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途中コンビニで休憩を挟みつつ、岡山市内で国道180号線に入ります。
ほぼJR吉備線沿いを走り備前三門の駅前を過ぎてすぐ、目の前の建物に(私にとって)見慣れた文字が… 「関西高校」 「おぉぉっ!ここにあの関西高校があるんかぁっ」 …と高校野球ファンは1人で盛り上がったのでした(*-_-)/ 高校野球について詳しくない方(または岡山県外の方)は「なぜ岡山なのに関西?」と思うはず。 これは「かんぜい」と読むんですね。 甲子園出場が決まった際に新聞などには必ずと言っていいほどフリガナが付きます(笑) でも、調べると「関西(近畿)からよい人材を集めたい」ということに由来しているそうで 「カンサイ」が訛った発音が正式な校名になったようです。 戦後初めての甲子園出場の際、ユニフォームには「KANSAI」と記されていた、 という記録もあるので間違いなさそう。
創立100年を超す学校らしい(?)伝説と化したエピソードと言えますね( @_@)/ ちなみに同じく「かんさい」と読まない関西学院も由来は関西地方の「関西」から。 漢音の「くゎんせい」を校名の読みに採用したから、だそうです。 英語表記は今でも「KWANSEI」ですよね。 …。
話が反れまくったので(笑)そろそろ本題に戻しましょう。 次に立ち寄ったのは吉備線で唯一支社印が設置されている備中高松。 国道沿いに駅があるのでここは寄らないと…。 駅にたどり着く手前右手に巨大な鳥居…最上稲荷の大鳥居が建っていますが支社印には描かれていません。 描かれているのはこの地のもうひとつの名所、備中高松城址です。 織田信長の命による羽柴秀吉の中国攻めの1エピソード「高松城の水攻め」はあまりにも有名( ‥)/ 城主は清水宗治、低湿地帯に建つ難攻不落の要塞に秀吉軍は攻めあぐねていました。 そんな中、黒田孝高が「城の周りを堤防で囲んで低湿地にある城を水没させてみては?」と提案。 ちょうど梅雨の季節だったため、突貫工事(工期11日!)で完成させた堰提内にはどんどん水が溢れていき、 秀吉軍の思惑通りに高松城は水没したのでした( @_@)/ 現在、城址と堰提の跡は国の史跡に指定されています。 |
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