すた・ばにら

すたは現実世界の私、ばにらは気ままに野山を駆けめぐる野ウサギ…

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ダムや工業用水、道路、遺構なと個人的に心惹かれる「物件」を踏査し、写真と動画を交えたコアなネタをお送りしています。

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何とも不自然な記事タイトルだが、「水利関係の遺構【その4】」の続編になる。
時系列からすれば「No.21とNo.20-1」の次にあたる
労苦ばかり多くて成果に乏しかったのだが、今回の接近劇は最近ない難行だったのでちょっと丁寧に(と言うよりは冗長に)書いてみようかと思う。
 
---
 
No.21 と No.20-1 を確認後、市道へ出て更に北上した。
 
先週は足慣らしの積もりでアジトを発ち、思いがけず No.20 という成果を手にしたので、少し先にある No.19 を撮影して引き返していた。
むしろこれからがスタートである。アジトから相対的に遠い末信から先の温見・持世寺は、必ずしも徹底的に調査されているとは言えなかった。
 
とりわけ、踏査したい意向を退ける厄介な物件がすぐ先にあった。
 
 
No.20 が見つかったコンクリート水槽から市道を100m程度進んだ場所で、先週行った「第四次・末信計画【4】」でも訪れたこの物件である。
 
 
 
この桝は、温見地区一帯に灌漑用水を供給する貯水槽と推測されるものの、ハッキリしたことは分かっていない。この市道をじでんしゃで走るのは十回を下らないが、接近して調べることをせず一瞥を加えるだけで通過していた。
 
 
接近困難な理由その1。
ここは日当たりが良いせいか、やたらとイバラ系が多いのである。
 
イメージ 1
 
 
読者は私が何かを調べるにつけ、苦労を厭わず藪漕ぎを行っているように思えるだろう。その奥に潜む価値ある物件と引き換えなら、それも真だ。しかし本気度の高さと藪の種類および密集度にも依る。
例えば種類を問わず、進行先がまったく把握できないほどの密な藪は、突入以前の問題だ。笹藪が特にこのパターンになる。注意すれば引っ掻かれるリスクは低いのだが、物理的に入り込めない。
 
密度が低くても、この場所のようにイバラを含む場合は入りたくない。何とかしてそこを避けるルートを選ぶ。数が少なければ一つずつ丁寧に払いのけて進めるが、目の細かいズボンや服にまで突き刺さってきて痛い。何本も同時に絡みつかれれば痛い上に身動きが出来なくなる。
本山岬付近になるレンガ塔への接近で体験済み…もがいて手足を動かせば新たに別のイバラが絡みつく…挙げ句に身動きできなくなってイバラ磔の刑にw
 
 
接近困難な理由その2。
遺構は、取り付くのも困難なほどの急斜面に存在する。
 
イメージ 2
 
 
遺構は市道に面するものの前面は垂直壁で、直接の登攀はまず無理。両脇の斜面は土の斜面で、これも急な崖状態。更にその表面をイバラ類が無秩序に蔓延っているという最強(最凶)な防御体勢なのである。
桝の両側からはヒューム管が伸びているので本来なら足場になるのだが、桝との接続部付近は地表から見えないくらい雑草で浸食されている。
草刈り機持参でイバラを全部刈りまくったら意外にラクに接近できると思う
 
  
先週この物件の前を通過したときも迷っていた。あの時は時間が押していたので無理をしなかった。今日は午前中からアジトを出ているので、No.21 などの確認を終えた今は正午前だ。時間はたっぷりある。”急ぐからまたの機会に…”の言い訳を許さないかのように、件の遺構は余裕たっぷりに挑戦者を待ち構えていた。
 
そして、私としてもこの挑戦を先送りに出来ない事情があった。
 
この遺構は目立つ場所にありながら、今や誰の手によっても管理されていないらしかった。もう一年以上、時期を変えてこの市道を走るも、草が刈られたのを見たことがない。地元の方は恐らくこの物件を知っていようけど、今や誰も使わないから草刈り機を持ち出してまで普請はしないのだろう。
 
今から先は草木が復活し、勢力を盛り返す時期になる。こう見えて今が一番イバラ等の障害が少ない方なのだ。今やれなければ、恐らく何時になっても踏査できる見込みはない。
 
市内の有志でここを調べた人は居るかも知れないが、写真撮って記事を書きネットに公開して…までやった人間は誰も居ない。存在に気づき、その価値を認め、記録に遺したいと欲する者が一連の情報をネットへ掲載する義務がある。今の状況では、自分しかいない。(…と言うのは大げさだよねw
 
そうは言うものの、一か八かの踏査は有り得ない。ここばかりは本当に慎重に行動しないと本当に大怪我をする。藪漕ぎや山中で道なき道を歩き回ることにある程度経験を積んだ自分も、相当に手強い相手と感じた。
 
安全な登攀ルートを見つけるのに、遺構を前にしてウロウロするだけで最初の5分を費やした。
 
最初に考えたのは、遺構のすぐ近くにある電柱の助けを借りる手段だった。
電柱には昇降用のボルトが打ち込まれているので、あれを使えば上下の移動は安全にできるように思われた。
 
