すた・ばにら

すたは現実世界の私、ばにらは気ままに野山を駆けめぐる野ウサギ…

ローカル

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ダムや工業用水、道路、遺構なと個人的に心惹かれる「物件」を踏査し、写真と動画を交えたコアなネタをお送りしています。

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見初発電所発見!

Yahoo!マップで見初発電所を発見しました!


# ネタに決まってます…見初変電所が正解です♪

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知ってしまったからには、握りつぶしておくわけにもいかないので…
かなり汚い写真なので、食事時には見ないことをお勧めします。人によっては結構ショックを受けるかも。

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撮影は8月4日です。
相変わらず暑く、そうかと思えば急に曇ってザーッと通り雨に見舞われる熱帯雨林のような天気でした。
瓜生野方面に向かう便があり、宇部丸山ダム関連の追加写真を撮る必要があったのでダム上の公園に立ち寄りました。

そこで目にしたものは…
今まで見たこともないほどの酷い水質悪化でした。

堰堤付近で藻が大量発生している。

イメージ 1


水位はまだ比較的高く、去年の夏より貯水率はまだ幾分余裕があります。しかし傍目にも水質が悪く、緑色の藻が一面に浮いています。波紋だけを見るとまるで砂が堆積して陸地になっているかのようです。

イメージ 2


ダムの堰堤付近は通常、一番深い場所です。この辺りなら最大で水深15m近くあるはず。しかしその一角にまるで陸地のように堆積した部分ができていました。

これはかなり酷い。
ゴミではなく流木ですが、藻が溜まりまくって如何にも汚い。

イメージ 3


近くから撮ろうと堰堤に向かいました。
撮影位置を変えたことで新たな発見がありました。

イメージ 4


魚が死んで浮いていました。
酸欠でしょうか…

イメージ 5


堰堤には金網が張ってあり、真下を移すのが難しい状況です。
金網の隙間にカメラのレンズを押し込みました。

イメージ 6


一部しか写っていないけど近くからの映像。
何故かここだけ流木が大量に集まって島のようになっています。藻の発生も酷い…幸い悪臭は感じられませんでした。

イメージ 7


水位はそれなりに高いのにこれほど水質が悪化しているのは、最近の異様に高い気温が原因ではないかと思います。あと、富栄養化という要因もあるのかも…去年の水位低下時には、岸辺にタイワンシジミが異常発生し、打ち上げられたシジミの死骸で至る所悪臭を放っていました。

他の場所でも岸辺の浅い場所や流れのない所で同様になっていました。

イメージ 8


どうにかできないのかと思うものの、恐らくどうしようもないと思います。
気温が下がるか、雨が降って充分に薄まるのを待つ以外ないかと。

広大なダム湖のことです。吸引器付きのボートを繰り出し、汚い藻の広がっている部分を回収するなんて途方もないし、汚い水の混じった藻を何処へ捨てるものやら…見た目を一時的に綺麗にしてもまた元に戻ってしまうでしょう。
水質浄化装置は以前から稼働しています。湖面を観察していると、至る所で円形に水が沸き上がるのが見えます。今やその程度では追いつかない状態になっているということです。

宇部丸山ダムは工業用水確保を主な目的とするダムなので、この水も上水道の原水となります。宇部市民は広瀬で採取された厚東川の伏流水や小野湖から導かれる工業用水に原水を求めていますが、取水塔から有帆方面へ送られる原水に頼る山陽小野田は影響が起こり得ると思います。
厚狭川系の水もあるので丸山ダム湖の水すべてが飲料に回るわけではない

もっともダム湖全体の湛水量からすれば汚れた部分は僅かですし、臭いや異味がでないよう上水になる過程で多くの処理が施されます。しかし更に水質が悪化するなら「水道の水が臭い」などという問題が起こるかも知れません。

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未だ確証はもてませんが、かなり確からしい気がするので速報的にお伝えするってことで…

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寿橋の架かる真締川の右岸側下流の護岸に、見慣れない排水口が2つ並んでいます。(3つと言えるかも…離れたあの1つは関係あるかどうか分からない

