戦争体験って必要か?

(注意書テンプレ)ヤマト2199でガッカリした愚痴をこぼすブログだが、俺は別に旧作原理主義者ではない。原作と違うストーリーでも一向に構わない。ただしアベルト・デスラー、てめーは許さん。

2199ガッカリ派と擁護派の争点の一つに、いわゆる戦争モノとしてどうなの?というものがある。まさか宇宙戦艦ヤマトなんてタイトルで戦争モノでないわけがないので、戦争モノとして心にグッとくるかは超重要である。

心にささるものという記事でも書いたが、2199ではあんまりそこまで心に響くような何かはなかった気がする。そういうことを言うと、よく「もう戦争体験世代ではないから云々」という言葉が飛び出すが、それは違うだろうと思う。

クリエイターがどのような人生経験をしてきたかが大事なのは否定しないが、自分が実体験したことしか表現できないって、そんなのプロと言えるんだろうか。FFやドラクエを作った人たちは剣と魔法の世界を実体験していたとでも言うのだろうか。「体験してないから表現できません」なんて、もうクリエイター廃業した方がいいと思うよマジで。

さらに言えば、心に残る戦争モノ作品で、作者や監督は戦後生まれのものなんて探せばいくらでもあると思うけどね。

「沈黙の艦隊」や「ジパング」などの名作戦争モノを生み出したかわぐちかいじ氏は1950年代生まれなんですけどね。戦争モノとしての要素だけを見れば、この人の作品は旧作ヤマトをこえるかもしれないくらいすごいと俺は思っている。ヤマトは人類愛に重点を置いてたけど、かわぐち氏は戦争だけに集中してたしね。


ジパングで最もアツいシーン。60年前にタイムスリップした海上自衛官の角松と、当時の帝国海軍少佐の草加の価値観が正面からぶつかるシーン(17分40秒あたりから)。

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草加「アメリカの味方をするのか?」

角松「俺たちにとって人間の流す血に違いはない、全て赤いんだよ!」

草加「生命の尊厳に国家民族の違いはない、その通りです角松二佐。私はあなたの言葉に救われた思いをしている。

角松「何?」

草加「60年後の日本人、しかも戦闘艦の指揮官たる人間がその考えを持つことを私は誇りに思う。
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草加のセリフが渋すぎて鳥肌が立つねー。

なんか第六章のパフェ女子会のシーンとどうしても比べてしまうんだよね。宇宙人とだって分かりあえる的な主張なんだろうけど、戦争中の敵国の人間と個人的に仲良くなるような話が現実にないとは言わない(ヨーロッパで敵兵を看護して銃殺刑になった看護師もいたくらいだし)けど、てんで軽くて戦争の重みを感じないというか・・・

同列に並べるにはあまりにも内容が違いすぎるのシーンなのは分かっちゃいるんだが、どちらも「相手も自分と同じ人間」を表現していると言えなくもない。そしてどちらが人間味というか、真実味を感じるだろうか。

別に「敵はコロセ!皆殺しだ!」ってのを描くのが戦争モノだとは思わないが、少なくともパフェのシーンからは戦争の憎しみを乗り越えた感動のようなものはなかったよね。ていうかあのシーン見てそんな風に感動した人いるのか?

話はそれたけど、これだけ戦争の緊迫感を表現しているかわぐち氏は1950年代生まれね。戦争体験してないから戦争描けませんなんてヤツはクリエイターとっとと廃業しろ。
youtubeなんかでコメ欄見ると、2199に対して不満を言うともれなく旧作原理主義者のレッテルを貼られる世知辛い世の中です。

第七章は「旧作とちが〜う」とかそういうレベルじゃなくて意味不明だったから不満なだけなんですけどね(笑)

さて、2199で消化不良に終わった不発弾のような新要素や伏線のうち、俺にとって最も残念なのが親衛隊とギムレーだ。

特に、オルタリア虐殺は圧巻で、「ドメルを倒してもまだコイツがいるのか・・・」みたいな。そういうドキドキ感があった。特に、旧作ですでに戦っているドメルと違って、新キャラだからどういう戦いをするのか、オチも全く読めないわけで、こいつこそリメイクスタッフの総力をあげたオリジナル大決戦をさせるべきキャラだった。

第七章がいよいよ封を切られ、「ついに来るか、ギムレー・・・ゴクリ」みたいな、そのくらい期待しながら見てたら・・・ね(笑)

ギムレーの最期はもう椅子からずっこけそうな勢いだったよ。今までのギムレーへの演出やキャラづけは何だったんだ(笑)相当に期待感を煽る目的の演出してたやん(笑)親衛隊に割いた時間が全て無駄になった瞬間だよね。その時間でもっと別な伏線回収できたんじゃねーの?