イメージ 3
 
 
しかし交通量が少ないとは言え、この市道も一般車両は通る。ヘルメットを被らない一般人が電柱を登るなど危険だし、通行者からすれば不審行動マックスである。
何よりも電柱は溝を隔てて離れて立っており、電柱から覗き込むことはできても桝へ飛び移ることは不可能。
 
この方法はダメだ。却下。
やはり斜面に取り付くしかなさそうだ。
 
 
斜面へ接近してみた。
壮大な枯れ木&枯れ草のクッション。足がズボッと30cmくらい埋まる。こんな酷い場所を今まで踏査したことがない。
 
イメージ 4
 
 
こんな踏ん張りの効かないすぐ上が1mくらいの土の斜面になっているのである。
しかも手がかりとなりそうなしっかりした木が見当たらない。
 
イメージ 5
 
 
思い切り左足を上げ、漸く斜面の上部に爪先が届く高さである。
 
当然ながら、帰るときのことを考えていた。逆モーションなら道路側に背を向け、上るときの動作の逆回ししかないが、まず無理と感じた。地面に足が届かず、結局は飛び降りるしかない。
 
踏査において”飛び降りる”の動作は、極力使いたくないコマンド(?)だ。下がしっかりした地面でも足を挫きかねない。ましてフワフワした枯れ木の上に飛び降りれば、足がどんな形で着地するか分からず、そこまでリスクを取れない。
 
 
帰りは多分ここからは降りられまいから、藪を漕いで遠回りしよう。
斜面が緩くなる場所まで藪を漕ぐことになるが、足元が不安な場所へ飛び降りるよりははるかに安全だ。
 
 
決心ができたところで、1m近い高低差のある土の斜面に手を掛けた。そこには体重を預けられる木がまったくないので、地山に手を着いて少しずつ体重を移動した。そうして右足が浮き上がったところで手を置いた近くまで足を引き上げた。まるで新体操の如き動作だ。
 
 
取りあえず第一のタスクをやり遂げ、段差の上に到達。
のんびり撮影などしていられる状況ではないので、手早く撮影。
 
イメージ 6
 
 
その上には幾らか頼りになりそうな木々があった。しかし中には生きている木のような振りをした根枯れした木もあり、油断はならなかった。
 
転落を避けるために、あらゆる瞬間に体重をささえられるだけの木の枝を探して体勢を保持した。そうして一歩、一歩と藪を蹴散らして進行した。
 
 
やっと桝の上部が見えてきた。
どうやら上部に蓋は掛けられていないらしい。
 
イメージ 7
 
 
正直、ここからズームで窺うだけでもういいだろうと妥協しかけた。
本当に厳しかったのは、これからだったのだ。
 
 
やっと桝本体に手が届くところまで到達する。
あとちょっとだ。
 
イメージ 9
 
 
上の写真を撮影後、不意に…
 
バッテリー残量ランプ点灯。
 
何てタイミングの悪い…
 
もっとも嘆くには及ばない。替えのバッテリーはバッグの中に入れている。ただ、バッテリー交換するなら少なくとも安全にしゃがめる場所が必要だ。こんなところで予備のバッテリーを落としたら、まず藪に紛れて回収不能になる。
 
 
桝から伸びるヒューム管の上ならしっかりしているだろう。
あの上にしゃがみ込もう。
 
イメージ 8
 
 
そこはもう桝まであと一歩のところだった。
ヒューム管は継ぎ目が外れていて、嫌らしい隙間が出来ていた。
あの中にバッテリーを落っことしてしまったら…などと、悪いことばかりイメージしてしまう。
 
 
カメラを再起動し、そこで足元を確かめた上で立ち上がった。
遂に永年の懸案だったあの桝が、正体を少しずつ顕わにし始めた。
 
イメージ 10
 
 
内部は縦に仕切られており、手前に用水が流れ込むように四角い穴が開けられている。穴は鉄枠で補強されており、樋門はない。
 
桝に到達するも、その外壁は意外に高い。伸び上がれば何とか内部を覗き込めるものの、詳細を調べるには更に藪の繁茂が酷い山側へ移動するか、桝の上に登るしかない。
そしてここまで到達していながら、そのいずれもが躊躇されてしまうのだった。
 
 
 

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No.21とNo.20-1

 
踏み跡は、水気の多い谷地の上部を伝って伸びていた。そして雛段状に拵えられた平場を前にして消失していた。
 
イメージ 1
 
 
その先は鬱陶しいイバラなどはないものの、足元がとても不安な荒れ地だった。
枯れ葉がフワフワな絨緞の如く積もっている。しかし全てが自然による象形ではなく、古いレンガやブロック等の人工物がかなり散乱していた。その殆どが随分と前から棄てられていたもののようだった。
 
 
これなど、現在ではゴミ捨て場でもまず見ることのできないものだろう。
陶管である。
 
イメージ 2
 
 
陶管は素焼きの管に釉薬をかけたもので、感じとしては屋根瓦と同等の素材を筒状に成形したものである。昭和の中期頃までは地方部の農家で排水管などとして普通に使われていた。現在では軽くて耐久性のある塩ビ管に取って代わられ、このような陶管はまず使われない。
 