イメージ 1


この辺りは潮の干満の影響を受ける場所で、潮が引けば姿を現します。
下半分は既に土砂で埋もれています。

イメージ 2


左岸側からズーム撮影しています。
目測で直径1m程度、やや奥まって見えることから出水口を塞がないようにコンクリート護岸を造ったようです。

イメージ 4


傍目にもきれいとは言えないこの排水口をカメラを向けていたのも、以前から気になっていたからです。
護岸に何かの排出口が現れている場所は他にもあり、古い雨水管渠だったり昔の下水処理後の排水口だったりします。しかし特にこの場所が気になったのは、半分以上埋もれて明らかに機能してなさそうなことと、見るからに古そうなその外観にありました。

現在、出典強化のため図書館で借りてきた書籍の参照ページなどの情報をホームページ記事に補充する作業を行っています。そのために関連する記述のある部分を食い散らかし読んでいました。書籍は常盤公園関連なのですが、宇部市の歴史を語る部分の記述で、この排水口のことをさす可能性が高い記述に出会いました。

明治42年11月、現在の中国電力宇部営業所の位置に火力発電所が建設された。「宇部電気会社」の創立である。渡辺(祐策)は取締役社長に就任した。そのころタービンの冷却水を川に流した丸い排水口が、今も真締川の石垣に、わずかにその痕跡を残している。

出典: 「ときわ公園物語」 P.46

排水口は、まさに現在の中国電力宇部営業所の建物から出ていた!!

石垣ではなくコンクリート護岸ですが、排水口はコンクリート護岸に埋もれていません。石垣はそのままにして、後からその前面に護岸を拵えたように見えます。

では、これって…明治期に造られた火力発電所の冷却水の排出口ってこと?
そんな古いものが未だに遺っているの?

あの奥はどうなっているんだろう…

まず、塞がれていると思います。元々の火力発電所は100年以上前のものなので。しかし真締川に面するこの部分を塞いでいないってことは、少なくとも敷地跡から市道を跨ぎ、真締川公園の下を通ってここに排出するまでの間は、明治期の埋設管がそのまま遺っている可能性があります。

コンクリート護岸を造るとき、これを塞がず遺しておくことについて意見があったでしょうね。
普通ならコンクリート詰めにして埋設します。護岸に孔が空いているに等しい状態なので、真締川が増水したとき堤が脅かされる要因になるからです。それよりも歴史的価値を重んじてそのままにされたのかも…
もっとも実は単なる勘違いで、昔の汚水管の排出口に過ぎなかったという結末も有り得るでしょう。それ故にFBの「宇部マニアックス」では投稿を見送っています。本当に当時の排出口の跡なのかは聞き取りなど調査が必要です。

同じくきれいとは言えませんが、右岸側には塩田川ポンプ場があります。ここには現在処理水が排出されるのとは異なる排水口が見えています。

イメージ 3


これも何か怪しい…いつの時代のものだろう。
構造的には栄川のところにある排出口に似ています。ちなみに栄川を埋め立て始めたのは昭和11年3月のことで、それ以前は鍋倉山の下まで漁船が出入りしていたようです。最終的に下流の入江付近まで埋め立てられて児童公園および駐車場になったのは昭和49年のことでした。(「なつかしい藤山」 P.47, P.99)

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市道を更に北上し、広瀬高架橋をくぐったすぐ先にもう一つ、未知の物件がある。
今までの記事をこなしてきた読者なら、この写真一枚で場所は分かるだろう。

イメージ 1


ここから厚東川は近い。
そして藪の一箇所だけ穴が空いているような通路が存在する。

イメージ 2


この場所も今回初めて気付いたのではなく、以前から分かっていた。そしてこのたびも自転車を停めて再度偵察した。

イメージ 3


この先は厚東川の護岸で、河床まで降りるための階段も設置されている。
降りた先には何もないが、護岸を施工した当初から降りる場所があったことになる。

イメージ 4


取水口など存在している訳ではない。それ故に何か不自然だと思いながらも得られるものはなく引き返していた。

このたびも同様に引き返すとき、ちょっと気になるものを見つけたのである。
護岸に到達する少し手前のところだ。

イメージ 5


苔を纏っていたが角が直線状に出っ張っていることから、何かコンクリート構造物が埋もれていると気付いた。既存のコンクリート護岸からは離れているし見るからに古い。厚東川の護岸の一部ではないと感じた。

