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市島と丹波竹田は旧・市島町内。 下滝(旧・山南町)からずっと丹波市内を走っていたことになります。 石生と市島は簡易委託駅のため支社印一斉設置の時は設置対象外でしたが、 丹波市が管理することで設置の運びとなった経緯があります。 支社印は有機の里…つまり有機農業を推進している町であることをアピールしています。 旧・市島町は有機農業が一般認知されていなかった30年ほど前から導入、 安全な食材を求めていた神戸など阪神地域へ有機食材を送っていきました。 絵柄にある鴨は畑の雑草除去や土壌の掘り起こしをしてくれる「合鴨農法」を示しています。 その鴨もまた成長すれば食材として出荷されていくので何だか複雑な気分(-_- ) もう1つのスタンプは旧・市島町時代にあった観光スタンプ。 三ツ塚廃寺跡を中心にした三ツ塚史跡公園が絵柄になっています。 初夏には花菖蒲が見所とのこと。花菖蒲園もありますよ( ^-^)/ ほとんどの駅にスタンプが設置されている福知山線ですが、 今後も新しいスタンプが設置されたら、その都度訪問&アップしていきたいと思います。 道場や藍本のように、思いがけない場所に駅スタンプが設置されることは多々ありますが、 それらを探すのがスタンプ収集の楽しみのひとつでもあります。 全く油断できません…いい意味で(笑) |
【旧ブログ再編集】福知山線
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スタンプは新旧とも春日局が描かれています(現在は上の支社印のみが置かれています)。 先代スタンプは「わたしの旅」スタンプ風の五角形。 いっそのこと「わたしの旅」スタンプを作ればよかったのに…と思うのは私だけ?(笑) 春日局は江戸幕府の3代将軍・家光の乳母として有名。 生誕地がこの黒井とされていますが、 丹波亀山城(現在の京都府亀岡)や大津の坂本城であるという説もあるそうですね。 |
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『平坦な道のり』と記しましたが、そんな道のりの中、 石生に着く手前で太平洋と日本海のそれぞれに流れる川の分水嶺があります。 この分水嶺は日本で最も低い位置にあるのです。 たくさんスタンプをアップしましたが、それらの中で一番下のスタンプのみ今はありません。 また、現在「わたしの旅」スタンプ(2段目左)は押印台には置いておらず、 カウンター内に保管されています。 受付の方に申し出てくださいね。 あ、そうそう。 スタンプが設置されているのは西出口の観光案内所で、 昔からある東出口のほうは現在無人化されているのでご注意あれ。 |
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駅舎は1990(平成2)年に大阪の鶴見緑地で開催された 花博(国際花と緑の博覧会)で使用されていた「山の駅」が移設されたもの。 ちなみに「風車の駅」は小浜線の若狭本郷に移設されています。 スタンプに描かれている柏原藩は関ヶ原の合戦の2年前、 織田信長の弟・信包が伊勢の安濃津から移封されたのが始まり。 孫の信勝の時代に治水工事や新田の開墾が進み、 藩財政の基礎造りがされたものの跡継ぎがないまま信勝は死去。廃藩となります。 この3代は「前期織田藩」と呼ばれています。 廃藩後は半世紀ほど天領とされていましたが、 信長の次男・信雄の五男・高長の系譜となる大和の宇陀藩から 織田信休が柏原へ移封され「後期織田藩」が始まります。 この移封、信休の父・信武が発狂して家臣を殺害し自害した宇陀騒動の処分によるもので、 藩復興の船出は始めから暗雲が立ちこめていました。 藩財政の基礎固めの最中の洪水や5代・信守の暴政などでたまりにたまった農民の不満は 一揆や打ちこわしという形であらわれます。 それでも後期織田藩は明治時代が始まるまで存続し、最後の藩主・信親は藩知事にもなりました。 山あり谷ありの江戸時代の柏原の地ですが、発展は続き現在に至ります。 氷上郡の6町が合併してできた丹波市の中でも最も賑わいを見せますが、 市の代表駅は次の石生(旧・氷上町内)なんですね…( ‥)/ |
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先代の「わたしの旅」スタンプは川代渓谷が絵柄ですが、 現在押印可能の支社印はガラッと変わり「常勝寺がある駅」。 毎年2月11日に行われる鬼追い「鬼こそ」のお面が目一杯に描かれていますが…怖いです(笑) さらに谷川は神戸支社印もありました。 が、現在は回収されており押印できません。 私も押せずじまい(-_- ) 絵柄は近くの薬草薬樹公園でした。 一番下のスタンプは加古川線ラリーで使われたもので、現在は県の社総合庁舎に保管されています。 谷川はスタンプのバリエーションが多彩ですね。 |



