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現在も大津市北部の拠点で、1974(昭和49)年の湖西線開業以降は 住宅地として目覚ましい発展を遂げています。 湖畔には出島灯台と満月寺(臨済宗大徳寺派)の浮御堂があり、 浮御堂の「堅田の落雁」は近江八景の1つに数えられていますね( ^O^) 現在の堂は1937(昭和12)年に再建されたもので、 先代の堂は1934(昭和9)年に室戸台風によって倒壊しています。 現在押せる支社印(右)にある「湖族」とは中世以後堅田荘の自治を行っていた「堅田衆」を指します。 「堅田三方」(のちに1つ増加して「堅田四方」になる)と呼ばれる惣組織が形成され、 殿原衆(地侍)と全人衆(商工業者・周辺農民)からなる「堅田衆」によって 堅田の自治の歴史は始まりました。 様々に形を変えて行われた堅田の自治は、 1967(昭和42)年4月に堅田町が大津市に編入されたことで幕を閉じたと言えます。 |
【JR西】琵琶湖一周
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駅前には温泉の玄関口らしく足湯「六角足湯」があります( ^O^) 利用時間は10〜17時で無料です。 雄琴温泉は湖国近江随一の規模と歴史を持つ温泉で近年特に変化が著しい温泉地の1つ。 2006(平成18)年には「地域ブランド」(地域団体商標)として認定されています( @_@)/ 地元観光協会などでは平仮名表記の「おごと温泉」を標榜しています。 これは「子ども達が読める」「歓楽温泉のイメージを払拭する」という狙いがあるとのこと( ‥)/ 今年の2月には観光施設として大津市立おごと温泉観光公園がオープンしています( ^O^) 「雄琴」という地名は平安時代の貴族、今雄宿禰の荘園があり、 その邸宅からよく琴の音色が聞こえたことが由来とのことです。 比良山地の山麓沿いに広がり琵琶湖の眺望にも優れたおごと温泉、 この景色の中で琴の音色を聞いてみたいものです…♪〜θ(^0^ ) |
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続いてはひらがな表記では「・」が付く比叡山坂本(ひえいざん・さかもと)。 併走する湖西道路が湖西線の高架よりも若干高い位置を走るため 残念ながら駅ホームからは比叡山・比良山系方面がほとんど見えません(-_- ) スタンプのテーマは比叡山延暦寺と日吉大社(右が現行のスタンプ)。 平安時代初期に僧侶最澄によって開かれた日本天台宗の総本山、延暦寺は 標高848メートルの比叡山全域を境内とする寺院で、 ユネスコの世界文化遺産には「古都京都の文化財」として1994年(平成6)年に登録されています。 ちなみに比叡山坂本の駅名は同年、叡山から改称されましたが この「叡山」とは延暦寺を指しています。 俗に山王権現とも呼ばれている日吉大社は日本全国に約2000社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮。 猿を神の使いとして崇拝することでも知られています。 以前取り上げた東京メトロ・溜池山王のスタンプに描かれていた日枝神社、総本宮に当たるんですね。 ↓溜池山王のスタンプはこちら↓ http://blogs.yahoo.co.jp/sta_colle/8493083.html 「東京メトロ全駅紹介・その3」 日吉大社は1571(元亀2)年、織田信長の比叡山焼き討ちと共に灰燼に帰しました。 現在見られる建造物は安土桃山時代以降に再建されたものです。 信長の死後、当社の復興に尽力したのが豊臣秀吉でした。 幼名が「日吉丸」、あだ名が「猿」だった秀吉は当社を特別な神社と考えたようです( @_@)/ |
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近江今津まで有人駅が続く湖西線。
つまり、駅スタンプを順に紹介するとなると各駅停車状態となります。 ま、北陸線(今回取り上げる近江塩津〜米原)もほぼ全駅、 琵琶湖線に至っては全駅に設置されてますが…気長にお付き合い下さい(笑)
次は各駅停車のみが停車する唐崎。 支社印に描かれている唐崎神社の松は県指定の名勝で近江八景の1つとしても知られています。 唐崎は万葉の時代から多くの詩歌が詠まれた地。
「楽浪(ささなみ)の 志賀の辛崎 幸く(さきく)あれど 大宮人の 舟待ちかねつ」(柿本人麻呂・万葉集) 「唐崎の 松は扇の 要にて 漕ぎゆく船は 墨絵なりけり」(紀貫之・古今和歌集) 「辛崎の 松は花より 朧にて」(松尾芭蕉) …などなど( ‥)/ ちなみに近江八景は下記の8ヶ所を指します。 ●石山秋月(いしやま の しゅうげつ)…石山寺 ●勢多(瀬田)夕照(せた の せきしょう)…瀬田の唐橋 ●粟津晴嵐(あわづ の せいらん)…粟津原 ●矢橋帰帆(やばせ の きはん)…矢橋 ●三井晩鐘(みい の ばんしょう)…三井寺(園城寺) ●唐崎夜雨(からさき の やう)…唐崎神社 ●堅田落雁(かたた の らくがん)…浮御堂 ●比良暮雪(ひら の ぼせつ)…比良山系 |
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本日から琵琶湖を囲む各路線(湖西線・北陸線・琵琶湖線)のスタンプを順に紹介していきます。
スタートは湖西線(山科〜近江塩津)の大津京とし、ここから時計回りに辿ってみましょう。 ※琵琶湖線は東海道本線の京都〜米原間の愛称名です。 2008(平成20)年に駅名が西大津から改称された大津京は 市役所や市立歴史博物館、皇子山球場などが近く、 改称前の駅名通り「大津市の西玄関駅」として十分な存在感を持っています( ^O^) 現行スタンプ(右)は天智天皇が都を置いた大津京(近江宮)をテーマにしています。 かつて設置されていた「わたしの旅」シリーズには延暦寺里坊の石積みが描かれていますね。 天智天皇が近江大津宮に都を置いたのは667年。 壬申の乱(672年)で大海人皇子(天武天皇)が大友皇子(弘文天皇)を破り勝利をおさめるまでの期間を 近江大津宮に都が置かれたことに由来して近江朝と言います。 別名として天智朝と呼ばれますが、これは天智天皇の治世とほぼ重なることに由来しています( ‥)/ 上記4行の説明文には「大津京」という言葉が出てきませんね。 駅名の改称は大津市を中心とした請願の結果行われたものの、 「大津京」という言葉自体が歴史学的に不適切であるとの研究者などから指摘されているのです。 「大津京」は明治時代に『平城京や平安京のように条坊制が存在した』 …と信じた歴史学者が作り出した言葉なので歴史が浅いのですが 現在は条坊制の存在を否定する学者までが用いる言葉となったので 定義そのものがかなり曖昧なものになっています(-_- ) 歴史学的に見ると改称するなら「京」という字を用いずに 「近江宮(おうみのみや)」や「大津宮(おおつのみや)」などがよかったのでは? …と思うのですがいかがでしょう( ‥)/ |



