
AVIA B-35は、スマートな胴体と流麗な楕円翼の機体に、技術的な問題から固定脚を組み合わせられた何とも味わい深いスタイルをした飛行機です。
コレをリリースするのはチェコのRSモデルで、簡易インジェクションであるものの細部はよく纏められていて、簡易キットの特徴である部品の厚さ(特に主翼)や部品取り付け時の補強などの処理を丁寧に行えば特段問題無く組み上がります。
上半角が殆ど付いてない主翼や低く抑えられたキャノピなど、B-35の特徴をよく再現している好キットなので、往年のKP社製キットは出番が無くなりそうです。
また、キットにはスロバキア空軍とドイツのルフトバッフェにチェコ空軍の架空マーキングが収録されていますが、個人的に架空マーキングに魅力を感じないのでレター等が一切付いていない試作2号機を制作しました。
なお、キットでは後部胴体が羽布張りの試作2号機(初号機は金属外皮)以降であるので、完全な初号機にするには改造が必要です。そのため迷彩塗装を施した試作2号機と言うコトにしています。(これも架空マーキングになる?)
実機について(Wikipediaより引用)
概要
アヴィア B-35(Avia B-35、ドイツ航空省による名称:Av-35)は、第二次世界大戦直前にチェコスロバキアで製造された戦闘機である。本機はB-534複葉戦闘機を代替する機体を求める1935年のチェコスロバキア空軍による要求に応じて設計された。
B.35は楕円翼を持つ低翼単葉の流麗な機体であった。コックピットより前方の胴体は溶接鋼管に金属張り、機体後部は羽布張りである一方で主翼は全木製であった。かなり時代錯誤なことであったが引き込み式の降着装置は簡単には実現不可能であったことから開発が迅速に進むことを期待して空軍はこの機体に尾輪式の固定降着装置を指定してきた。
開発
試作初号機のB-35/1は、イスパノ・スイザ 12Ydrsエンジンを搭載して優れた飛行特性と速度を発揮した。このエンジンは後に同出力の12Ycrsに換装されたが、シリンダーバンクの間を通してプロペラハブから発射されるモーターカノンを搭載することが意図されていた。テストは墜落によりアヴィア社のテストパイロット Arnošt Kavalecが死亡した1938年11月22日まで続けられた。とはいえ試作2号機のB-35/2は既にほぼ完成しており、これには再設計された補助翼とフラップが取り付けられていた。この機体は12月30日に初飛行を行い、1939年2月に本格的なテストが始められた。10機の前量産型が発注されたが、これらが生産される前の3月にドイツによるチェコスロバキアの併合が行われた。
ドイツの統制下で開発作業は再開されて改良型のB-35/3が1939年8月に飛行した。楕円翼の主翼前縁は直線に修正され、外側に引き込まれる方式の主脚が取り付けられた。当初予定されていた武装を備えた最初の機体であったこの試作機はドイツのマーキングと登録記号D-IPBBをつけてブリュセルで開催された航空ショー(Salon de l'Aéronautique)に展示された。そこで十分な興味を集めたことで改良型のB-135が開発されることになった。
派生型
B-35/1: 試作初号機
B-35/2: 試作2号機
B-35/3: 試作3号機
・使用キット
RSmodel No.92032
1/72 AVIA B-35 CZECHOSLOVAK FIGHTER
製造国 チェコ共和国
・使用パーツ
キット純正カラーエッチング
製造国 チェコ共和国
・使用デカール
キット純正
見た目通り良いデカールでした。
通算製作機番号−134
|