すた・ばにら

すたは現実世界の私、ばにらは気ままに野山を駆けめぐる野ウサギ…

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再びタイムリーな話題です。

「Facebook友達」は本当の友達ではない

リンク先であるlifehacker側のコメントでは、まったく同意どころか「今更また何を…」というのが大方の読者の反応です。

ここに書かれている「Facebook友達」というのは、実世界で面識がなく「友達になる」機能を使ってFB上だけで繋がっている友達関係を指します。リアルで対面し、相応な意思疎通を行った上でFB上でも繋がっている場合は別です。

後述するように、FBでは実に簡単な操作で友達として繋がることが可能です。興味が一致する、話が面白い、イケメンないしは可愛いからお近づきしたい…等々理由は様々ながら、面識がないままに友達になっている利用者は沢山あります。

そもそも論として、実のところどういった目的であれ
実際に会ったことのない人にFB上で友達依頼するのは元来間違った使用法です。FB自体、そのような友達申請をしないようヘルプでハッキリ明言しています。[1]

面識がない利用者の情報が欲しいときのために、FBではフォローという機能が用意されています。これは Twitter のフォローと同様で、その人が発信する情報が一般公開されているなら、フォローすれば自分のタイムラインに取り込めます。フォローを開始すれば相手に通知されますが、フォロー自体は断りなく実行して構わないと(一般的に)考えられています。FB運営元も実生活で面識の無い人に対しては、友達申請ではなくフォローで繋がることを推奨しています。[2]

それにも関わらず面識のない人にも気軽に友達申請する風潮が一般的となってしまった理由は、FB側による利用者拡大戦略によるものが主因です。即ち、建前上は「実生活で繋がりがなければ友達申請すべきではない」のですが、そんなこと言っていると利用者増に繋がりません。だからFBのヘルプでは [1] [2] のようなことを明言していながら、繋がりを持つには友達申請する以外ない状況を作り出しているのです。

その証拠は、FB上では友達申請はまったく簡単な操作で可能なのにフォローは多くの場合機能しないという事実で充分です。面識がないけどこの人の情報が欲しいという場合、フォローが推奨されているのですが、FBではどういう訳かアカウントの初期設定値を「フォロー不可」にしています。したがってフォローしたくても相手がフォロー可に設定変更してくれなければ機能しません。

殆どのFB利用者は、その簡単便利さに魅了されて既定値のまま使っています。したがって魅力ある利用者を見つけても大抵は友達申請する以外に繋がる手段がありません。仮に繋がりたい人がフォロー可としていても周囲が誰も彼も気軽にFB友達になっているのを見れば、多くの人はやはり同じように振る舞うでしょう。
この過程で多くの利用者が気づかぬうちにFBの「友達量産戦略」に荷担させられます。えげつないけど仕方ありません。
何しろネット界ではメジャーを得たなら、手段を選ばず人の流れを呼び込んで巧く制御した奴が勝ち組です。

今のFB上の友達依頼に係る操作にもこの友達量産戦略が如実に現れています。
ボタン一つ押せば即座に相手へ依頼が届きます。何で友達になりたいと思ったかなどのメッセージ添付など求められていません。まったく簡単便利。ファストフードのお店で欲しい品物(友達)を注文するのと同じ感覚。

他方、依頼を受けた側は知らない人の場合が殆どなので、往々にして「えっ?あんた誰?」となり、次に「何で私と友達になりたいの?」と考えます。ここに友達依頼のメッセージでもあれば判断材料になるのですが、友達依頼のボタンを押した後に別途メッセージを送信するなんて面倒なことをする人など殆どありません。物理的にFBがボタン一つで友達申請できる仕組みにしているのですから、誰しも簡単便利に従うでしょう。これはもうFB側の全面的責任であり、機能的欠陥と言ってもいい。


明白なスパムなら別として、そこそこマトモそうに見える人からだと受ける側は「友達になって欲しい」と依頼されているのを無視するのも忍びなく、結局多くの人が深く考えず「承認する」ボタンを押します。これもボタン一つで手続き完了。いやあ…何とも軽い繋がり。こんなの「友達」だなんて言って欲しくない。

更にFBではトドメとばかりに、至る所に「友達になる」ボタンをちりばめています。わざわざタイムラインにまで「知り合いでは?」などとご丁寧に顔写真つきのプロフィールが並べられ、そのすべてに「友達になる」ボタンが配置されています。邪魔くそで仕方ないので運営元に苦情を言ったんですが、当然解消されていません。

もうこの際ハッキリ嫌味っぽく言っちまうけど、FBのこの機能が激しく気持ち悪い。恰も「世界は一家、人類は兄弟」の友達バージョン。そんなに無理やり友達の輪を拡げまくってどうするの?って感じ。裏では「面識がなければ友達申請するな」と言っておきながら、露骨な利用者増戦略もいい加減にしろよってところ。

純国産のSNSツールならとてもここまでやらない。この違いは国民性に依るのでしょうか。思い切り皮肉をかませば、FBを開発した国の人ってそんなに相手の素性も確かず無防備に繋がりを拡げることを善しとしているのでしょうか。ああ気持ち悪い。

