すた・ばにら

すたは現実世界の私、ばにらは気ままに野山を駆けめぐる野ウサギ…

科学

[ リスト | 詳細 ]

病的かつ妄想に満ちあふれた数学の独り言が含まれます。

レクリエーション数学は現在活動を停止しています。
過去の古い記事にコメントを頂いても返答いたしかねます。(今となっては自分でも書いた内容を理解できないので…)

記事検索
検索

全18ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

モンティ・ホール問題

次のようなくじ引きゲームを考えます。私が主催者、あなたが参加者です。

今、青・黄・赤の3つのカップのうち1つだけ私がお宝を隠しました。どの色のカップへ隠したか私は知っています。どのカップにお宝が入っているかは当然外からは分かりません。あなたはお宝を引きあてればもらえます。

あなたは3つのうちどれか1つだけカップを選び、その後で提示される情報を深慮しつつ最終決定した後にカップを開きます。最終決定してカップを開くまでは、あなたは一旦選んだカップを変更できます。

イメージ 1


あなたは3つあるカップのうち(実際は何色を選んでも良いのですがここでは説明上分かりやすくするために青を選びました。私はどの色のカップに当たりが入っているか知っているので、あなたが選ばなかった残り2つのカップ(黄と赤)のうち外れと分かっているカップ(ここでは赤色)を開いてみせました。

イメージ 2


外れと知って開いたので赤のカップは当然空です。残りの青と黄のどちらかに当たりが入っているのは明らかです。この後で、私はあなたに次のように提案します。

「あなたが始めに選んだカップを変えることができるし、変えないでおくこともできます。どうしますか?」

イメージ 3


さて、あなたがお宝をゲットできる確率を少しでも上げたいなら、次のどの手段が最善でしょうか。

(a) 最初選んだカップから変えない。(青を選んだまま)
(b) 最初選ばなかったカップに変える。(青から黄に変える)
(c) どっちでもいい。(変えても変えなくても青と黄でお宝ゲットの確率は同じ)


答えは (b) です。
「最初にあなたが選ばなかった方のカップに変える」が正解です。
何故ならあなたが最初に選んだカップ(青)よりも選ばなかったカップ(黄)の方がお宝ゲットできる確率が2倍も高いから。より正確
には、この場合青が当たりの確率は1/3なのに対し、黄が当たりの確率は2/3です。

この結果に対して普通に起こり得る反応は…

「ええー?何でそうなるの?
最終的には青と黄のどっちかにお宝が入っているかの2択になるんだから、答えは (c) でしょ?」


一見、上の主張は極めて妥当に思えます。青と黄のカップがあってどちらかにお宝が入っている状態は、黄色に入っているか、

イメージ 4


または、青色に入っているか、

イメージ 5


…の2通りしかないからです。

青・黄・赤のカップのどれか1つにお宝が入っているとして、ランダムに1つ選んでただちに開いたとき、当たりを引く確率はどのカップでも等しく 1/3 です。さて私はあなたが1つのカップを選んだ後、親切心から当選確率を上げようと、敢えて外れと知っているカップを1つ取り除きました。外れが1つ減ったので、あなたがお宝をゲットする確率は何もしなくても1/3から1/2に上がったように見えます。

それが誤りなんです。あなたがカップを青のまま変更しなければ、当たる確率は最初と同じ 1/3 のまま。青から黄に変えれば当たる確率は 2/3 になるのです。

これは数々の定理を世に送り出した20世紀の驚異的な数学者、ポール・エルデシュも誤り激怒させたと言われる伝説の問題 [1] です。整理すると次の通り。

(1) 3つのカップのどれか1つだけに宝が入っている。(私は知っているが参加者は知らない)
(2) 参加者はカップのどれか1つを選ぶ。
(3) 私は参加者が選ばなかった残り2つのうち外れと分かっているカップを1つ開ける。
(4) この結果を元に参加者はカップを選びなおすことができる。


重要なのは私は3つのうちどれが当たりかを知っていること、参加者がカップを選んだ後に私が外れと知っているカップを開いて参加者の選択肢から外してやることです。これが私もあなたと同様、どのカップにお宝が入っているか分からない(私が1つ開けるカップが外れとは限らない)場合には上記のことは成り立ちません。

