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※紹介が漏れていました。すいません。今頃気付きました…(苦笑) 富木駅をその15、それ以降の「その○」はひとつずつ、ずらしておきます。 駅名は支社印にも描かれている地域の氏神「等乃伎神社」に由来した旧村名「富木」から採られています。 等乃伎神社のあるこの地には 「朝日を受けると淡路島へ、夕日を受けると高安山へ影が届く」
…という巨木伝説があります。 樹木と太陽への信仰の聖地であったことがうかがえますね。 |
【旧ブログ再編集】阪和線
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ようやく(笑)最後の設置駅、六十谷です。 六十谷は「むそた」と読む難読駅。 もともとは「墓所谷」と書いたそうですが、忌み字を避けるために同音の文字に変えたとのこと。 駅から20分ほどの所に本恵寺という7世紀初めに役行者が建てた古刹があり、 役行者の母親の墓があったことから今でも「墓の谷」と呼ばれています。 ここが「六十谷」の地名の由来となる場所ですが、平安時代にはもう現在の表記へ改めたようです。 スタンプは新旧ともに大谷古墳が描かれていますが、最寄りは南海の紀ノ川駅で徒歩10分ほど。 初代支社印(左)に描かれているのは馬か何かの化石かな?と思いきや、これは馬に装着する兜。 全国的にも珍しい発掘物で、私はこの記事を作成するまで馬の化石だと思っていました…(笑) |
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隣の山中渓からは峠越えもあり約8キロと離れています。 「紀伊○○」ではなく「紀伊」というストレートな駅名なのは この地に紀伊国府があったことに由来しているそうです。 アップした印影で現行の支社印(右下)と「わたしの旅」シリーズ(右上)が紀の川を、 初代支社印は緑化センターを描いてます。 この駅、隣の岩出市に住んでいる人達が多く利用しているのですが、 これは大阪に向かう場合、中心地の岩出駅へ行くと和歌山駅経由と遠回りになるため( ‥)/ そういえば、梅田でバイトしていた頃、 岩出在住(当時)の後輩の子からこのルートで通勤しているという話を聞きました。 地図があれば位置関係を確認してみてください。 ちなみに初代支社印に描かれている緑化センターも岩出市内にあります。 |
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春はいっぱいの桜に囲まれます。 「やまなかだに」と読むので、ちょっと難読駅ですね( ‥)/ 現在は無人駅になっていることもあり、この支社印は和泉砂川に保管されています。 支社印に描かれている山中関所は南北朝時代に設置された関所ですが、 江戸時代に入ってから廃止されています。 |
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「自然居士」は「じねんこじ」と読みます。 観阿弥の謡曲「自然居士」にうたわれた説教師、 自然居士はこの阪南の自然田(じねんだ)出身と言われており、 その自然田の地には支社印に描かれたいちょうの木があります。 このいちょう、大阪府の天然記念物にも指定されています。 |