第七章で何が一番よくなかったかって、旧作に忠実にするのか旧作と決別するのか、覚悟が中途半端なところが一番よくなかった。

・デスラーがいっぺん死ぬ(ように見える)
・帰り道でもっかいおそってくる
・ユキ死亡
・奇跡のヒロイン復活

このプロットを無理してなぞる必要があったのかすら謎だ。戦争理由という作品の根本設定をいじっておいて、今さら何を旧作にしがみつくんだ。とことんオリジナリティを発揮して新しいプロットにすればよかったじゃないか。

ここにギムレーとの大決戦を入れるスペースはなかったのだろう。ていうか、デスラーがいっぺん死んで、もっかいおそってくるという筋書きがやりにくくなるからだろう。

でもさ、デスラーの戦争動機をいじってしまったから、「帰り道でもっかいおそってくる」理由が消滅しちゃってるのよね・・・理由が消滅してんのに無理やり旧作の表面的なプロットだけは旧作ファンの怒りを恐れてなのか無理やりねじ込んでるから、結果意味が分からない。

タランにも「はあ?」って顔されてるデスラーが可哀想だ・・・

第七章にもっとも必要だったのは旧作と決別した新しい物語を作る覚悟だったと思う。中途半端に旧作ファンに遠慮したのがよくなかった。

ここまで言って旧作原理主義者のレッテル貼ってくる人とは会話が成立しないと思う(笑)

心にささるもの

ヤマト2199に対する不満ブログではあるが、俺は別に2199を全否定はしない。第五章までは実に楽しませてもらった。しかし、あの意味不明な結末に向かうことを知ってしまった今、第五章までのいい感じだった頃のも見返す気が起きなくなってしまった(笑)

擁護派に旧作原理主義者のレッテルを貼られるとうざいので先に断っておくが、別に旧作と違うストーリーになる分には構わない。第七章は旧作うんぬん抜きで意味不明に思う人は、2199でヤマトデビューした人の中にも大勢いるはずだ。きちんと話をたたむ力量がないくせにどうして名作の完成された物語をいじったのか、そこに疑問を呈しているだけだ。

感情論だけでかみついてくる擁護派の攻撃はスルーします。節度あるコメントなら返信もしますし、こちらも考えを変えるかもしれませんので、常識的なマナーを忘れずにお願いします。

それはそうと、2199って、なんか心にささる言葉があんまりない気がする。旧作のセリフって、なんか一個一個すごみがあった。

沖田艦長が殉職する直前に古代に言った言葉「ワシは地球を一目見るまでは死ねんと言った。それはなぜだと思う?地球でヤマトの帰りを待っている人々と心がつながっていると思うからだ」

「地球か、何もかもみな懐かしい」を上回るほどの名ゼリフではないかね?諸君。

それに対する古代の返し「艦長・・・分かりました。いえ、分かったような気がします。辛くても、努力します」

沖田艦長は「古代・・・・!」と一言だけ言って握手する。

このやり取りって、今見ても全く古くない、神がかった脚本だと思わないかね?諸君。

2199って、なんかそこまで心に迫ってくるものって何かあったっけ?オルタの回だけは実はすっごい好きなんだけど、一番肝心な古代と沖田艦長で感動させなくてどうするのよ(笑)

旧作って、2以降は初代ほどのメッセージ性はうすれたものの、「人が人を殺すってどういうことか」を常に意識していたと思う。

2での古代と真田のやりとり
古代「ぼくはいつも、戦いが終わったあとで、これでよかったのだろうかって悩むんです」

真田「苦しめ、古代。なぜ戦うのか・・・そのことに心の痛みを感じる限り、俺たちは人間として成長しているんだ」

こんなこともあろうかと、とは比較にならない名ゼリフである。

3においては、土門君とユキのやりとり
土門「班長・・・俺は・・・俺は人を殺してしまった・・・!」
ユキ「土門君・・・これが戦争なのよ・・・」

やはり「戦争という現実を通した人間の成長」を常にポリシーとして持っていたのが旧作だったと思う。

似たようなポリシーを持っている名作に、かわぐちかいじのジパングがある。ヤマトが好きな人は高確率で楽しめるはずなので、ちょっと紹介したい。

平成の時代の海上自衛隊のイージス艦「みらい」が、航行中に嵐に巻き込まれて、1942年の太平洋のど真ん中にタイムスリップして第二次世界大戦に巻き込まれる話で、ミッドウェーで死ぬはずだった海軍少佐・草加拓海を救助してしまったことで、草加が歴史を変えるために動き出すのだが、草加のセリフが沖田艦長並みにすごみがあって感動するのだ。



