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スタンプには摂津市役所が描かれていますが、 「摂津市役所」と記されていなければ何の建物かわからないかもしれませんね。 大阪府の北東に位置する摂津市は1966(昭和41)年11月1日に三島町が単独市制施行。 (同日、高石市と藤井寺市も市政を施行しています) 「三島市」として市制施行しましたが、静岡県にも「三島市」が存在するため、 何と即日「摂津市」に改称しています( @_@)/ ただ即日改称の事例は多く、羽曳野市も市政施行の際「南大阪市」を名乗り即日改称しています。 こちらは1959(昭和34)年1月15日のことでした。 |
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2011年06月15日
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 帰路3日目。 朝早く起きたかったものの少し寝坊しました(-.- ) 朝からいい天気。 まずは昨日押せなかった日奈久駅へ向かいます。 通学時間帯に入っていたのか、下車後10分ほどで八代方面の列車がやって来たので スタンプを押してからは駅前や構内を一通り見ただけの記憶しかありません。 そんな短時間の滞在でしたとてもさわやかな印象が残っていて、 このスタンプ収集旅の中で最も思い出深い駅となりました。 晴天の朝、そして窓口氏や通勤・通学の利用客を含めた駅の雰囲気が 私を清々しい気持ちにさせてくれた日奈久駅。 現在は日奈久温泉駅と名を変えていますね。 八代〜川内の区間が肥薩おれんじ鉄道に移管された際に改称されています。2004(平成16)年のことでした。 さあ、進行方向を戻して再スタートです。 八代から先はほとんどがスタンプ設置駅で印象深い絵柄ばかりです。 |
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 水俣から乗り込んだ列車はほぼ貸切状態。 (もしかしたらほんとに自分ひとりだけだったのかも) 景色がほとんどわからない暗闇の中を走る列車はスタンプ設置駅・日奈久に到着です。 駅員がいるのかいないのか…乗車ドアから一歩足を出しても駅舎は向かいのホームにありわからず、 「夜遅いし、いなさそう…明日にしよう」と足を戻した途端ドアは閉まりました。 出発してほどなく、私の乗っていた車両へ車掌さんがやってきて 「なんで降りようとしたの?」と一言。 日奈久駅での私の動きは不審に思えたのでしょう。 動揺のあまり「あ、あ、スタンプを…」とさらに不審度を増すリアクション(笑)の私に 車掌さんは呆れたのか(でしょうね) 「日奈久はもう駅員さん帰ってるよ、気をつけてよぉ」と言い残して戻っていきました。 そんなやりとりの後、ほどなく八代に到着。ここのスタンプでこの日の収集は終了です。 左の「わたしの旅」シリーズは現在は円形に新調、 更にフレーズも「ばんぺいゆの駅」となっています。 「ばんぺいゆ(晩白柚)」はざぼんの一種で、 名は『「晩生」+「果肉が白っぽい」+「柚(中国語で丸い柑橘の意)」』に由来しています。 学名は「Citrus grandis」「Citrus maxima」…「でっかい柑橘」、見たまんまですね(笑) この時点でも泊まるところを決めていなかった私(…)は目の前の駅前旅館へ足が向きました。 素泊まりで泊まらせていただき、風呂に入ってすぐ就寝。帰路2日目は終了です。 (帰路1日目は「沖永良部滞在最終日+フェリーの中」でした) |
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交流館の入口に350メートル先に古墳がある旨の案内板、 そして所々に立つ案内板に従って進むと比較的新しい家の前に到着です。 家の横には古墳の説明、そして石段がありました。 石段を登りきればお堂と石灯籠と緑、緑、緑…。 「あれ?古墳は?」と思って石段を下りてあらためて看板の写真を見ると 前方後円墳の円墳の頂上にお堂があるワケで…つまり私は古墳に登っていたのです( @_@)/ 写真にはしっかり前方後円墳の形が見てとれますが、 現在は再び緑に埋もれた小高い丘に還っています。 古墳に登る…めったにできる体験ではないと思いますがいかがでしょう? |
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