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日本100名城の1つに数えられています。 現在設置されている支社印にはあの「ひこにゃん」(!)も描かれています。 キャラクターが描かれている駅スタンプは貴重ですね( ^O^) 近江彦根藩の第15代藩主、井伊直弼は幕末期の江戸幕府で大老を務め、 日米修好通商条約に調印して日本の開国近代化を断行しました。 その後、安政の大獄によって国内の反対勢力を粛清したものの それらの反動を受けて桜田門外の変で暗殺されています。 「彦根駅前」とだけ記したスタンプは1階の観光案内所で押したものですが今もあるのでしょうか…? 描かれているのは彦根藩初代藩主、井伊直政の騎馬像ですね。 駅前ロータリーに建っています( ‥)/ |
【JR西】琵琶湖一周
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古くから交通の要衝地として知られています。 中山道と北陸道の分岐点として発達した町で、北国街道の米原宿にあたります。 現在は名神高速道路と北陸自動車道の分岐点となる米原ジャンクションがあり、 道路網・鉄道ともに重要な位置にあることがわかると思います。 スタンプは現在は右の支社印しかないようですね。 100周年記念スタンプはかなり不鮮明ですが(苦笑) 竹生島や伊吹山、さらに多賀大社…と名所がしっかり盛り込まれています。 新幹線乗車記念スタンプは県内唯一の新幹線駅ということで琵琶湖大橋と長浜の子供歌舞伎…と 「県内の見所を詰め込みました」感(笑)がありますね。 |
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次の田村は無人駅でスタンプはありません。 以前訪問した時は窓口が開いていましたが、窓口業務をしている…というワケではないようです。 坂田も無人駅ですが、併設の「母の郷コミュニティハウス」にスタンプがあります。 駅ホームはコミュニティハウスを入らなくても向かうことができるので、 「コミュニティハウスの裏に駅がある」というたたずまいです(-_- ) 近江町は現在米原市の一部となっているので、町名が記されたスタンプは貴重と言えますね( ^O^) 印影に記されている「母の郷」の「母」とは戦国武将・山内一豊の母、法秀院を指します。 法秀院は夫の山内盛豊が戦死したのちに出家し、 宇賀野(坂田駅周辺の地域)に身を寄せ生涯を過ごしたと伝えられ、 湖岸に建つ道の駅「近江母の郷」近くには法秀院の墓があります。 |
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1958(昭和33)年、第1回鉄道記念物に指定された旧長浜駅舎はスタンプフレーズにもある通り、 現存する日本最古の駅舎として知られています。 現在、鉄道資料館として一般公開されていますが2000(平成12)年には隣接して長浜鉄道文化館が、
さらに2003(平成15)年には北陸線電化記念館がオープンしています。 この時に3施設を総称して「長浜鉄道スクエア」と命名されたとのこと。 新設の2施設はまだ未訪なので行ってみたいですね( ^O^)/ |
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「電車に乗って…」は観光案内所内にありますのでご注意を( ‥)/ 織田信長が浅井長政の居城を攻めた際に武功を上げた羽柴秀吉は、 浅井氏の領土を与えられ初めて城持大名となりました。 のちに山城の小谷城に代わって琵琶湖畔の今浜に城を築きましたが、 この時に「長浜」と地名を改めています。 「長浜」の名は武運長久を祈念して「長」の一字を用いたものと言われていますが、 主君となる信長の「長」の一字を拝借してゴマをすったもの(笑)とも言われています。 どちらの意味にも掛かっている…と私は思うんですが真意は如何に?( ‥)/ 秀吉は城下町の長浜で、町人の代表者による合議制システムの自治制度、町屋敷300石の年貢免除、 そして自由商業主義の楽市楽座を取り入れました。 これにより長浜はそれまでの中世都市ではなく「近世城下町の先駆けの街」と言われています( ^O^) 現在は設置されていない「わたしの旅」シリーズ(左)に描かれているのは 長浜曳山まつりの一番の見所、子供歌舞伎。 長浜では歌舞伎のことを「狂言」または「芸」と呼び、 曳山を持つ町(山組)の5〜12歳くらいまでの男子によって演じられます。 そして「電車に乗って…」に描かれているのは 年間約300万人の観光客が訪れる湖北随一の観光スポット、黒壁スクエアですね。 「黒壁」だけに(?)インクも黒でした( ^O^) 江戸時代から明治時代にかけての和風建造物の情緒ある町並みと その古建築を活用した文化施設、レストランやカフェ等が集積するエリアで、 日本最大のガラス芸術の展示エリアとしても知られています( ‥)/ |