 
漸く標識板が見えてきた。
しかし真っ直ぐ接近するわけにはいかない。進行方向には自然の”落とし穴”が出来ていることに気付いていた。
 
イメージ 3
 
 
谷地の端に開渠があり、その上を夥しい木の枝や竹が覆い被さっている。
ここでも危ないコースを避けて遠回りした。
 
イメージ 4
 
 
開渠には、まるでマッチ棒の如き枯れた竹が開渠の上にしだれかかっている。
もはやこの上ない荒れっぷりだ。
 
イメージ 14
 
 
開渠を迂回し、やっと辿り着いた。
この周囲は竹ばかりである。今年生えた新しいものと、枯れて朽ち果てたものが混在していた。桝を取り囲む竹は今年のものだろう。
 
イメージ 5
 
 
No.21 確認。
しかし私が第一発見者ではなく、X氏が数時間前に訪れている筈だ。
 
イメージ 6
 
末信接合井よりも上流側の二条化されていない区間なので、当然流下音が聞こえた。
しかし後に述べるような理由で、動画で流下音を採取する気にはならなかった。
 
 
写真からも分かるように、周囲はすっかり竹に包囲されてしまった状態で日が差し込まず暗い。以前訪れた水気の多い No.14点検桝 と環境は似ている。おどろおどろしい雰囲気に加えてヤブ蚊がしつこく顔にまとわり着いて来るので、ハッキリ言って必要な撮影だけ済ませてサッサと退散したい位だった。
快適度で言えばここより藪がきつく視野が開けない No.11 の方がまだマシ
 
 
谷地の下から見えていた標識板。
新タイプである。周囲は枯れた竹が若干なぎ倒されている。
さてはX氏の仕業か?
 
イメージ 7
 
 
その奥にX氏の指摘した別の桝があった。
No.21 からも見えかけているものの、周囲は倒れかかった竹で視界が開けない。
 
 
この竹藪の奥にあるのだが、写真では確認できないだろう。
分かりやすい写真を撮りたくてもカメラを構えるアングルや立ち位置にも苦労するほどの藪だ。
 
イメージ 8
 
 
倒れかかった竹を振り払い、身を低くして進む。
やっと到達… No.20-1 確認。
 
イメージ 9
 
 
枝番号が付いている大判サイズなので、この桝は分水用だろう。
表面にそれほど枯れ葉は積もっていないが、最近操作された形跡がまったくないし、大抵の分水用に付属している操作用の小さな蓋もない。
蓋の上に積もった枯れ葉が少なすぎる気がする…これもX氏の仕業?
 
 
大判タイプの縞鋼板は、お約束の水色ではなく茶色に変色していた。
しかし端の方は水色が見えかけており、元は水色にペイントされていたらしい。
 
イメージ 10
 
 
No.20-1 から振り返って撮影。
No.21 から延長した導水路のラインは、小さな沢を斜めに横切っていた。
 
イメージ 11
 
 
沢を渡る隧道露出部分はない。むしろ沢の頂点部分に合わせて桝を設置した感じである。施工的にはここから上流・下流側に向けて隧道を掘り、最後にこれらの桝を設置して残りを埋め戻したと想像される。
 
 
No.20 の方へ戻る。
再び身を低くし、朽ちた竹の下を潜るのが鬱陶しい。先人者のX氏がだいぶ刈り払ったようだ(そうでなければ通れない)が、なお立ったままでは歩けない。
 
イメージ 12
 
 
雑木林にひとたび竹が侵入すると、多くの場合繁殖力の強い竹が物凄い勢いで繁殖し、他の木々が日光を浴びる機会を奪う。この過程で、松茸のシロを形成する日本古来のアカマツなどが駆逐されてしまった。
親父によれば昭和中期頃まで霜降山の麓でも松茸が採取できていたという
西日本は全国でもこのような”竹害”が特に酷い地域として知られている。
 
藪の中、生きて凛とした姿を見せる青竹は些かの風流さがあるが、枯れて朽ち果て、他の竹に支えられ仕方なく立っているどす黒い竹などおどろおどろしいばかりだ。親の敵とばかりに攻撃を仕掛ける。
 
 
もう何年も放置されていたのだろうか。朽ちた竹は軽い鉄拳制裁を加えただけで、乾いた音を立てて容易に砕け散った。
 
イメージ 13
 
 
こうしてX氏の指摘していた一連の桝は、取りあえず確認できた。
 
 
さて、今回の No.21 および No.20-1 の発見を元に、導水路の経路マップを以下のように修正する。
 
イメージ 16
 
 
導水路はこの場所でも国土地理院の地図に描かれた青い点線からかなり外れている。隧道一本で強引に最短距離を通すのではなく、等高線を実直になぞるように高度を保ちつつ進んでいることが明らかになった。
 
No.20-1は、No.21から数メートルしか離れていないのに、ここから300m程度上流側に離れて存在する No.20 の子番号扱いになっている。このことから、No.20 と No.20-1 の間に点検桝は他に存在しないことが濃厚と推測される。この区間は末信水源地の裏手にあたり、「第四次・末信計画【4】」で見つけた導水路の埋め戻し跡と思われる帯状領域も含まれる。
もっとも桝がないだけで隧道埋め戻しの証拠となるものはあるかも知れない
  
