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渋谷からは少し寄り道。
表参道経由で原宿まで歩いてみることにしました。 ハチ公広場から山手線の高架をくぐると右手に東京メトロ・銀座線の高架。
そして新緑のトンネル、宮益坂へ向かいます。 登り切れば青山通り(国道246号線)に合流する宮益坂ははじめ「富士見坂」と呼ばれていたそうですが 江戸時代、この一帯の町名が坂の途中にある千代田稲荷(現在の御嶽神社)の御岳権現にあやかり 「宮益町」と変更されたことから坂も「宮益坂」と呼ばれるようになりました。 宮益坂を登り切って青山通りに入ると見えてきたのが鯉のぼりと特徴的なモニュメント。 …モニュメントには見覚えがある顔が沢山(笑) モニュメントのタイトルプレートを見てみると「こどもの樹」。作者はやはり(?)岡本太郎氏でした。 そして、この建物の名は「こどもの城」。 1979(昭和54)年の国際児童年を記念して厚生省(当時)によって構想、建設された大型総合児童センターです。 青山劇場と青山円形劇場の2つの劇場、 ホテル・研修室・レストラン、小児保健クリニック、保育施設などがある複合施設でもあります。
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広大な新開池の跡地を開発した新田に由来しています。 つまり「鴻池家が作った新田」ですね( ‥)/ 1705(宝永2)年に工事開始、大和川付け替え工事でできた新田の中でも最大の面積を誇りました。 スタンプは新旧ともに新田会所が描かれています(現行スタンプは右)。 敷地は国の史跡、建物は重要文化財に指定されていて1997(平成9)年からは一般公開もされています。 会所とは一言で言えば「管理事務所」。 農民から小作料の徴収、幕府へ納める年貢、新田内の道路や橋などの維持補修、 更には幕府や鴻池家からの命令・通達を村に伝えること…など業務は多彩。 新田開発着工の翌年、1706(宝永3)年から建設が始まり、次の年には完成しています。 |
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