更に注意したいのは、当たる確率についての言及であって、実際には上の戦略が推奨するのとは異なる結果が起きるかも知れない点です。即ち青に当たりが入っていたのに黄へ変えたばっかりに外れてしまうことは起こり得ます。しかし同様の操作を十分に多数回シミュレートすれば、カップを変えなかった回数よりも変えた回数の方が倍近くの当選確率であることを確かめることができます。

自分の中では納得できたけど、この確率的事実を「誰にでも分かりやすいような文章で説明せよ」と言われたら相当に苦労しそうです。また、設定条件が正しく理解されなければ容易に誤謬へ陥ってしまうので、諸条件の提示の仕方も留意が必要になりそうです。この点でここでの書き方や説明はなお誤解を生む要素があるかも知れません。どうにも納得できない方は [1] をどうぞ。

---

1.「Wikipedia - モンティ・ホール問題」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%95%8F%E9%A1%8C

夢の細胞と持て囃されたSTAP細胞の雲行きが怪しくなり、連日のようにニュース記事で賑わっている。論文の信頼性に問題があるらしい。

マスコミの伝えることには限界がある。とりわけ期待が多かっただけに失望が大きく、ややもすれば関係者や諸々の問題を暴露するような論調も目立つ。


STAP細胞 「心からおわびする」小保方リーダー、論文撤回の意向

本件に関しては知見がまったくない。それ故にここではこの問題については触れず、むしろこの事件に接して思い出した別の2つの出来事について述べたい。

一つはSTAP細胞の行く末と似た感じがあり、当初”画期的な発見だ”とみなされたものの最終的に誤りだと決定づけられたものである。去年か一昨年だったか、光よりも高速度で伝達する”何か”の存在を仄めかす結果が得られたというニュースがあった。海外からもたらされた情報だったと思う。数ヶ月くらいかなりの騒動になったものの、最終的には数値の誤りは測定法や機器のノイズ等によるものであり、誤りであったとして撤回されたと思う。マスコミの興味と同じで、私自身もうそれがいつの事件だったかも思い出せない。即ち、誤りと判明した後は一気に関心が収束し、ニュースとして取り上げられなくなって私たちの記憶から葬り去られた。

もう一つ、これは前の例とは異なり、当初は論文に致命的な疵があったものが克服され、最終的に”真である”ことが確かめられ華々しい結果を導き出した事件である。Andrew John Wiles によるフェルマーの最終定理(FLT)の証明である。
FLTは内容的にとてもシンプルな整数に関する予想で、きわめて多くの数学者からアマチュアまでが挑戦し、その殆どが頓挫させられたことで有名である。
ある解説書で読んだところによると、Wilesは証明の論文を提出した当初は真に証明できたと確信していた。実際、殆どすべてに関して正しかったのだが、ごく小さな”疵”があるらしかった。しかも哀しいことにその疵は容易には取り除けなかった。彼ももそのことを認め、確か論文は彼自身により撤回されたと思う。
 
そこへ至るまでの段階で既にマスコミが「世紀の未解決問題が遂に証明さる!」の論調で伝えられていたので、証明の不備が指摘されたとき、今まで数多の数学者とが味わわされた挫折と共に「やはりダメだったか…」に傾きかけていた。
 
その後、彼はこの疵を取り除くべく再証明を構成し、提出した。この論文は相当数の研究者によって慎重に査読され、真に疵を持たない証明であることが決定した。その瞬間、約300年にわたってフェルマーの最終「定理」と誤って呼ばれていた未解決問題は、真にフェルマーの最終定理となったのであった。
表舞台には出ないがこの証明の下地造りとして日本人数学者の構成した成果が極めて大きな役割を果たしたことはもっと大きく語られて良いと思う

生物学と数学では、取り組む対象が本質的に違う。方や実際に観察可能な対象であり、他方は人間の造り出した概念である。しかしいずれも私のような門外漢には、それを正しく理解するには基礎的知識と証明の構成法など大変に長いプロセスを要する点では共通している。実際、これらのニュースが一般向けに伝えられようとしたときも、配信社各社は説明にかなり苦労していたようだ。