No.21 と No.22 の間は、あの”疑惑の谷地”の先端部を通さず、現在は田となっている台地の下を隧道一本で通されているようだ。この区間をどのように施工したかは、2つの桝という「点」を特定するだけでは不十分で、2点間を結ぶ「線」を特定しなければ判断がつかない。
それと言うのもこの区間を山岳工法による隧道一本で通すのは、地形上無理があるように思われるからだ。
 
特に2度も無駄足を運ぶことになったあの谷地を横切る部分は周囲よりも低くなっており、導水路からの土被りが5m以下のような気がする。この状態で単純に隧道を掘ると、真上の土圧が分散されず、隧道の天井が陥没してしまうだろう。
モグラが浅い地面を掘り進むと地表部の土に変状が現れるのと同じ
 
等高線に現れないだけで意外に土被りが確保できていると思うが、あるいは土被りの薄い区間だけ部分的に開削工法で施工した可能性もありそうだ。仮にそうなら、導水路保護のために標識板だけが立っていたり、見落とされた No.21-1 などの存在の可能性もあるだろう。
 
 
さて、現地では必要なデータを採取後、すぐに来た踏み跡を辿って戻った。
一度足を運べばすぐ分かる場所でありながら、よほどのことがない限り二度は来たくない場所であった。
 
 
じでんしゃの元へ戻り、そのまま市道を終点まで押し歩きした。
坂を下りきった先、やっと視界が開け青空が見えてきた。ホッとするひとときだ。
 
イメージ 15
 
 
まだ戦いはこれからだ。
点検桝もだが、他にも取り組むべき重要な”物件”があるのだ。
 

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末信・温見計画【1】

それから一週間後…
流れとしては「第四次・末信計画【4】」の続きということになる
 
 
10日の日曜日も朝から良い天気だった。
出掛けるのは当然として、既に行き先や目的さえも明らかになっていた。
 
第四次・末信計画【2】」を公開した後になって、私は経路に関して別の仮定ができることに気付いたからだ。
 
未だ見つかっていない No.21 は、
もう少し厚東川沿いを通っているのでは…
 
そのことはX氏によって示唆されているし、No.20 が末信集落の中ではなく、厚東川に近い末信水源地の裏手付近に発見されたことからも推測された。
その後、第四次計画の帰途に末信水源地の裏手を踏査し、導水路の埋め戻し跡ではないかと疑われる部分を見つけていた。
埋め戻し跡かどうかについて現時点では肯定も否定もできない
 
 
 
一連の観察を元に、自分自身「第四次・末信計画【2】」の記事コメントで次のように推論している:
 
> 今思ったけど、あのマルを付けた怪しいエリアよりも更に厚東川寄り、市道末信線の
> 通行不能区間(地図中央上部の繋がっていないところ)を通っているんじゃないかなぁと思ったり…
> あそこにはまだ踏み込めていないんだよね。市道自体は民家の庭先で行き止まりになっているので。
>
> ヤバイ…気にし始めたらとっても気になる。
> まさか…あの小さな谷地に隠れているのかも…
> 明日、行こうかな…
 
天気がいいので午前中は家仕事を片付け、午後から再調査を企てていた。
そこへ突然のメールが舞い込んだ。
 
これは! / 予想的中
 
差出人はX氏だったので、もしや…と思った。
その予感も的中し、添付されていたケータイ画像は紛れもなく No.21 のものだった!
しかも以前から当たりを付けていたらしく(あるいは知っていたのかも…)別便のメールには予想経路を書き込んだ地図画像が添付されていた。
 
焦りを感じているところへ、次なるメールが…
 
No.20-1発見!
 
どうやらそれは No.21 と相携えて発見されたらしかった。いずれも今日の午後まさに行こうとしていた場所だったとは…
 
マズイ…
今や未発見の点検桝は残り少なくなっているのに、このままだといち早く現地で行動開始しているX氏に洗いざらい掘り出されてしまう…
まあ…別に最初の発見者に命名権がある…とかのワケじゃないですけどw
 
手を拱いているわけにはいかない。必要なものをショルダーバッグへ放り込み、午前10時半という早い時間から末信へ向けてじでんしゃを走らせ始めた。
 
むろん、無計画に繰り出したわけではない。No.21 の確認が最優先課題だが、その後の行動予定も立ててあった。末信から持世寺までの間で、怪しいと思われながらも踏み込んでいない場所は未だゼロではない。今回は二度目が有り得ないほど徹底的に踏査する腹づもりだった。
 
それ故に今回のタスクを「第五次・末信計画」ではなく、
「末信・温見計画」と改める。
二次計画以降は恐らくないと思うので次数は冠さない
 
市道沖ノ旦末信持世寺線をじでんしゃで走っている間、更に末信接合井の上流側に No.23 の候補地を見つけた…という続報メールが入ってきた。
焦る。
 
No.23 候補地は最優先課題である No.21 よりは手前にある。また、X氏による報告が入ったとなれば、恐らく近くを踏査している真っ最中だろう。発見に至った談話を聞きたいとも思った(実際、末信接合井付近でX氏の”部隊”を目撃したという話もあるw)が、まずは当初の目的通り No.21 の確認に向かうことにした。
 
