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上のスタンプが回収された後、観光協会の方々が「スタンプを作ろう!」と取り組んでいた頃、 私がこの地を訪れ「他の地域のスタンプはこんなのですよ」と後日資料を送付したことによります。 …なので八王子支社印(枠の線路マーク)や岡山支社印(路線や駅の字体)の特徴が混じっていますね。 回収された上のスタンプは「JRが作成したものではなく観光協会が作成した」という説があります。 だとすれば回収はいかがなものか…と思うんですけど。 そうそう。 この回収された上のスタンプ、かなり大きいものでご覧の通り外側の枠が綺麗に押せませんでした…。 現在は下の2種類が押せます。 赤のスタンプは観光協会内に、緑のスタンプは売店内のテーブル上にそれぞれあります。 |
【JR西】関西線
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三重県内にある駅としては唯一、JR西日本の「電車」がやって来る駅なんですね。 駅前には市街地は形成されておらず、駅の南には旧伊賀街道とその宿場街が残るのみ。 「今は草津線との乗り換えだけにある駅」と言っても過言ではないかも…。 スタンプは長年置かれていませんでしたが、2010年の草津線ラリーではスタンプが設置されました。 現在は別のラリースタンプが設置されていますが、 ここでは草津線ラリーのスタンプをアップしておきましょう。 |
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関西線の非電化区間は駅間距離が離れているところが多々あります。 伊賀上野の現行スタンプ(支社印)は伊賀忍者と上野城が描かれていますが、 大阪支社印の中でも屈指の出来映えだと思いますね。 上野城は徳川家康からの信頼が厚い藤堂高虎が移封されてきた際に築城されました。 (現在の天守閣は復興天守閣です) なぜここに藤堂高虎なのか?…来るべき大坂との戦いに備えて、 築城の名手と呼ばれた高虎をすえたというワケですね。 以前置かれていた「わたしの旅」スタンプは現行スタンプとは異なり『芭蕉のふるさと』。 伊賀は芭蕉のふるさとではあるのですが、 出生が上野市(旧)なのか伊賀町(旧)なのかははっきりしていません。 でも、現行スタンプに芭蕉も入れてほしかったですね。 『伊賀流忍者と芭蕉の里』とかいうフレーズにして…。 |
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スタンプは駅舎外の観光案内所にあります。 フレーズに「天平の香り漂う」とありますが、 島ヶ原の起こりは、その天平年間(729〜749年)にまで遡るとのこと…。 聖武天皇が近江紫香楽宮に移られる際、 奈良との往復路に当たるこの地に休憩所として行宮(あんぐう)を建て、 その行宮を東大寺を開山した良弁大師の弟子である実忠が 聖武天皇の勅願を受けて改修し、正月堂(観菩提寺)を建立しました。 島ヶ原はこの正月堂とともに栄えたと言えます。 イラストのほうは関西鉄道・国鉄・JR…と古い歴史を持っていることを示していますが、 1897(明治30)年11月に関西鉄道の路線として、 上野(現・伊賀上野)〜加茂が開通した際に開業したとのこと。 もうすでに1世紀以上も前の話です。 10年後の1907(明治40)年10月には国有化されています。 現在、伊賀市の一部となっている島ヶ原はかつて多くの国鉄職員が在住していたそうですね。 ※島ヶ原村は上野市・伊賀町・阿山町・大山田村・青山町と 2004(平成16)年に合併して伊賀市となっています。 |
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(京都府と三重県が接しているというのはイメージが沸かないかもしれませんね) 南山城村の中心に近い大河原に設置されていたスタンプは「京都府歴史街道」の統一スタンプ。 12月1日〜翌2013年3月3日の間、関西本線木津亀山間複線電化促進同盟の主催で、 木津〜亀山間ではスタンプラリーが開催されています。 スタンプが設置されていなかった駅には新たにスタンプが作成されました。 ラリーが終わってもスタンプは常置されるそうですが、 JR西日本サイドから撤収指示が出るかもしれないので、 なんとかこの期間内で集めたいところですね。 集めた際には印影をアップしますね。 |