一連の事件は、マスコミに取り上げられニュースになることで殆ど初めて一般人の目に触れるところとなる。それ以前から研究者が活動しているのは言うまでもないことなのだが、その過程が伝えられることは殆どない。99%以上は表に出ることなく孤独な闘いを日々行っているのだろう。特に数学は抽象の学問なので「それが証明できたからと言って一体何の役に立つのか?」という目で見られやすい。一つの問題に固着し、何としてでもねじ伏せて(証明して)みせるというのは、一般人には想像を絶する精神の闘いである。

何かの書籍で取り上げられていた言葉を思い出した。

「精神の戦いは、ときに人間同士の闘い以上に酷たらしい。」

さて、今の日本および世界でも、ある”宿敵”に対して日々精神の闘いを挑んでいる数学者や研究者は居るのだろうか。
古典的で有名な未解決問題は今でも山ほどある。しかし最近、そのいずれも解決は元より一定の成果が得られたという話を聞かない。あるいはマスコミ自身の伝える努力不足によるものなのだろうか。
 
最初の件に戻れば、いっときは画期的な発見といわれたSTAP細胞の行方は未だ分からない。第三者による検証で再現性が得られないなら、疑義を差し挟まれるのは致し方ない。しかし本件の諸々の問題はさておいたとしても、この事件によって研究者の「追求する姿勢」が萎えてしまうことを一番恐れる。捏造や虚偽は排除されるべきだが、”見つかった!”や”出来た!”が実は勘違いや誤謬を排除する手順に漏れがあったというなら、それは人の成せる所作である。
 
結局のところ、STAP細胞は勘違いで元から存在しなかった…となるなら、それでいい。また一から始めれば良いではないか。その努力の積み重ねで次にはきっと、はじめに想定していたものよりも更に優れた成果が得られるだろうから。追求する姿勢を諦めてはいけない。
(「ランダムな充填問題でも局所的な類似構造を持つのだろうか?」の続き)

”もしかしたらこういう風になっているのかも…”というヒントになりそうな現象を身の回りのものから得ることができた。

同様の観測を行いたいなら、なるべく”粒がそろっているもの”が同一箇所に沢山詰まっているものを探すことになる。
植木鉢の中の土ではダメだ。それもある意味、空間充填問題の事例ではあるが、問題が複雑すぎる。土の粒子は一定ではないし、押さえることによって砕けたり水分を得て膨らんだりする。そこまで考慮すると手に負えない問題になるから、なるべく簡略化されている必要がある。

同じものが沢山同一箇所に…で思い付いたのが、10円玉貯金のボトルだった。

こんな感じで、私はある種の10円玉をボトルに溜め込んでいる。
この瓶入りスポーツ飲料はもう販売されていないのではないかと思う

イメージ 1


10円玉は扁平な円盤だが、同じ形状のものが多数詰まっているという条件は満たしている。そして確かに求められるような性質を満たしている。

瓶に押し込まれた10円玉の局所的拡大映像。
格別に注意して眺めなければ、まったくありがちな状態にしか見えないだろう。


イメージ 2


10円玉は、瓶の中で「まったくの無秩序状態に詰まっている」のではない。平らな面を押し付け合うように納まっている。その方が空隙率が低く、無造作に瓶の中へ「投入する」という過程でその配置を選択するからである。更に瓶を揺することで、この遷移はより一層はっきりする。

しかし全部の硬貨が同様のパターンを取っているわけではない。瓶の内側の縁などで重なり方がずれたり、そのずれた部分へ別の硬貨が斜めに入り込む状態になっている。この結果、複数枚数がいくつか層を成すように重なったクラスタがいくつも無秩序に発生している。

この現象は、別に空き瓶へ硬貨を溜め込むという奇特な性癖をお持ちでない読者の方でも実感しているだろう。ポケットに小銭入れを持っているなら、ファスナーを開けてみればまず、硬貨が同方向に納まっている。しかし全部きっちり揃った方向を持つことは稀で、大抵は硬貨の横へ割り込んだり斜めに入ったりしているものだ。

