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観光協会が作成したもの(左)は駅舎内の観光案内所に移設されているので間違えないように( ‥)/ 守山のほたるは『ほたる発祥の地』として1924(大正13)年に第1号天然記念物に指定。 明治時代には天皇陛下への献上が始まり、大正時代から昭和の初めにかけては 京阪神から多くの見物客が訪れていたそうです。 しかし、戦後になると生活廃水や農薬などの影響で絶滅してしまい 1960(昭和35)年には天然記念物の指定を解除されてしまいました。 一度は途絶えた守山のほたるですが、 1958(昭和53)年に近江八幡出身の南喜市郎氏によって日本で初めて室内飼育に成功したのを機に 人工飼育されたほたるが駅から運動公園にかけての河川に放たれました。 守山のほたるは年々その数を増やしているとのことです( ^O^) |
【JR西】琵琶湖一周
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和歌にも詠まれたほか、「古事記」「延喜式」にも記述が見える由緒ある山です( ‥)/ 「アーバン印」には三上山に加えて銅鐸が描かれていますね。 1881(明治14)年に14個、1962(昭和37)年に10個の銅鐸が大岩山にて発見されていますが その中には高さ134.7センチ、重さ45.47キロと日本一の大きさを誇る巨大な銅鐸がありました。 また、市内には『日本古代史の謎とされる銅鐸の謎解明に迫る日本初の博物館』(長いなぁ) …という銅鐸博物館もあります。 「野洲市歴史民俗博物館」という正式名称があるものの、 展示物がほぼ銅鐸なので(笑)『銅鐸博物館』という愛称で親しまれているとのこと。 「アーバン印」のフレーズに『日本一の銅鐸の町』とありますが、 大きさだけではなく博物館のことも指している…と言えますね( ^O^) |
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近江八幡・野洲の市境近くに位置する篠原。 当初は西方の野洲郡篠原村(現:野洲市の一部)寄りに設置される予定でしたが、 その場所が勾配になっていたことから近江八幡市域となる現在の位置に設置されました。 1918(大正7)年に信号所として開設、駅に昇格されたのはその3年後のことです。 スタンプに描かれている石造五重塔とは駅近くの安養寺廃寺のものを指すのでしょう。 鎌倉時代のもので国の重要文化財に指定されています。 1571(元亀2)年の織田信長による天台宗寺院の焼き討ちに遭った安養寺は、 1604(慶長9)年に浄土宗の朝誉(ちょうよ)が堂を建て荘厳寺と改称されました。 荘巌寺に所蔵されている本尊木造釈迦如来立像や木造聖観音像(ともに重要文化財)は 安養寺の遺品と伝えられているそうです。 白鳳期に建てられたという安養寺の名は駅南側の町名として現在も残っています( ‥)/ |
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「近江商人発祥の地」として知られる近江八幡。
往時の街並みは駅から離れているため都市化の波を受けずに今も残っています。 収集したスタンプは現在設置されている支社印(右)と「アーバン印」の2種類。 先代の支社印にも水郷風景が描かれていたそうですね。 下の3つは駅1階にある観光案内所にあったものですが、 鮮明に押せていないので見るたびに押し直しに行きたくなります(笑) 近江八幡の水郷は琵琶湖の内湖となる西の湖を中心とした水郷で、 琵琶湖国定公園第2種特別地域に指定されています。 多くの内湖は明治時代以降に干拓され、現在残っている大きなものは西の湖だけになっています。 2006(平成18)年には重要文化的景観選定制度の適用第1号として国より選定を受けました。 ※制度は2004(平成16)年の文化財保護法改正によって創設 八幡堀は1585(天正13)年に豊臣秀次(秀吉の甥)が八幡山に城を築き開町したことに始まります。 秀次は八幡堀と琵琶湖とを繋いで、湖上を往来する船を寄港させることで人や物・情報を集め、 さらに楽市楽座制を実施することで城下を活気付かせていきました。 1595(文禄4)年に廃城となった八幡城でしたが、 残った町を根拠地として近江商人は八幡堀の地の利を活かして商業を行います。 町は近江の商都として江戸時代を通じて繁栄したのでした。 1991(平成3)年には国の伝統的建造物群保存地区に選定され 今や観光名所として位置づけられる八幡堀ですが、 江戸時代の頃から現在まで水郷の美観が保たれていたわけではありません。 市民が八幡堀との関わりや関心を失った昭和40年代後半には埋め立てられようとしたのです。 戦後は雑草が生い茂り、ゴミが捨てられヘドロが堆積される…といったひどい状態でしたが、 市民の地道な清掃活動によって美しい水郷風景は甦りました。 |
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安土の現在の所在地は「近江八幡市安土町」。 昨年近江八幡市と対等合併した安土町ですが、 2020年3月末まで旧町域には「安土町地域自治区」が設置されています。
地域自治区が設置されたのは県内初とのこと( ‥)/ これまで収集したスタンプは現行の支社印(右)と 先々代のスタンプ(いわゆる「アーバンネットワーク印」)の2種類のみ。 「アーバン印」には安土城復元図と築城した織田信長が描かれていてなかなか壮観ですね( ^O^) 先代の支社印には安土城が描かれていましたが、 現在の支社印に描かれているのは車窓からも確認できる安土城考古学博物館。 支社印フレーズに「幻の城」とあるように城として機能した歴史は短命だった安土城ですが、 「吹き抜けがある」「中央に礎石がない」など特筆すべき構造を持っていたことでも知られています。 |



