくシャロームは、聖書、ろくに読んでいないと思います。
シャロームは、私と同じような、読書障害ではないかと思います。これまで、やり取りして、また記事やコメントを書いてきて、相手の書いた文および文章を殆ど汲み取らないのは、汲み取れないからでないかとも思っています。
私は、少し読んで、たくさん考えるようにしましたが、シャロームは、読まず、考えないことにしたのでしょう。読めない文章は苦痛だからです。読み取れないならば、読み取れないと言うべきなのです。私が、今そうしているように。
 
2018/11/3(土) 午後 3:21 st5402jp 返信する
 
 
>stさん
>笑いに説明をつけるとか、誰か、書いたのでしょうか。
 
すいません、自分です。
こんな流れですね。↓
 
>思ったのですけど、(笑い)と書くと、その笑いが、友好的な笑顔か、嘲笑か分かり難いときもあるので、いっそ(笑顔)(照れ笑い)(自嘲)みたいに細かく書いた方が無難なのかもしれません。
2018/11/3(土) 午前 8:08 [ 自由 ]
 
 >笑いにいちいち説明を付けるのですか!?
  (爆笑)ものかもしれませんね!
 >2018/11/3(土) 午前 10:27 [ shalom ]
 
2018/11/3(土) 午後 8:47 [ 自由 ] 返信する
 
 
> 自由さん
 
そのことですか。説明というより種類ですね。それで、(爆笑)と(笑顔)とか。私も、(苦笑)とか書くことありますし、一般的には否は言いませんが、
シャロームについては、今笑っていられる場合ですか?ということが、ずっとついてきます。どんな笑いでも、シャロームの中でだけ、何事もなかった、という前提があり、それは真実ではない、問題があるという事実を無視している、ということを問題としています。ずうっと、それが問題なのです。人間なら、笑えないはずのところで、笑顔を見せれば、醜い嘘なのです。
 
2018/11/3(土) 午後 10:19 st5402jp 返信する
 
 
(2018年11月04日アップ)
 
 
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