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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 宇土からはちょっと寄り道して宇土半島を走る三角(みすみ)線に乗り換えました。 三角では現在は取り扱われていない駅弁を買った記憶がありますね。たしか鯛の弁当…。 道路を挟んで港が見える駅、三角。 松橋と同様、こちらも現在は宇城市域にあります。 スタンプの絵柄になっているのは天草上島へ連なる天草五橋。 途中の大小の島々を天門橋、大矢野橋、中の橋、前島橋、松島橋と結び天草へ辿り着きます。 折り返しの列車に乗り込んだので短時間の滞在でしたが、 駅や港のさわやかな雰囲気が印象的でした( ^O^)/ |
【旧ブログ再編集】思い出の九州
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 ひとつ進んで宇土(うと)へ。 ここは宇土市に入っています。松橋の所在地は宇城(うき)市ですからちょっと紛らわしいですね。 宇土は古くからある地名のようですが、元々は島を意味する「浮土」(うど)と呼ばれたそうです。 こちらのスタンプ、申し訳ないですがうまく押せていません。ズレてます(-_- ) この頃は「絵柄がわかればオッケー」だったのです。私的ルール(笑) 描かれている地蔵祭りは毎年8月23・24日に開催されており、 江戸時代、宇土藩主・細川行孝が地蔵尊を祀ったことが始まりとされています。 |
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次は松橋。宇城市に位置しています。 駅の西側が旧・松橋町の中心街、駅の所在地は旧・不知火町にありました。 この駅は太平洋戦争末期、停車中だった列車が空襲の機銃掃射を受け 24人が亡くなったという悲しい歴史を持った駅を持っています。 「まつばせ」と読む駅名、由来は興味深いものがあります。 『その昔、宇土半島は島で不知火海と有明海は海峡でつながっていました。 この地は「松葉の瀬戸」と呼ばれていましたが、 いつしか「まつばせ(松葉瀬)」と呼ばれて「松馳」という字が当てられ、 更にその後この地を流れる大野川に橋が架かって「松橋」の表記となりました』 「橋」を「はし」と読まない理由はこういう事情があるためですが… 橋が全く違う位置に架かっていたら「松馳」のままだったのでしょうか…? 地名の由来を調べるのはほんとに楽しいですね( ^O^) |
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 昨晩押印した八代は通り過ぎて有佐で下車。 当時の所在地は鏡町でしたが現在は合併により八代市内に位置しています。 この「有佐」という地名、元々「新坂」(あらさ)だったものが転じたものと言われています。 スタンプの絵柄となっている五家の荘はここから車で約1時間半。 秘境として知る人ぞ知る地ですよね( ‥)/ 旧・泉村(こちらも現在は八代市域)の中心となる泉支所まででも30分かかります。 |
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 帰路3日目。 朝早く起きたかったものの少し寝坊しました(-.- ) 朝からいい天気。 まずは昨日押せなかった日奈久駅へ向かいます。 通学時間帯に入っていたのか、下車後10分ほどで八代方面の列車がやって来たので スタンプを押してからは駅前や構内を一通り見ただけの記憶しかありません。 そんな短時間の滞在でしたとてもさわやかな印象が残っていて、 このスタンプ収集旅の中で最も思い出深い駅となりました。 晴天の朝、そして窓口氏や通勤・通学の利用客を含めた駅の雰囲気が 私を清々しい気持ちにさせてくれた日奈久駅。 現在は日奈久温泉駅と名を変えていますね。 八代〜川内の区間が肥薩おれんじ鉄道に移管された際に改称されています。2004(平成16)年のことでした。 さあ、進行方向を戻して再スタートです。 八代から先はほとんどがスタンプ設置駅で印象深い絵柄ばかりです。 |