「硬貨は薄い円盤だからそういう局所構造を取るのであって、特異な方向性がないパチンコ玉ではそうならないのでは」という反論が聞こえる。確かにそうだが、この性質は「円盤も球も空間を完全に充填することができない立体」という性質さえ満たせば共通するように思えるのである。特に充填材料となる単位が十分に沢山あれば、一定範囲を充填するのに最適な配置を一つのクラスタとし、それを一単位としたクラスタが寄り集まって…のような構造になっていると考えたくなる。現に瓶の中の10円玉は、確かに何枚かが重なったクラスタ構造をランダムに取っている。

理想化された角砂糖を、その一辺の長さの倍数を持つ容器に「丁寧に置きに行く」なら、充填率は疑いもなく完璧の100%である。しかし一辺の長さに余りが出ていたり、角砂糖そのもののサイズに微細なバラツキがあった場合、状況は忽ち変わってくる。常識的に考えて整然と置きにいったのよりもランダムでありながら、もっと充填率の高い配置が存在する場合のあることが証明されている。

再び M. Lines の書物からの引用だが、議論を簡略化するために三次元ではなく二次元平面の正方形を考えよう。一辺が1mの大きな正方形に1cm角の正方形を配置するなら、100×100=10,000枚が詰め込まれ充填率は100%である。ここで元の正方形を例えば1mm大きくしよう。一辺が100.1cmの正方形領域に同様の配置を行えば、10,000枚並べた後に1mmの幅を持つ二つの辺がL字型状に残ってしまう。面積としては200cm2ちょっとあるのだが、幅が1mmしかないのだから正方形を詰め込みようがなく、この空隙部分はどうしようもないと考えるのが自然だろう。

ところが最初に行った碁盤目状に並べるのを諦めるなら、別のある配置をとることで10,000枚よりも多く単位正方形を「詰め込む」ことが可能なことが証明されていると言ったら、信じてもらえるだろうか。この場合も恐らくある「効率の良い」クラスタ構造が寄り集まって構成されるように想像されるが、精確な配置はもちろん分からない。

そして一般化された空間で別の単位図形の場合でも、同様の現象が起きているように思う。しかし今のところ私の中の妄想に過ぎないだろう。

ニュースにFBのシェア機能が付属しているけど、そうすると自分の実名がモロバレ状態になるので、一旦コッチに記事を書いてここからシェアするってことで…

---

ブックマークを兼ねてリンクを掲載しよう。

東北大、ガラス物質の局所構造が歪んだ20面体であることを直接観察で確認


数学のことも物理もよく分からないけど、ガラスが代表的なアモルファス構造を持つ物質であることは知っていた。きっちり積み上げられた建築ブロックのような整然とした構造ではなく、どれが一単位であるか分からないけれども全体として安定を保っている…というイメージである。

さて、この記事自体からは若干離れて直接関係があるか分からない…もしかすると殆ど無関係かも知れないが、この記事に接したとき私は以前から興味を抱いていた数学のある一分野のことが連想された。

空間充填問題(Packing Problem)の一分野である。

ある一定の空間に合同な立体(物体)を沢山詰め込んだとき、それらがどんな配置をとるとき密度が最大(最小)になるかを議論する分野で、現在のところ単純な図形でしかも理想化された場所に詰め込む場合を除き殆どが未解決である。三次元どころか二次元の事例ですら知られることは少ない。一般法則とか包括的な定理が少なく、現実問題として「未だ何も分かっていない」という感触がある。
しかし空間充填問題というものものしい呼称とは裏腹に、類似する現象は注意深く観察するなら日常生活でしばしばお目にかかれるものである。

私はコーヒーに必ずクリーミングパウダーを入れるタイプなので、無くなる前に袋入りの詰め替え用を買い置きしている。つい昨日のこと、瓶入りのパウダーが少なくなったので袋から瓶に注ぎ足した。
あいにく全部は入らない。袋にあとちょっと残っているのだが、無理やり入れようとするとこぼれてしまう。

イメージ 1


このような事態はあなたも経験がおありだろう。さて、このときどうするかは…袋に相当量残っていれば諦めて袋の口を縛り、輪ゴムで留めるだろう。本当にあと少し入りきらないという状況なら、飲みたくないカフェオレを無理やり拵えて消費してしまう方法がある。しかし経験的に知っている人なら、恐らく私と同じことをする筈だ…

一旦瓶の蓋を閉めてシャカシャカと振る。それだけだ。

おもむろに蓋を開けると…何と、瓶の口まで入っていた筈のパウダーが減ったように見える。その空隙部分へ袋の残りを詰め込めるのである。一件落着だ。

何が起こったのだろうか?