自転車を停めた場所からここまでの間、どこかに常盤用水路の暗渠が通じているのは確かなので、何か桝が埋もれているのでは…と考えた。
そこで再び靴の裏を使って堆積した泥をこさいだ。(←だからそれ方言だよw

イメージ 6


コンクリートらしきものは割と広範囲に埋まっているらしかった。道路側に近づくにつれて溜まった泥が厚くなり、靴で取り除くのもしんどくなって止めた。
掘り出した範囲では蓋のようなものは見つからなかった。

イメージ 7


本格的に行うなら、角スコ持参で広範囲に泥を取り除かねばなるまい。もっともそこまで着手する本気度はなく、単に厚東川の古い護岸痕跡だった…という結果も有り得るだろう。
だから最大限に常盤用水路へ偏った見方をすると、管渠を布設する際にコンクリート全巻きで補強したとか、古い桝があったのが使われなくなってそのまま埋もれた…ということはないだろうか。位置的には充分にその可能性はある。

もう一つ…
これは常盤用水路の管渠区間探索を行っているならきっと疑惑の目で見ていたと思われるものがある。
最初に掲載した一枚の写真にも見えているあの小屋だ。

以下の3枚は、初めて管渠区間踏査に着手した3年前の撮影である。

波板の屋根がついた簡易な小屋があり、近くの木製電柱から電源が引かれている。

イメージ 10


内部の様子。

イメージ 8

イメージ 9


この小屋が常盤用水路に関連するものかどうかは分からない。初めてこの小屋を見つけたとき内部に写っている一連の器具からして個人所有の汲み上げ用ポンプであり無関係と結論着けていた。
仮に関連ある設備であるとして、これがどういう役目を果たすかを考えると、常盤用水からの分水か、加圧ポンプである。
まず前者はないだろう。見るからに個人所有の小屋という規模であり、補償工事的意味合いを含めても常盤用水路からの分水を行っている設備は知られていない。むしろ加圧ポンプなら可能性はある。取水口から末信ポンプ所までの縦断勾配は大きくはとれず、効率的な送水を行うならあった方が良い。しかしそれなら現在も使われている筈で、これほど古びた外観では有り得ない。

結局、この小屋は常盤用水路とはやはり無関係だろう。設備が妙に古いことと、常盤用水路の管渠区間に極めて近い(もしかすると真上にあるのかも)という点だけが引っかかっている。いずれにせよ個人所有の小屋らしいと思われる限り、突っ込んだ偵察は行っていない。

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市道を更に北上し、先の排泥桝らしき場所から100mちょっと離れた場所に、やはり常盤用水路のものと断定される奇妙な構造物が存在する。この構造物は私が自力で見つけ出したものではなく”こんなものがあった”という情報を頂いた上での現地踏査だった。

広瀬高架橋がかなり近くに見える。前方右側に見える民家の上方に厚東川1期導水路のNo.25が存在する。

イメージ 1


ここは田畑と竹藪の境目であり、厚東川の方へ向かうあぜ道が存在する。

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少し入った竹藪の手前に、こんなコンクリート桝のような構造物が潜んでいたのだった。

イメージ 3


この場所を訪れたのは、私自身はこれで2度目である。前回来たときよりは周囲の竹がよく刈り取られている印象を受けた。初めて来たときは酷い藪に囲まれていて接近が困難だった。