 
今やその場所に迷うことなどない。
市道末信線をどんどん突き進むのみである。 
 
イメージ 1
 
 
去年の5月に踏査して撮影した写真。
第四次・末信計画【3】」にも掲載している
無作為にカメラを構えていながら、双方ほぼ同じアングルなのは驚きだ。
 
 
 
市道末信線はこの先車両通行不能区間になっているものの、未成線ではなくメインの市道まで繋がっている。そのことは道路河川管理課で確認済みだったものの、ここから先へ踏み込んだことはなかった。
 
 
アスファルトはここで途切れているが、じでんしゃの押し歩きなら何ら問題はない。
先週もこの手前まで来ていたのに…押しが足りなかった。
 
イメージ 2
 
 
その先はかなり急な斜面になっているようで、山道も真っ直ぐ素直には下りきれず、のたうち回るようなカーブを数回こなして高度を下げていた。
 
イメージ 3
 
 
半分くらい坂を下ったところに、こんな感じで植林されている場所があった。
この場所はハッキリ覚えている。野山時代、逆から踏み込んでいる。 
 
イメージ 4
 
 
導水路の実レヴェルからして、この辺りに間違いない。
 
じでんしゃはそこへ置き去りにして、少し先を偵察してきた。
山道同然の市道末信線は植林された場所を過ぎて直角に左へ折れ、その先でメインの市道沖ノ旦末信持世寺線に接続していた。
 
イメージ 5
 
 
最後のカーブの正面に見える荒れ果てた倉庫にも見覚えがある。
メインの市道からもよく目立つので、野山時代、廃モノ属性を刺激され興味本位にここまでじでんしゃを乗り入れたことがあった。
そのときはまさかこれが市道とは思わず、何処へ抜けるのかも分からなかったのでここへじでんしゃを停め、歩いて偵察した覚えがある。
家屋の裏庭が見えてきたところで引き返した
 
 
さて、この近辺を洗い出さねばなるまい。 
 
イメージ 6
 
 
何しろここは初めてではない。残念なことに過去にも踏み込んでいる。
 
 
確かにここは小さな谷地を形成していて、石積みによって雛段状の平場が造られていた。ただし、元が田だったか畑だったかも分からない位に荒れていた。
 
イメージ 7
 
 
上流に向かって遡行する。
奥に見えた石積みは意外に高さがあって、容易には登れそうにない。
 
イメージ 8
 
 
この奥が怪しい。
どうしてもここからでないと登れないなら、腹をくくって斜面に取り付くだろう。しかしこの石積みを迂回する踏み跡が右手に見えていたので無理する必要はなかった。何よりもこの谷地は酷く水気が多く、足元は不安定だった。まだ踏査も始まったばかりなのに、こんな場所で滑って転びたくなかった。
 
 
山の水を集める水路が左手にあり、コンクリートの袖壁が見えている。ここも段差がきつく、登れそうにない。
この奥がどうも怪しい感じがする。もちろんそこまで踏み込んだことはない。
 
イメージ 9
 
 
あれだ!!
 
イメージ 12
 
イメージ 13
 
 
竹藪の奥に僅かながら標識板が立っているのが見えた。殆ど光が差さない藪の奥で、到底市道から一瞥を加えたくらいでは見つかる場所ではない。
あんなところに隠れていたとは…
 
シビアに踏査すれば、確かにあってもおかしくない場所ではあった。しかし野山時代は未だそこまで厚東川1期導水路への本気度が高くなく、ちょっと踏み込んではみたものの陰鬱極まりない藪に辟易して、退散したのだろうと思う。
それに加えてこの場所は藪蚊が異常に多い…この踏査でも悩まされた
 
ここから直接石積みに取り付くのは自重し、谷地の上の踏み跡をたどった。
 
イメージ 10
 
 
先に見た石積みからの高低差は4〜5mある。
  
イメージ 11
 
 
踏み跡を辿ることで、あの標識板のところまでは接近できそうだ。
 
その先にあったのは、野山時代に接近を思いとどまらせたことも理解される程度に酷く荒れ果てた点検桝群であった。
 
(「No.21とNo.20-1」に続く)
 

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ここでは、踏査を行うにあたって参考になりそうな情報を、私の実例に沿ってまとめておきます。
いずれも下書きの段階なので、思い付くまま項目だけ列挙した荒削りのメモです。将来的にホームページへ移植する際に項目や章・節を作り再構成されます。
 