ここで起きている現象こそが、空間充填の最適化問題の一例である。振動という刺激を与えられることで瓶の中のパウダー粒子が最密充填配置を求めて移動したのだ。その結果、最初よりも空隙部分が埋まって瓶の上部に余裕ができたのである。

イメージ 2


瓶の中でパウダーがどういう配列変化を起こしているか数学的に描写する方法は存在しない。誰も知らない。しかし大雑把な言い方なら説明はつく。
クリーミングパウダーは微細な粒子である。すべてが合同とは言い難いが、一定範囲のばらつきを許す中でほぼ同等の形状をしている。

最初、無造作に瓶の中へ注ぎ込んだとき、パウダーは瓶の中で「無造作なランダム配列」を取っている。このときの充填密度は、何度同じ操作を行おうがほぼ一定の数値を示すことが知られている。即ちパウダーが瓶の中で微細粉末化しないという前提で、注ぎ込んで瓶の口の上に残った高さを測る、一旦全部取り出してまた注ぎ込んで測る…を繰り返せば常にほぼ同じ数値が得られるということだ。
パウダーではなくもう少し「丈夫な」グラニュー糖でやってみると良いかも知れない

しかし…瓶に注いだ後、蓋を開けたまま瓶の底をテーブルに軽く打ち付けてトントンと揺すぶってみよう。見る見る間にパウダーの高さが下がっていくのを観測できる筈だ。それは最初はかなり大きく下がり、やがて殆ど変わらなくなる。衝撃を契機に瓶の中の粒子が「以前よりも良好な密度配置を求めて」移動している。パウダー粒子が占有しない、言うなれば空気が支配している領域は、そこを押しのけて移動可能だからだが、自重で空隙が埋められるのにも自然な限界がある。

まとめると、パウダーが瓶の中で具体的にどのような配列になっているかは(あまりにも場合の数が多すぎて)到底分からない。そうでありながら、自然に注いだ場合、数回台の上で揺すった場合のそれぞれにおいてほぼ同じ結果を示す。もの凄く沢山の状態を取り得るのに、それら全体の平均的な密度はどれも同じということだ。

「瓶の中でパウダーが砕けているのでは?」とか「パウダー粒子すべてが合同とみなす前提は乱暴だ」という異論もあるだろう。
疑わしく思うなら、パウダーの代わりに充分に沢山のパチンコ玉を用意し、相応に大きな瓶に注ぎ込んで実験すると良い。注ぎ込むのも揺するのも重労働だが、誰も揺さぶったからとてパチンコ玉が瓶の中で「変形した」とは考えないだろう。しかし圧縮によって殆ど変化しないパチンコ玉ですら、得られる結果は同じである。無造作に入れた後に瓶を揺すれば、必ず一定の割合で最上段のパチンコ玉の高さが下がっていく。そしてある一定段階でそれは落ち着き、以後揺すっても殆ど変化しない。

この現象はもっと収まりの悪い立体でも同様である。卑近な例では、瓶の中に角砂糖を入れる場合だろう。
うちの親元では角砂糖を無造作に瓶へ入れて使っているが、実際瓶に入れるにはとっても効率が悪い。尖った角が災いして思ったほど沢山入らないのである。しかしこの場合も少しでも沢山詰め込みたいなら、瓶の底をトントンと叩いたり揺すったりすれば良い。その操作で間違いなく角砂糖でさえも最密配置を求めて移動する。最初は瓶の口から一部の角砂糖がはみ出て蓋が閉められない状態でも、揺することであと数個くらい追加で入れられるようになる。器と中に入れる立体の大きさの比と個数にのみ依存し、器や立体の形状には無関係に起きる現象なのだ。

