月読通信

1年近く放置すると、帰ってき難いねぇ^^;

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 サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず

                              佐佐木幸綱

 ──不意打ちでした。気をつけていたつもりだったのですが、見事にやられました。

 それにしても、なんという瑞々しい情景でしょう。朝の新鮮な光や、空中に広がるセロリの青っぽい香りすら、感じられそうです。そしてなにより「サキサキ」という擬音! セロリを噛む音として、これ以上的確な擬音があるでしょうか!?

 著名な歌人の有名な歌なので、ご存じの方も多いかと思いますが、寡聞にして私は知りませんでした。だから私にとって、この歌に出会えたということだけでも、本書を読んだ意味は十二分にあったと言えます。それだけでも幸せなのに、本書ではさらに素晴らしい解釈の妙を味わうことができるのです。あぁ、申し遅れました──「本書」とは、北村薫『詩歌の待ち伏せ1』(文春文庫)のことです。

                                ◇◇◇

 詩や小説のみならず、絵画や音楽、映画、演劇など、およそ芸術と名の付くものは、作品のみでは成立し得ません。それを受け取り、解釈する視点があって初めて芸術に「なる」のです。その意味で、作品を鑑賞し解釈するということは、非常に創造的であると同時に、鑑賞者の力量が試される行為でもあります。それを言語化するとなれば、なおさらのこと。

 本書は、北村薫がこれまでに出会った詩や短歌、俳句などを、該博な知識に裏打ちされた平明な語り口で紹介するアンソロジーです。ここでは、詩歌との出会いが「待ち伏せ」と表現されています。
 小説以上に、詩や短歌、俳句は、こういう偶然の出会いから、それぞれにとって大事なものとなることが多いのではないでしょうか。
(中略)
 そういったように、いわば心躍る待ち伏せをしていて、否応無しにわたしを捕らえた詩句について、ここで述べてみたいのです。

                                ◇◇◇

 冒頭であげた佐佐木幸綱の歌を、北村薫は次のように読んでいます(あまりにも素晴らしいので、少し長く引用します)。
 一度読めば、目から耳に、音として伝わり、残る歌です。
 《汝(なれ)》は《セロリ噛》む姿を間近に見つめることを許しています。男は彼女の全存在を肯定している。歌われているのはこの距離──あるいは二つの《個》が溶け合っている状態、つまり距離の無さでしょう。至福の瞬間がここにあります。
 そういう一瞬は、誰の手からも、こぼれ落ちてしまうものです。だからこそ、輝く時が、ここに生きたまま固定されていることに、我々は、感謝に近い喜びを感じます。
 しかし、二度目に見た時には、《女性の立場で読んだらどうだろう》と思いました。あどけないといわれるのは、そういう瞬間だからこそ嬉しいのでしょう。自分が女だったら、そうは思われ続けたくない。《十年、セロリを噛み続けるわけにはいかないよ》と、言いたくなる。
 女としての魅力がないといわれたら、つらいでしょうが、女としての魅力しかないなら、そちらの方がより耐え難い。相手の男が、あどけなさはさておき、人間である自分のどこに《敬意》を払っているのかが、気になる筈です。
 また、《十年後の目》を仮定し、そこから見ると、実に哀しい歌にも思えました。セロリの印象が強いので、《十年、新鮮さを保つセロリはないだろう》と思ってしまうからです。それもこれも、描かれているのが甘美な瞬間だからでしょう。
 ……いかがですか? 私など、歌を読んだ時の感動もさめやらぬ内にこの解釈を読み、なるほど、こういう読み方があるんだなぁと、さらに目を開かされる思いがしました。というのも、私は《セロリを噛》んでいる《汝》を、若い女性とは見ていなかったからです。

 読んだ瞬間脳裡に浮かんだのは、息子K(5歳)の姿でした。日曜日、窓からの朝日が斜めに差しているテーブルについて、無心にセロリを噛んでいるK。いつも着ている白いフリースのねまきのままで、寝癖のついた髪の毛が、陽の光に茶色く透けている。それを正面ではなく、斜めの角度から見ている……そんな光景です。

