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描かれているのはこの地の名所、備中高松城址です。 織田信長の命による羽柴秀吉の中国攻めの1エピソード 「高松城の水攻め」はあまりにも有名( ‥)/ 城主は清水宗治、低湿地帯に建つ難攻不落の要塞に秀吉軍は攻めあぐねていました。 そんな中、黒田孝高が 「城の周りを堤防で囲んで低湿地にある城を水没させてみては?」と提案。 ちょうど梅雨の季節だったため、 突貫工事(工期11日!)で完成させた堰提内にはどんどん水が溢れていき、 秀吉軍の思惑通りに高松城は水没したのでした( @_@)/ 現在、城址と堰提の跡は国の史跡に指定されています。 |
【JR西】岡山支社
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松阪牛や近江牛、神戸牛のルーツと言われている千屋牛。 飼育されているところは新見の中心からかなり離れていますが。 伯備線の岡山支社スタンプはここまで。 この先、生山からのスタンプは米子支社のものになります。 |
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いつ行こうかな…と思い、訪れたのは3年前のゴールデンウィーク。 ここで降りると、次の新見方面の列車は約2時間後…。 でも、ここにはその2時間を有意義に過ごせるところがあります! スタンプにも描かれている井倉洞は駅から徒歩で10分弱! もうひとつの満奇洞はかなり遠いので今回はパス…(苦笑) |
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旅行者の他にも休日にも関わらず制服姿の高校生が多かったですね。 クラブ活動帰りでしょうか。 他にも大学生と思われる若い人達が駅周辺に多くいました。 高梁市は過疎化が進む山間の街ですが、 吉備国際大学・短大があるため20歳前後の人口が多いそうです。 備中松山城は日本100名城のひとつで天守が現存しています。 天守が今も残っているのは全国にわずか12ヶ所しかありません。 「松山」と言えばやはり愛媛の松山がまず頭に浮かぶはずですが、 2つの松山藩は戌辰戦争の際に新政府側と幕府側に分かれました。 伊予松山藩は新政府側、備中松山藩は旧幕府側へ…。 言うまでもなくその後は明治維新を迎えるわけですが、 旧幕府側についた備中松山藩は廃藩置県の際に高梁藩と改名されました。 もし新政府側と旧幕府側、付く側が逆だったら 「愛媛の松山」とはならなかったかもしれませんね( ‥)/ 国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている吹屋の町並みは 2004年に高梁市の一部となった成羽町にあります。 ベンガラはオランダ語で漢字で書くと「弁柄」。 別名を酸化鉄赤と言う赤色顔料で、 インドのベンガル地方で採れることからこの名が付いたそうです。 ベンガラ格子が鮮やかな吹屋の町並みは「八つ墓村」や「釣りバカ日誌」など 多くの映画やドラマの舞台となり観光スポットとなっています。 備中高梁の駅入口横には「男はつらいよロケ地」の記念プレートが立てられていますよ。 |
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支社スタンプには備中国分寺と日本100名城に指定されている鬼ノ城が描かれています。 備中国の中心として国府と国分寺が置かれたこの地は、 国内の寺社を合祀した総社宮が造られ、 この総社宮を中心に門前町・宿場町・浅尾藩の陣屋町として栄えていきました。 この頃の「総社」とは八部(やたべ)という地域の通称で正式な町の名前ではありませんでした。 どの国にも中心地に総社宮は造られましたが、 のちに正式な地域名となり発展し続けているケースは ここだけと言っても過言ではないでしょう。 真相は未だに解明されていません。 温羅を退治した吉備津彦命の伝説が元になって桃太郎の話ができたとも言われていますが 香川の女木島など「鬼ヶ島では?」という場所はいくつかあるんですね( ‥)/ 総社は室町時代に活躍した水墨画の巨匠・雪舟の生誕地。 幼少期に本物と見間違うようなネズミを涙で描いたという場面が描かれていますね( ‥)/ これは後の時代の創作らしいですが…。 他にも文字が欠けていますが「かたつむり沿線岡山」のスタンプがありました。 このスタンプが姫新線の刑部にあるのは知っていたのですがここにもあったとは…。 (残念ながら刑部は無人化されました) 岡山県内のJR、山陽線・吉備線・伯備線の3路線をかたつむりに見立てたスタンプで、 フレーズ部分がかなり欠けてはいますが大事に残してほしいものです。 観光案内所の営業時間は9:00〜17:00とのこと。 スタンプは表に置いていないので窓口の方に申し出て下さいね。 |