この現象を説明するとしたら、「揺さぶられる」ことでそれぞれの粒子が異なる配置をとり、結果として以前よりは高密度な配置へ移行していることになる。
瓶の中にパウダーなりパチンコ玉なりを入れるとき作為的なことをせず、無造作に注ぎ込んだなら、そのときの配列は殆ど無限に存在し得る
「無造作なランダム配列」のうちのどれか一通りになる。何度か試行すれば、必ず以前とは異なる配置になるが、充填密度はほぼ同一になる。しかしなお最適ではない。振動という操作によってより良好な充填密度を有する配置へ遷移する。そして一定限度の遷移が進めば、揺すっても粒子の配置変化のみが起こり、密度は殆ど増加しなくなる。パチンコ玉で言えば、上から無理やり押さえつけても一定限度より高さが低くなることはない。この場合の配列も殆ど無限に存在するうちの一つでありながら、充填密度としてはどれもほぼ一定に近づく。

しかし…
最初のニュースに戻るが、このとき瓶の中でランダムに見える配列を持つパチンコ玉やパウダー粒子が、もしかして「局所的に歪んだ20面体構造」を取っている可能性はないだろうか。

詳細なことは恐らく誰も知らない。答があるのかも知れないが、極めて微細な粒子構造を観測できる方法があるにしても、
配列方法が夥しい数に及び得るそのすべてを検証し、一定の反復構造が見いだせるとはとても思えない。しかし何かの所見が得られたなら、ランダムな充填問題における局所構造に大きなヒントを与えるものになりそうな気がする。

※注: 瓶の中の粒子配列に関しては、M. Lines による "A Number At Work At Play" の記述をヒントに構成しています。
ページ数は不明…今手元に本が見当たらず押し入れの中で行方不明中…

ランダムな充填問題でも局所的な類似構造を持つのだろうか?【続】」に続く
宇部興産(株)のi-Plazaに行ってきました。

i-Plazaは一般向けの資料館で、技術や扱っている商品、製品材料などあらゆる対外的に提示可能なものが並んでいます。医薬品や化学品およびその出発原材料などが展示されたスペースがあり、私にとって聞き覚えのあるもの、まったくわけの分からない化学薬品の実物が展示されていました。

普通の人は日常生活で化学薬品を目の当たりにする機会が殆どありません。こういうのはとっても好きなので、観るだけではなく写真に撮ってきました。

まずは蓚酸(oxalic acid)です。
もっとも単純なジカルボン酸として知られています。

イメージ 1


蓚酸の「蓚」とはスイバ、カタバミを意味していて、一部のアクが強い野菜や根菜にはシュウ酸化合物が含まれています。独自の製法によるプラントを保有しているそうです。
市内在住の年配の方で「修」の字を名前にお持ちの方の中には「蓚酸製造プラント」完成を記念して命名…という事例もあるらしい


シュウ酸は劇物なので、なめたりしないよう二重の袋に入れられていました。
袋を撮影したんですが…光に反射して殆ど分かりませんでした。
最近デジカメのズーム撮影機能が巧く働かなくなったような気がする…

イメージ 2


炭酸ジメチル。液体のようです。
名前は聞いたことはあるけど何に使うのかは…


イメージ 8


ここまでくるとわけが分からないんだけど、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物
名前で構造は推測できるんですが…


イメージ 9


オキセタン
馴染み深い
化学物質じゃありませんが、構造はシンプルです。

イメージ 10


瓶を手にとってみました。
蓋を開けて匂いを嗅いでみればよかったなぁ…オキセタンは独特な匂いがするらしい…と言っても多分エーテル臭と思うんだけど。

イメージ 11


ブチルオクタン二酸

イメージ 12


こちらも手にとってはみたものの…白い粉末ってだけのこと。


イメージ 13


ドデカン二酸
そう言えばジカルボン酸がかなり目立つような気がするんですが…

イメージ 14


中身はやはり白色粉末らしい…まあ白色と言うか、恐らく無色なんだろう。粒子状になっているから光の反射でそうなっているんだろうし。

イメージ 15


最後に、ナイロン6で有名なカプロラクタム。これは化学の授業で耳にしたことがある人は結構あるかも知れない。
今でも主力製品の一つとも言える出発原料なので、丹念に調べました。