問題の構造物。
地上に出ている部分の高さは60cm程度、桝はおよそ1m角のサイズだ。上部に厚さ10cm程度の蓋が載っている。


イメージ 4


市道との位置関係
道路よりはむしろ厚東川の方が近い。


イメージ 7


さて、この桝だが
なんとも理解に苦しむ構造をしている。蓋の中央に日の丸弁当を思わせる丸い穴があり、内部を覗けるようになっている。しかし蓋とは言いながら鉄格子のような鉄筋が埋め込まれているだけで、取っ手はない。


イメージ 5


桝の蓋にしては奇妙だ。厚さ10cmもある取っ手のないコンクリート蓋なら重くて動かせないだろう。経常的に開閉するなら、きちんと取っ手をつけるか、先に見たような軽い縞鋼板製の蓋にする筈だ。

格子部分から中を覗き込む。
竪坑は隅切りした八角形構造になっていて、水が溜まっていた。溜まり水までの深さは推測で3m程度。水の動きは見られなかった。

イメージ 6


この構造物も常盤用水路に関するものと考えて間違いない。
そのことを裏付ける境界杭が近くにあったからだ。


イメージ 8


これは常盤用水路の施工にあたって宇部興産(株)が買い上げた土地の境界を示している。同じ杭が常盤用水路の開渠部分の全線にわたって設置されている。この下を管渠が通じているのは疑いない。

しかし桝の構造に大きな疑問が湧く。
先に見つけた排泥桝と比べて異質な点が多いのである。

(1) 小川や沢など排水可能な場所に面していない。
(2) 蓋が容易に開閉できる構造ではない。
(3) 蓋に穴が空いており大気中に開放されている。

これらの特性は、今まで見つけてきた常盤用水路の排泥桝にはい。溜まった泥を排出するのなら蓋は軽いものにする筈だし、桝の縁がこんなに高くては作業に困る。したがってこの構造物は排泥桝ではない。

では、何のための構造物なのだろうか?

点検用の人孔ではないかと思われたが、これも恐らく違う。内部の壁に昇降用のタラップが取り付けられていない。現在なら被覆付きの足掛金物を使うし、昭和初期・中期なら鎹を取り付ける。この深さの竪坑でタラップが存在しないなら、当初から人が内部へ降りる用途は想定されていなかったと考えられる。

推測だが、この竪坑は管渠区間の送水変動を吸収するサージタンクのような役割を持たせるための桝ではないかと考えている。

ダムの水を導水管で導き別の場所から水圧鉄管で落とすタイプの水力発電所には、かならずサージタンクが付属する。送水量が大きく変化したとき導水管にかかる圧力変動を緩和するためである。サージタンクは上部が大気中に開放されているので、内部の水が上下動することでそこから下流側への内圧変動が抑えられる。

常盤用水路に限らず呼び径一杯で送水する管構造物では、送水量が変動すれば内部に圧力変動が起こる。送水を開始・停止する際には流速が一定の数値からゼロまで変動する。不測の事態による経路の急遮断など短時間に大きく変動すれば、管渠内部に大きな圧力がかかる。常盤用水路の場合、管渠のジョイント部分から漏水する原因にもなるだろう。
漏水による田畑や敷地の陥没といった被害は恐らく過去にあったはず

一定区間毎に上部が大気に開放されている部分があれば、そこから下流側の管渠内部は上流からの流量変化の影響を吸収できる。この構造物はそういった意味で「サージ桝」とも言えるべきものではないかと考えている。管渠区間が長く続く部分があれば、これと同様の構造物が他にも見つかるかも知れない。

市道側から撮影。
田畑に利用されず荒れ地となっている部分が社有地で、恐らく管渠を布設した当時のままと思われる。

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導水路と言えば、並走している厚東川1期導水路はその殆ど全線が暗渠である。しかし周知の通り、沢地を渡る場所など至るところに点検桝が設置されているので、これ自体が流量変動を吸収するサージ桝も兼ねているのではと思われる。

さて、広瀬高架橋を過ぎた先で正体不明の構造物を見つけている。一つは痕跡程度しか確認できないもののかなり確実そうだ。他方、もう一つ市道沿いに見られる物件は未だに正体が分かっていない。

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