---
 
 
《 下準備 》
 
テーマ踏査を行うには、形式的には関心のあるテーマを設定し、次に該当する物件が何処にあるか調べる流れになります。しかし実際はその順序で進む方が稀で、興味の向く対象の実例がいくつか列挙され、共通部分に自然とテーマが意識されるのが普通です。身の回りの気になる対象(物件)を一つ見つけたら、他にも同様のものがないかと考えるものです。最初は場数を踏むことで経験値が上がりますから、あまりテーマを意識せず、興味の向くものを無秩序に調査していいでしょう。
舞台はあなたがお住まいの町やその近辺ですから、よく目にするけどその正体がよく分からない石碑とか、会社への出勤途中道路沿いに奇妙な看板やオブジェが観られる…という事象は結構あるはずです。なるべく住まいから近い物件が好適でしょう。
すべきことは、まずその物件がある位置を地図などで確定し、次にその場所まで記録媒体を持って出向くことです。そこで観察し、写真を撮り、必要ならば見取り図や採寸も行ってデータを持ち帰ります。
収拾したデータを元に、その物件が何であるか、誰がいつ造ったかをまず自分なりに推論します。あらかじめ何らかの伝承や噂、書物による記述でいくらか予備的情報が分かっている場合もありますが、巷に観測されるすべてのものについて明確な記録が遺されている訳ではありません。むしろ、かなり多くの人に知られている物件なのに、気が付けば存在理由などを知る人がおらず、いつ造られたかさえ不明な場合が少なくありません。これらは往々にして誰も詳細を知らないまま迷宮入りすることになります。(未解決物件)
完全に解決できなければ無意味ということにはなりません。調べ上げた範囲の情報を公開することで、別の同志が興味を持ち始めることがあるし、たまたまその物件に関する情報を持っている人が現れることがあるからです。必要なのは、一連の情報を取り纏め、誰でも容易に査読できるネット上に保存することです。これはネットという武器を手にした我々以降の人間が取り組むべき課題です。
 
 
《 移動手段 》
 
今のところは自転車、徒歩、車およびこれらを組み合わせています。
大抵の場合、自転車のみを使います。徒歩では行動範囲が広がらないし、車だけだと移動途中で予想外に見つけた面白いものに反応できません。自転車は両者の中間になる移動手段として最適です。手軽で燃料費が要らず、体力作りになるし、時期や気候次第では爽快に走ることができます。
遠方の一地域を重点的に調べたいとか、中距離にある場所で往復の時間を節約したい場合は、車にじでんしゃを積み、根拠地で降ろして踏査を行う(ハイブリッド方式)場合もあります。
この方法は着替えなど必要なものを気にせず持って行ける、パンクや降雨など不測の事態にも対処が容易、日没までの時間をフルに利用できるメリットがあります。
自転車は折り畳み可能なものを買ったのですが、組み立て分解が煩雑なので折り畳まず車の後部へ直接積み込んでいます。ハイブリッド運用を可能にするために、自転車を後部座席にそのまま積めるタイプの車に買い換えました。
解体組み立ての手間を厭わなければ、折り畳み自転車を選択するのも手です。この場合、分解して電車などの公共機関を利用する(輪行)こともできます。
原付や二輪を所有している方は、徒歩と組み合わることで低コストで広範囲をサポートできます。ただし、原付も乗り入れられないほどの荒れ道や担ぎを要するポイントでは自転車に分があります。
自転車にも様々なタイプがあるものの、市街部かつ近場であればどんなタイプの自転車でも対応できます。長続きするかどうか分からない状況で新しい自転車を買うのは勇気が要ります。しかし日常生活でも使うなど元から自転車の必要性を感じているなら、安いものを新調しても良いでしょう。
私はクロスバイクを使っています。車体がやや重いので登坂はきついですが、マウンテンバイクに近い堅牢性があるので、砂利道や草地でもパンクを気にせず走れます。未舗装路の走行が多い場合はお勧めです。
 
 
《 服装 》
 
テーマによって踏査の舞台は海や山など多岐にわたります。しかし屋外での活動が主になる点は共通なので、動きやすい服装が必要です。動きやすく、少々汚れても気にならないスポーツウェアがお勧めです。
夏場は陽射しが強いので帽子が要ります。汗をかきそうなときは、首筋にタオルを巻き、両端を服の内側に入れています。藪漕ぎを伴う場合は、たとえ夏場であっても長袖・長ズボンが必須です。茅などで切り傷を作るのを防ぐのと、不快害虫との接触を避けるためです。
靴はスニーカーを履いています。歩く距離が短ければ、底の薄く軽いスニーカーで充分です。自転車を主な移動手段に使うなら、水気の多い場所の踏査でも長靴履きでは無理です。浅瀬を渡るような機会があるなら、車+徒歩の組み合わせで長靴を使うか、普通の靴で大丈夫な範囲で行動することになります。
 
 
《 携行品 》
 
私は以下の品々は必須アイテムとして必ずバッグに入れています。
現金、携帯電話、デジカメ、替えのバッテリー、ポケットティッシュ、鉛筆、メモ紙
自転車で移動する場合、両手が空くリュックが好適ですが、携行品が少なければ小さめのショルダーバッグで充分です。
夏場は水分が必須なので、ペットボトルにお茶を詰めて行きます。道中にコンビニなどを利用できるなら、空になる前に立ち寄って補給します。夏場は冷えたお茶が飲みたいものですが、冷蔵庫で冷やしたり凍らせた状態で持参しても飲みたくなる頃には大抵ぬるくなってしまいます。常温で構わないでしょう。
冬場や踏査時間が短い場合はあまり汗をかかないので、お茶を持参しない場合もあります。
人里離れた野山に長く留まるような場合はペットボトルは大きめのものが必要ですし、それを持ち込むためにはショルダーバッグではなくリュックになります。
距離が長かったり夏場で汗をかく場合は、替えの下着やタオルが要るでしょう。
まったく記録を遺さなかったり、ケータイで撮影するならデジカメ以下は不要ですが、詳細に記録を遺すなら替えのバッテリーは必須です。撮影量が多い場合にはメディアの予備も要ります。特に重要な踏査だったり遠方で容易に再訪できないような場合は、カメラの故障などで撮影不能などという事態が起きないように、サブのデジカメ携行も検討して良いかも知れません。
 
