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分かる人はそうとうなさくらももこファンか少女まんが好きだと思います。
「ちびまる子とたまちゃんは、なかよしじゃないよ! りぼんだよ!」
『ちびまる子ちゃん』は講談社のまんが雑誌「なかよし」ではなくて集英社「りぼん」の連載だというマニアック(?)なギャグなんです(笑)
さくらももこさん、8月15日、乳癌により53歳で亡くなってしまいましたね(公表は8月末)。
【もものかんづめに鼻から牛乳】
ぼくには妹がいるお蔭で連載開始初期から「りぼん」で『ちびまる子ちゃん』を読んでいました。初めて見た時の感想は、ヘタな絵だなぁ、と。小学生だったぼくは当時まだヘタウマまんがというものを見たことがなかったんです。しかし、その面白さたるや、笑撃的でした。吹き出し以外にも文章がたくさん書き込まれている、エッセイまんがというものも初めて読み、不思議な感じを抱(いだ)きました。のちにアニメでキートン山田がナレーションして、あの面白さも笑撃でしたね。
当時「りぼん」には『お父さんは心配症』という岡田あーみんさんのまんがも連載されており、これもまた笑撃まんがで、ちびまる子ちゃんと双璧を成していました。『お父さんは心配症』の第1巻は過激な面白さで、妹から取り上げて今も所持しているくらいなのですが、岡田あーみんは急速に才能を消費し尽くされ、その後はあんまり目立っていません。まんが界の恐ろしさをかいま見るような思いです。
さくらももこは『もものかんづめ』というエッセイ集も刊行しました。当時中学生だったぼくは2冊購入し、さくらももこの書いたものなら間違いないだろうと思い、まだ読む前に、好きだった女子に1冊贈呈しました。それからすぐに読み始めたんですが、あまりにもバカらしくこれまた笑撃的な内容で鼻から牛乳を噴き出すくらいの面白さ。ぼくはほのぼのした内容を想像しており、女子にウケるであろう…と思っていたのですが、なんともおバカな本をプレゼントしてしまい、雰囲気台無しでちょっと後悔しました。
【作風の変化の謎】
さくらももこは高校2年生の頃、ラブコメまんがを投稿して落選、一時期はまんが家になる夢をあきらめて落語家になろうとしていたと、映画版パンフのインタビューで語っています。それが、作文のテストで現代の清少納言とまで誉められて、エッセイまんがを描くことになります。正当に評価すれば、清少納言よりもかなりの才能を秘めていたと言っても過言ではありません。とにかく作文を誉めた先生も偉いですね。ただ、落語界のほうは、稀有な才能を逃したと言えそうです。
最後です。さくらももこはその活動後期に、『永沢君』などで、かなりブラック・ユーモアの面を見せるようになっていました。メインのちびまる子ちゃんでも、その永沢君や藤木君、野口さんなど、陰気で不気味だけどシニカルなおかしみのあるキャラにスポットを当てました。
活動前期は藤子・F・不二雄先生的な愉快痛快そしてほのぼのまんがが中心だったのに、後期は作風が変化し藤子不二雄A先生的な、面白味の裏の、底知れぬブラックな面を見せるようになったのです。何がそのような変化をもたらしたのか、興味深いです。
昭和の面白さを描いた平成の天才、さくらももこ。
昭和も平成もまた遠くになりにけり、です。
たいへん早過ぎる逝去を惜しみます。
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