イメージ 4


瓶の中身。微細で透明感のある結晶のようです。

イメージ 5


カプロラクタムの瓶は蓋をあけることができました。それでちょっと匂いを嗅いでみました。いわゆる「アミン臭」と呼ばれる匂いです。こんな表現じゃ説明になっていないんだけど、そうとしか言いようがない。魚は特有の生臭さがあるんだけどあれをかなり弱めた感じ。炭素数が少ない低級アミンはそれを増強したような悪臭です。
ただ、カプロラクタムはもの凄く強烈だとか刺激臭と呼ばれるほどのものではなく、鼻を近づけても問題ない程度に認識できる匂いの強さでした。

私は直接触りはしませんでしたが、かなり手に粘り着く物質のようです。吸湿性があって瓶の中にある分は結晶でしたが、蓋の裏側にひっついている分は大気中の水分を吸って水飴状になっていました。手に着けてもただちに害はないらしい。

高分子化合物の構成単位となるモノマーは大抵反応性が高く、人体にも害悪なものが目立ちます。ポリエチレングリコールの出発材料の一つである酸化エチレンや、合成ゴムで使われるスチレンやブタジエンなどがそうです。カプロラクタムは発ガン性に関しても可能性の低いカテゴリに分類されています。

これも同じ物質なんだけど、用途別に材形を変えたもののようです。


イメージ 3


その隣りに置かれていた類縁物質のラウロラクタム
カプロラクタムと同様の環状構造で、炭素数が12の物質です。

イメージ 6


ラウロラクタムの形状。
カプロラクタムと同様に開環重合させてナイロン12を作るらしい。

イメージ 7


こんな塩梅で、実際に薬瓶を手にして眺めたり、蓋を開けて匂いを嗅ぐなんてことができる程度の薬物が展示されていました。

ナイロンと言えば、むしろナイロン6.6を思い浮かべます。ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸のアミド結合で高分子化し、高校の有機化合物の教科書には必ず載っていた例です。宇部興産(株)もかつてはナイロン6.6を生産していたんですが今はしていないらしい。

ヘキサメチレンジアミンはWikipediaの記述でおよそ想像がつきます。スペルミンやカダベリンと構造が似ているから、多分それっぽい悪臭なんでしょうか。
分からないのはアジピン酸。まず名前の由来も分からない。英語では adipic acid なんだけど adipic の意味が分からない。英語版Wikipediaでは「自然界には殆ど存在しない」のような記述がありました。

一緒に案内してくださった方(コテコテの有機化学専門)に名称の由来を尋ねたんですけど、分からないという返答でした。遙か昔にYahoo!知恵袋で質問したとき、adipicは「脂質の」を意味する英単語っていう回答が返ってきたことがありました。結局のところ確定的なことは未だに不明です。
アジピン酸って聞くと、どうしてもふぐちりや湯豆腐にかけるしょう油と酢ベースのあの瓶入り調味料を想像してしまいます。アジポアミドとかアジポニトリルとか、もっと近い…ブタノールって表示を見て、出荷前のトラック荷台に積み込まれた豚を想像するのと同等の不真面目さですな…^^;

せっかく化学部署専門の方に案内していただいていたので、唐突にもピリジンの匂いを嗅いでみたいとか言ってしまいました。i-Plazaは化学薬品博物館じゃないので置いてありませんでしたが…
ピリジンは高校の教科書にも現れる窒素を含む芳香族化合物で、ネット上の多くのサイトにも掲載されています。多くは悪臭と書いてありますが、どんな匂いなのかは「喩えようのない臭い」らしい…ピリジンの臭いは「ピリジン臭」としか言いようがないようです。百聞は一見にしかずならぬ「百聞は一嗅にしかず」ってところですか。

担当の方に尋ねると、確かに良い臭いではないらしい。しかし充分に薄めるとそう悪くない匂いだとも言われました。排泄物に固有な悪臭のスカトールも希釈すれば確かコーヒーとか花の香りに近づき、実際に香料として使われている…のような記述を見た覚えがあります。まあ、どんな匂いも強すぎれば悪臭になりますが…

将来、「匂い成分を解析してデジタル化して掲載し、外部装置を接続することでネットですべての化学物質の匂いを嗅げる」ようにならないでしょうかね。
味の方は…もっと難しいかな

全18ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事