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1889(明治22)年に御着・国分寺・深志野の3大字から 各1字ずつを採って成立した村名が基になっています。 また「御国野」ですが読みは「みくにの」なので元の読み方からは離れてしまいましたね。 1957(昭和32)年に隣の別所村などと共に姫路市に編入されています。 この地域は壇上山古墳や播磨国分寺、御着城に代表されるように、 古墳時代以来、播磨の政治・文化の中心地でした。 御着城は国道2号線が突っ切るなど、ほとんど城址が残っていませんが、 播磨国分寺はスタンプにもあるように形を残しています。 また、播磨国分寺は全域が国の史跡に指定されています。 (ただし、現在の国分寺は1639(寛永16)年に姫路城主となった松平忠明が率先して再建したもの。 天正年間の豊臣秀吉の兵火によって焼失してしまったのです) |
【JR西】三都物語
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