 
《 時期の選定 》
 
基本的には一年中可能ですが、踏査対象によっては季節を選ぶものがあります。遺構探索などになると、道なき道へ潜入したり藪を掻き分けて進む場面(藪漕ぎ)があり、草木が勢いづく春先から以降は酷い難行になります。
一般に、5月入りしてから草木の枯れる11月頃までは、藪漕ぎを伴う踏査は行いません。特に5月から夏場までは雑草の深い場所は蛇が出没するし、木の下を歩けば葉の裏に着く毛虫などの不快害虫が多くなるので、山行きそのものが敬遠されます。特にサクラ、フジ、柿の木、サザンカあたりは毛虫が集りやすいので、春先以降はなるべくその下を歩かないようにします。
東日本あたりでは春先以降は湿気の多い場所にヤマビルが出没するようで、ときに異常発生して観光客に被害を及ぼす場合があります。ただ、西日本には殆ど居ないようで、少なくとも私は一度も目撃したことがありません。
”9月のハミは酷いから山に入るな”は、私が子どもの頃祖母から重々教え諭されてきました。秋口はハミ(マムシ)の胎生期であり、子を守ろうとして攻撃的になることはあるかも知れません。できる限り秋口には草地へ入らないようにしています。
「Wikipedia - マムシ|生態」
県内にあってはよほど山の深い場所でない限り、クマに出没されることはないはずです。しかしイノシシや野猿は市内の比較的浅い山でも出没例があり、出くわしたときの状況によっては、攻撃を仕掛けてくる恐れはあります。ただ、一般人が立ち入る可能性のある山道などではその確率はかなり低いでしょう。
むしろ、街中でも無頓着な主人に飼われたハーネスなしの犬に注意が必要です。市内でもキチンとハーネスで繋がず、通行人を見るとやたら攻撃を仕掛けてくる好戦的な飼い犬があります。もっとも私有地へ侵入していて攻撃されたなら弁明の余地がないので注意が必要です。
 
  
《 メンバー 》
 
些か社会性を欠くかも知れませんが、私自身は殆ど一人で行動しています。時間や疲労度、身体能力、興味の方向などについて完全に自分自身の計画において進められるからです。そして私としても山間部など危険を伴う場所を除いて、単独行動を推奨します。
もっとも既知の物件を同志や現地を見たいという人に紹介する場合は、無理のない範囲で同行することはあります。
 
  
《 非常時の対応 》
 
家を出発し、成果の有無にかかわらず安全に家へ帰ってくるまでが踏査です。
(デジカメ撮影した場合はファイルをパソコンへ取り込み終えるまでが踏査)
何事もなく帰宅できるのを理想としても、起こりうる事故や不具合を想定しておき、どのように対処するか検討しておく必要があります。
自転車主体のテーマ踏査では、パンクが最大の懸念材料です。街中では押し歩きで店に持ち込めますが、自転車でも長時間かかる山中では深刻です。すぐその場でパンク修理して再度走るのか、諦めて押し歩きするのかあらかじめ決めておくべきです。
修理するなら簡易空気入れや工具、補修キットを持ち合わせる必要がありますが、押し歩きするなら一連の道具は荷物になりますから、最初から携行不要です。
怪我を負った場合は、踏査に差し支えなければそのまま継続します。痛み止めの塗り薬程度は携行すれば便利かも知れませんが、殆ど使われない荷物を増やすよりは怪我をしないよう注意する方が現実的です。
いずれの場合も殆ど想定していない事態が発生すれば動揺するし、解決までに時間がかかる場合もあります。物件が相当離れた場所にあり、往路で不測の事態が起きると、その後の判断に迫られます。解決までにかかる時間との相談になりますが、一般には日を改めて出直すのが賢明です。遅れが生じると、取り戻すためにどうしても無理な踏査を行いがちです。これは新たな事故を起こす原因になります。
 
 
その他にまた思い付いたら、続編を書くことにします。 

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※ この記事は、将来的に”テーマ踏査概論(仮称)”の一節として組み入れられる予定です。
※ 特定の人々に宛てたメッセージおよび批判を意図したものではありませんので、邪推なさらないようお願いします。
 
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この書庫は、工業用水や道路など観察するにはあまり一般的ではない対象を訪ね、写真や動画を採取し、解説を交える記事が主体となっています。こうした種の娯楽がただちに爆発的人気を呼ぶとは思えませんが、送電鉄塔や鉄道、各種遺構など一部の対象についてはかなり以前から先人たちの取り組みがあります。
 