 もちろん、これは現実の光景ではありません。むしろ、あり得ないと言った方がいいでしょう。なぜか? それは、Kはセロリが嫌いだからです(笑)まぁ、それはともかく、私はこの歌を、男女の歌ではなく、親としての目線で歌ったものと捉えたわけです。そして、北村薫の解釈を読んだ後は、当然のことながら、十年後のKの姿に思いを馳せたものです(それにしてもしかし15歳かぁ……^^;)。

 こんな風に、多様な解釈を許すところが、短詩形の面白いところですね。

                               ◇◇◇

 本書には、他にも様々な詩句がとりあげられています。詩の内容と解釈については本文をお読みいただきたいのですが、呼び水代わりに(笑)名前だけいくつか紹介しておきましょう。

 「師よ、萩原朔太郎」三好達治
 「不運続く」「医師は」塚本邦雄
 「悲しみ」石垣りん
 「れ」豊田敏久
 「いたそうね」岡山孝介
 「かもめ来よ」三橋敏雄
 「亡き子来て」五島美代子
 「蝶」西條八十

 さぁ皆さん、ぜひとも本書を読んで、心躍る「待ち伏せ」にあってください!^^
 

閉じる コメント(10)

「待ち伏せ」なんて、こんなにピタリとくる表現はありませんね。私もこの歳になって、見事に待ち伏せを食らいました。上にも挙げられている「蝶」です。新聞のコラムに引用されていたのですが、衝撃を受けました。この本は解説がまたなんとも素晴らしいですね。北村さんの「蝶」、はやく読みたくてしかたありません^^;

2007/1/23(火) 午後 2:50 しろねこ

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ああ、ほんとですね。多様な解釈を許すところが短詩形の面白さなんですね。この記事を読んで、改めてそう思いました。短歌や詩は、小説とはまた違い、直接言葉が自分に飛び込んでくる感じがします。『詩歌の待ち伏せ』という題もいいですね!自分では考えつかないなあ(笑)

2007/1/23(火) 午後 11:47 mepo

「やがて地獄へくだるとき…」ですね。西條八十の名前はもちろん知ってましたが、こんな詩を書いていたことは私も知りませんでした。八十はミステリにも造詣が深かったようですね。本書ではチャンドラーとの共通点なども言及されているので、しろねこさんなら面白く読まれるのではないかと思います^^

2007/1/24(水) 午前 10:26 アニス

この本、メポさんには絶対オススメですよ!多分、角を曲がるたび(ページをめくるたび)に、待ち伏せにあうことでしょう^^そして、詩歌を「読む」ということが素晴らしく創造的な行為であるとの思いを新たにされるはずです!(力説)

2007/1/24(水) 午前 10:31 アニス

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このごろは歳のせいばかりではないのですが、ページを開いて、すぐに閉じれる短めの随筆、詩歌の本を好んで読んでいます。「北村薫」さんがこのような本をだしてるの知りませんでした。わたしも素敵な「待ち伏せ」に遇いたいです。

2007/1/24(水) 午後 9:07 nan*te*21*

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なんてんさん、この本はとてもいいですよ^^ご存じの詩歌が多いとは思いますが、北村薫の評釈がとても素敵なので。

2007/1/25(木) 午後 11:45 アニス

これは素敵な出会いですね。気づいてくれるのを待ち伏せしているという表現には、しまった、気づいてないよ〜という気にさせられますね。いろいろと想像しながらそれぞれの心に留めればいいのでしょうが。アニスさんの息子さんへの目線も温かくていいですね。

2007/1/28(日) 午後 1:51 ヒデジぃ

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まさに素敵な待ち伏せです、ヒデジぃさん。やはり北村薫という希有な案内人がいるからこそ、だと思います。

2007/1/29(月) 午前 0:41 アニス

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ああ!この記事を探していたんです〜(><)カンガルーのインパクトに本来の目的を忘れるところでした(笑)
アニスさんのこの記事を拝見してからずーっと本書が気になっていたんですよ^^こちらからもぜひTBさせてくださいね。

2010/12/5(日) 午後 9:39 ang*1jp

あんごさん、およそ4年の時を経て、同じ本を読んだ感想が同期するっていうのは、本当に面白いことですね♪
文字というものが、言葉というものが、なかんずく詩歌というものが、どれだけ時を超えて残っていくものか、この本を読むとよく分かりますよね^^

2010/12/7(火) 午後 10:36 アニス

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