そんなに嫌なら使うなよって声が飛んできそうですが、今や情報発信ツールとしてメジャーだし他の多くの人が使っているから仕方なく妥協し「イイトコ取り」で利用させてもらっているのです。ツールとしては全然好きになれないと言うか、ハッキリ言って嫌い。これは利用し始めた初期から明言しています。もっと日本人気質に合ったメジャーな国産SNSがあるならそっちへ移りたいくらい。

うちの地元には、かつて「うべっちゃ」なる地域SNSが存在していました。招待制なので誰か面識のある人を介して入会し、それからログインしている会員と交流を持つ流れです。したがって昔の招待制 mixi のローカル版とも言えるSNSでした。

FBと同様「この人面白そう」って思う人と繋がるための友達申請機能がありました。今からしてもこの地域SNSには繋がり方に関してよく練られていました。

・友達申請をするとき、かならずメッセージの添付を求められる。
・友達ではなく「トモダチ」と表現されていた。


人それぞれ考え方はあれど、私は今でもこの仕組みは日本人気質に合ったシステムだと思っています。トモダチ依頼するにはメッセージが必須なので、ボタン一つでは依頼できません。これは依頼する側は面倒ですが、受ける側には何故にこの人と繋がりを持ちたいと思ったのかが明瞭に伝わります。

大体、FBのようなネット上に限定される「ともだち」とリアルでの「友達」は全くの別物です。地域SNSでは面識を持たないまま繋がりを持つ場合があるが故に「友達」ではなく「トモダチ」という表記をしたのだと解釈しています。
ネット上で面識のないまま軽く繋がり、お互いの気心が知れてから何かのイベントや会合を通してリアルで顔を合わせるというのは、我々の一般生活において初めて人と知り合う自然な作法に近いきわめて順当な人間関係の展開です。そこを通して改めて「トモダチ」から「友達」になればいいのです。そこのところFBでは「まずトモダチありき」なので、そのコンセプトが馴染まない多くの日本人には奇異に感じられます。

一般論にシフトすれば、人間誰しもリアルに会ってみてなんぼのものです。例えば私がどんなに腹黒い人間か(あるいは腹黒くはない人間か)は会っていくらかでも話をしてみないと分かるはずがない。会っても分からない場合だってあるのです。ネット上だけで相互に完全理解できるわけがないでしょう。
更に人間は生物(なまもの)ですから時間の経過と共に価値観や考え方は変わります。昔はほのぼの投稿が好きで繋がったのに、政治関連のコミュニティーに足を踏み入れて人が変わったようになる場合があります。そうなればたとえ昔実際に会ったことがある人でも繋がり方を再考するのは当然です。

リアルでは「去る者は日々に疎し」という手法で離れていくことができますが、距離の概念がないネット上では繋がりを外すことは困難です。気軽に友達承認する事例は山ほどありながら、
既に友達関係となっているのを気軽に解除する人は(トラブル等でブロックする場合を除いて)殆ど居ません。その裏に冷たい、人間味が無い…などの気持ちが起きるからです。
面識がないけど依頼されたときは深く考えず承認した、あるいはリアルで会ってそのときは「友達申請するね」「うんいいよ」で盛り上がったけど、その後全然投稿がなくなったとか上記のように昔とは人が変わって興味がなくなった…しかし
友達から外すのも忍びないので、設定上トモダチ関係というだけで実際は幽霊繋がり状態って方は相当いらっしゃる筈です。これを「残念なトモダチ関係」と呼びます。

私は冷酷な人間なので、残念なトモダチ関係の整理に抵抗を感じません。特にFBの場合は繋がっていると「友達の友達まで」等の公開設定効果により予期しない範囲まで情報が流れてしまうし、相手にも今や興味ないのに余計な情報をタイムラインに列挙させてしまうことになるからです。

こういう場面での人間関係リセットは、私自身はFBに限らず必要なものと考えるのは、以前ネット上の人間関係の整理として書いた通りです。ここでも反復して書いておきますが、絶交やブロックとはまったく異なります。まだ情報が往来している血の繋がった線をいきなり切断することはしないし、一旦切った関係はもう二度と繋げないことを宣言するものでもありません。たまさかネットでもリアルでもまた接点を持つことがあったとき、必要ならばそこで改めて繋がれば良いのです。
ただし確率的にみて一旦離れた手が再び繋がる可能性は限りなくゼロに近い

ネットとリアルが本質的に異なるにせよ、友達とは一体何だろう…と迷ったときは、私たちがネットという道具に接する以前どうやって友達になっていたのか思い起こせば良いと思います。はじまりは学校でたまたま同じクラスだった、通学電車の便が同じだった、バーで隣りの席に座っていた、いつも同じ曜日の同じ時間帯にスーパーで買い物する女性だった…などさまざまです。

仕事や日常など目的はいろいろながら、何度か生活線が交わり接点を持つことから始まります。第一印象から話し振り、その人の持っている情報に一定の魅力を感じ、相手も同様ならば相互に近寄っていきます。学童期ならいざ知らず、普通は「友達になろうよ(なって下さい)」「うんいいよ」という塩梅で事は運ばなかったでしょう。

この手法に則った友達関係は、条件の合致が必要なので構築されづらい傾向があります。他方、双方の考え方や価値観が大きく変わらない限り長く続きます。人間関係など数合わせ、友達は消耗品と考えるなら別として、トモダチではない友達の本質部分ではないでしょうか。

---

1. https://www.facebook.com/help/240436879374301/
2. https://www.facebook.com/help/255620881144653/

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