テーマの設定は無限に可能なものの、自身が現地へ赴いて観察する点は共通しています。しかし寺院や景観などの名所巡りとは違います。訪問対象が一般向けではないために、危険が伴ったり予想しないトラブルに巻き込まれる恐れがあります。
 
ここでは、同様のテーマ踏査を志す方に注意して頂きたいことをまとめています。それも単に「〜すべき」「〜してはならない」の列挙ではなく、その理由も書き添えています。”何故そうなのか?”を考える習慣は、踏査の意義を深める役割もさることながら、安全な踏査を行う必須条件だからです。
 
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(1) 怪我をしない。
 
怪我を”完璧に”避けるには、危ないところへ行かないことです。しかしそれでは多くの場合、テーマ踏査が成り立ちません。大変に興味深い観察対象や、未だ誰も調べていない物件なら、危険を承知で近づきたいと思うものです。私も数多く経験したし、公開している踏査記事でも安易な接近が危険な場面が現れます。それ故に私も”危ないところへは行くな”とは言いません。
 
テーマ踏査に限らず、日常生活においても我々は受け入れ可能なリスクを意識して行動しています。人々の行き交う駅の階段でも、不適切な出で立ちで不注意な行動を取れば誰でも怪我をします。このような場所は平坦な歩道に比べてリスクが高いことを心得ているので、普通の人は相応に注意を払って行動します。
 
 
予想できる場合は、意外に簡単です。危険が予知されながら着手できるのは、その行動を10回反復したとして、10回安全に遂行できる自信がある場合に限ります。これには現場の状況のみならず、踏査を行う人の身体能力も関係するでしょう。
 
”ダメかも知れないが一か八かで…”のアクションは、テーマ踏査では有り得ません。予期せず運が味方してくれることを否定はしませんが、最初からそれを期待して行動するのは無謀です。10回反復して一度でも運があなたを見放せば、失敗します。
 
むしろ怖いのは、予想だにしていなかった危険の発生です。生木だから折れないと判断して体重を預けたら、枝が折れずに根元から抜けたとか、足元は確りしていたが不意に現れた蛇に驚いて転落してしまったなど…このような事態を回避するには、その場で起こり得る危険を想起する能力が必要です。
 
怪我をして痛いのは本人です。しかし自分だけの痛みとして片付けられない場合もあるのです。元から危険が指摘つつも訪れる人が後を絶たない物件の場合、そこであなたが重大な怪我を負ってしまったら、それを契機に立入禁止になってしまうかも知れません。そうなるとあなただけの痛みでは済まず、同志が現地を踏査する機会まで奪うことになってしまいます。
 
元々は自己責任で観察できる筈のものを、危険だからという理由で無闇に立入禁止措置を施すのは、個人的には反対です。しかし重大事故が起きれば子どもが真似をしたら危ないという現地の声が予想されるし、行政としても管理責任が及ぶ前に対処せざるを得ないのが実情です。
 
 
(2) 事件を起こさない。
 
踏査対象によっては、民家の近くまで進行する場合がよく起こります。その場合、これから赴こうとする場所(現在自分の居る場所も含めて)が”身を置くことを禁止されていない場所”であることが必要です。何か興味深い場所があるものの、そこへ至る経路が唯一で、しかもそこに立入を拒否する旨の表示があるなら、当然進行はできません。
また、表示が出ていなくとも一般常識で考えて明らかに侵入を強硬に阻む物理的障壁(有刺鉄線付きフェンス、監視カメラなど)が施されている場合も同様です。
 
明確な禁止場所ではなくとも、地元の住民に誰何され、強硬に退去を求められたなら、たとえ問題なく踏査できる場所であっても一旦は引き下がるべきです。
もしそこで食い下がり強引に踏み込んだなら、そのときは踏査できても次回あなたを含む別の人が同一物件を訪れようとしたとき、状況は悪くなっているでしょう。進入路に柵が施され”無断侵入者は警察に通報する”の如き札が貼られるかも知れません。これもまた現地での怪我と同様、他の同志が踏査を行う障害になってしまいます。
 
 
(3) 誰の責任にもしない。
 
一連の記事を書いたのは私であり、触発されて現地へ行ってみたくなる方がいらっしゃると思います。あるいは、同一物件ではなくともテーマ踏査の奥深さを理解し、別のジャンルを開拓しようと試みる方があるかも知れません。そのこと自体は大変意義深いし歓迎すべきことです。
 
しかし、中には稀に「記事を元に現地へ行ったがそんなものは何処にもなく無駄足だった」とか「現地へ行って住民に叱られ怪我も負って酷い目に遭った」というケースがあるかも知れません。
 
遺構探索など同種のブログやホームページの但し書きで頻繁に見られるのと同様、記事を参考に現地へ向かう誰に対しても一切の責任を負いません。むしろ再三指摘しているように、現地で重大なトラブルを起こされれば、以後の踏査が困難になってしまい私を含む同志が迷惑します。
 
責任転嫁する傾向が強い人は、計画力、先を読む力、そして自己責任が要求されるこの種の踏査は不向きです。記事を読むだけにとどめて、ネットの上で安全にお楽しみ下さい。
 
 
次に、踏査を行う上で参考になりそうなことを列挙してみます。
 

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