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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 次に降りたのは湯之元。旧・東市来町、現在は日置市内にあります。 湯之元温泉は駅から徒歩10分ほど。 湯之元温泉は寛永年間に発見されたと言われ、薩摩藩の御前湯となっていました。 スタンプは残念ながら枠がちょっと欠けていましたが鮮明に押せましたね。 ただ現在、このスタンプはないそうです…(-_- ) |
【旧ブログ再編集】思い出の九州
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。
西鹿児島から列車に乗り次に降りたのは伊集院。
当時は日置郡伊集院町でしたが2005(平成17)年に周囲の3町と合併、日置市となっています。 ちなみにここ伊集院、歌手の長渕剛さんや中島美嘉さんの出身地とのこと( @_@)/ 絵柄の妙円寺詣りは県内三大行事のひとつ。 関ヶ原の戦いでの島津義弘の功績を称え、鎧兜を身にまとい夜通しで 鹿児島市内の照国神社などから約20キロ先の徳重神社を目指すのですが、 南国に鎧兜はかなり暑そうですね…真夏だったらどうなるのでしょう(-_-‖) ※毎年10月の第4日曜日と前日に開催されます。 伊集院を出ると串木野や川内などに下車しました。鹿児島・熊本の県境はまだまだ先です( ‥)/ |
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※このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。
沖永良部島を発ち翌朝、鹿児島港に到着。まずは西鹿児島駅へ向かいました。 現在は九州新幹線の開業とともに鹿児島中央駅と名を変えているのは周知の通りですね( ‥)/ 「西駅=ブルートレインの駅」が「中央駅=新幹線の駅」となったと言えます。 「平成から…」のフレーズは当然ながら年号が昭和から変わってからの変更。 それまでは「昭和から…」でした。 現在は更に新しいスタンプがあるのでいつかは押したいものです。 西鹿児島駅のスタンプを押した後、鹿児島駅までは路面電車で往復しました。 鹿児島駅は鹿児島本線と日豊本線の終着駅ですが、街の中心は西駅。 終着駅は静かでしたね( -_-)/ |
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※はじめに
このシリーズは旧ブログの「思い出のスタンプ旅行 鹿児島本線編」を加筆修正したものです。 スタンプを押した一番古い記憶は1981(昭和56)年の神戸ポートアイランド博覧会(当時6歳)。 スタンプ帳を手に各パビリオンを巡りました。今、手元に残っていないのが残念です(-_- ) 以来30年。現在に至ります。 ここでは高校卒業直後、祖父母と共に旅行した沖永良部島(祖父母と父の故郷)からの 帰路に収集したスタンプを紹介したいと思います。 記憶に頼ってしまう部分が多いですがお許し下さい。 約1週間過ごした沖永良部島からの私の帰路は「鹿児島までフェリー+各駅停車」という行程でした。 祖父母は私とは別行動となり「飛行機+西鹿児島から寝台特急」という行程。 鹿児島に着いてからが本編ですが、ひとまず沖永良部島について触れておきたいと思います。 ●地理 ほとんどが隆起サンゴ礁でできていて面積は93.65平方キロメートル、 奄美諸島に属し徳之島と与論島の間に位置(九州よりも沖縄本島が近いのです)。 大島郡に属し、和泊と知名の2町があります。 ●歴史 琉球王朝や薩摩藩、といった周囲の勢力の下にありましたが 第二次大戦後は周囲の島々とともにアメリカ軍政下に…。 薩摩藩時代は極刑の流罪地。西郷隆盛もこの地に流されています。 ●観光や自然 まずは国内最大級の鍾乳洞である昇竜洞。スタンプも押していました。 田皆岬は断崖絶壁。崖には柵がなくさらにそこまでなだらかな下り坂なので、 岬の標柱から先へは行かないように!自殺の名所だとか…。 海の名所はもうひとつ。石灰岩の岩場が波の浸食を受けてできた海の洞窟はフーチャと呼ばれ、 荒天時は10メートルほどの波が吹き上げます。 サザエさんのオープニングでも紹介されていたのが記憶に残っています。 国頭小学校の校内には日本一のガジュマルの木があることで知られています。 次回から本編に入ります。 沖永良部島の名所などの写真は各自ネットなどで見て下さい(笑) |



