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この山の桃須谷にある泉のほとりには、とても美しい虎御前という名のお姫様が住んでいました。 姫は麓に住むせせらぎ長者と結婚し、やがて身ごもります。 しかし、生まれてきたのは15匹の蛇。 嘆いた虎御前は山の東にある女性淵(みせがふち)に身を投げてしまいました。 それ以来、この山は姫にちなんで虎御前山と呼ばれるようになりました』 1889(明治22)年に町村制が施行された際、この虎御前伝説を親しんで 「虎姫村」と名付けたのが虎姫の地名の最初です。 スタンプは「電車に乗って…」の他、先代の支社印が今も回収されることなく押すことができます。 (下の「歴史と伝説の町」は今はないようです) 支社印に描かれているのは五村別院。本堂と表門は国の重要文化財に指定されています。 1597(慶長2)年、本願寺第12世・教如上人によって開かれた寺院で 長浜別院大通寺とともに「ごぼうさん」の名で親しまれ、湖北地域の人々の信仰を集めてきました。 |
【JR西】琵琶湖一周
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簡易委託駅となる河毛の駅舎はコミュニティハウスになっていてスタンプが充実しています。 ただし、ほとんどが現在は摩耗してしまっているので新調してほしいものです。 (アップした印影のほとんどがかなり以前に押印したものです…) 印影から見てわかるように旧・湖北町はコハクチョウと小谷城が見所( ^O^) 駅前にはスタンプにも描かれている浅井長政とお市の方の銅像があり、遠くには小谷山が望めます。 日本五大山城の1つとなる小谷城跡には桜の馬場や本丸跡、山王丸跡などがあり、 石積みや土塁・竪堀・曲などが残っています。 また小谷城は浅井長政が織田信長の妹となるお市の方とともに 後の淀君をはじめとした三姉妹と幸せな時を過ごした城であり、 義に殉じた悲運の城としても知られていますね(-_- ) さてさて、小谷山から琵琶湖に目を向けてみましょう。 コハクチョウが飛来する湖岸には道の駅「湖北みずどりステーション」があり 休日を中心に家族連れで賑わいを見せます。 ここのオススメは小鮎の天ぷら…美味しかったですねぇ… あ、この項は河毛駅のスタンプ紹介でしたね(笑) 道の駅レポートはまた後日の予定。失礼しました〜(*-_-)/ |
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業務委託駅ながら簡易委託駅扱いのため支社印が設置されていないという珍しい駅です。 支社印があればなぁ…と思ったりしますが、設置されるとなれば 「北びわこ号」が代わりに撤収されるでしょうから何とも言い難いものがあります(-_- ) 新旧のスタンプに描かれている像は渡岸寺観音堂(向源寺)の国宝十一面観音像。 フレーズには「観音の里 たかつき」とありますが、 全国でも有数の古墳群として知られる古保利古墳群や 江戸時代の儒学者で朝鮮通信使にもなった雨森芳洲の出身地…と 数々の歴史に彩られた地とも言えます( ^O^) |
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続いて木ノ本。 駅名表記とは異なり旧町名は「木之本」でした(現在は長浜市に編入)。 現在は支社印と「電車に乗って…」の2種類が押せますが、 「電車に乗って…」は窓口ではなく1階の交流施設「ふれあいステーションおかん」にあります。 ご注意を( ‥)/ 「電車に乗って…」に描かれているのは木之本地蔵と身代わり蛙。 コミカルに描かれていますが実物はかなり大きな銅像ですよ( @_@)/ 身代わり蛙は「眼を患った者が回復するよう願をかけ、片方の目をつむり暮らしている」…とのこと。 地蔵の足元には片目をつむった身代わり蛙の置物がたくさん供えられています。 支社印には北国脇往還と北国街道の分岐点にある宿場町として栄えた古い街並みが描かれています。 賤ヶ岳の戦いが描かれているスタンプは現在ありませんが、なかなか迫力のある絵柄ですね。 1583(天正11)年に行われた賤ヶ岳の戦いは羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と柴田勝家との合戦です。 織田勢力を二分する激しい戦いに勝利した秀吉は、 信長の作り上げた権力と体制の継承者となったのでした。 |
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余呉には現在「電車に乗って…」しかスタンプがないようですね。 窓口に併設された観光案内所にて押すことができます( ‥)/ 描かれているのは羽衣天女。 全国各地に羽衣伝説はありますが、余呉のものが最も古いと言われていて 余呉湖の近くには天女が羽衣をかけたとされる柳があります。 以前は先代の支社印が設置されていましたが押せずじまいで、 他にはかなり昔に押した余呉湖の観光スタンプが手元にあるのみです。 賤ヶ岳合戦の時には血で赤く染まったと言われている余呉湖。 1時間もあれば自転車で一周できるので途中下車した際はレンタサイクルで走ってみて下さいね。 私も一度走ったことがありますが40分程度だったと記憶しています。 |