たった2話だが、心にささるセリフがいっぱいある。

草加「あなたに助けられた日、海軍少佐草加拓海は死んだと思っている」
   「生きているということは知ることなのだ」
   「たとえどんな状況にあっても、生きることに背を向けるべきではない。それを教えてくれたのは、あなただ」
佐竹「こいつをたたき起して、それを説明してやってください!お前は軍人ではないと!」

かわぐちかいじは「日本人はイザというとき引き金をひく覚悟はあるか」を常にポリシーとして持っている。比較的最近のアニメながら、2199よりはるかに生と死、戦争について真面目に切り込んでいる。ヤマト旧作とはまたかなり違う角度からだが、作者のポリシーから繰り出される心にささる名ゼリフの数々は、さすがの一言である。

旧作ヤマト、2199、ジパングと並べてみると、2199だけえらいうすっぺらく見えてしまうのが残念だ。やっぱり生と死、戦争についての踏み込みが足りなかったと思う。

原子力の平和利用とかいうわざわざヤマトでやらなくていいメッセージのためにスターシャのキャラをぐちゃぐちゃにするくらいなら、もうちょっと戦争について真面目に踏み込んだ方がよかったんじゃ・・・

必ずしも旧作だけにこだわっているわけではないことを言いたかったのでジパングも比較材料に入れてみました。
ヤマト2199の不満を俺も語りたくなったので俺もブログを開設してみた。

しかし、FC2と比べてもyahooブログは使い勝手悪いというか、なんか色々操作が分かりにくくてかなわん(笑)しかしFC2はもう別のブログやってるしなー・・・

それはさておき・・・である。

ヤマト2199、最初は期待していたのに、終わってみるとどうしようもなく消化不良な感情が残る。もちろん、実写版に比べれば数億倍マシなんだが、俺なりの不満もポツポツと書いていきたい。

まずね、擁護派のよくいうセリフ「どんな風にリメイクしたって全員が納得はしないんだから〜」に関して。

色々とそれ以前の問題がないですかね。

いや、別に全てが旧作と同じじゃないと気が済まない頑迷な旧作至上主義者ではないので、設定変えてるとかは別にいいんですよ。

むしろ原作にない展開を打ち出し、話を広げたことで、どう決着をつけるか楽しみにしてましたし。

結果、第七章でどうなったかはみなさんご存じの通り・・・丸投げの投げっぱなしのやっつけ仕事やん。

矛盾や穴や超展開ご都合主義がいたるところにあった旧作ではあるが、ラスト3話で神がかり的な脚本と演出で、なおかつ作品を貫くテーマを完全に表現しきったからこその名作なのだ。やはり作品は終わりが肝心だとつくづく実感する。

余談だが、かわぐちかいじのジパングも、途中まで超面白かったのに、作者が途中でやる気をなくしたのか、終わり方が色々ひどすぎて物議を醸し出した。ジパングの前作である沈黙の艦隊がきっちり話をまとめて終われてただけに、余計に残念である。

2199でなぜ話がまとめきれなかったかは、大体語りつくされている。無駄に登場人物を多くし、無駄に話を小難しくしようとしたことだ。この2199のスタッフの姿勢を見て、プレステ以降のファイナルファンタジーと同じものを感じたのは俺だけだろうか・・・

とにかく映像にこだわり、ひとりよがりな小難しい設定を積み上げて「こだわりの世界観」と勝手に悦に入っているあの勘違い感が、なんかそっくりに感じる(笑)

あと、やはりガミラス民族の存亡うんぬんの設定を消したことは大失敗だったと思う。物語の背骨になるほどの超重要設定なのだから、そこ変えると、物語の世界観を全部作りかえるくらいの大変なことになることくらい分からなかったのだろうか。世界観を全部作りかえるくらいの気概があれば、新しい解釈のヤマトとして楽しめたと思うが、物語の根底を崩しておいて、そのくせ重要な旧作のセリフだけは旧作ファンのために無理やり詰め込んでいるからなんかチグハグ感がねー・・・

ただ、戦闘シーンだけは大満足だった。俺の見たいヤマトの戦闘がそこにはあった。第5章だけは今でも繰り返して見ているよ。他はあんま見るとこないけどね(笑)

今回は初回ということで、総論的な不満を書いた。各論的な不満は、挙げればキリがないので、個別に別の記事にて。

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