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いや〜、「第一回タコ」あの感動のグランド・フィナーレを経て、なお爆笑の「打ち上げ実況中継」まで公開されるとは! もう、笑いすぎてお腹の皮がよじ切れそうです^^ 本当に、最後の最後まで楽しませていただきました。どなたかもおっしゃってましたが、「ブログやっててよかったなぁ」と深く深く思ったことでした。そこで、当方としても何かお礼を、と思いつつあたりを見回してみたら──。机の上に置いてあった、読みかけの『唐詩選』が目に入りました。……そうだそうだあったよなぁこの中にCuttyさん(を筆頭に打ち上げで飲んだくれている人々)にぴったりの漢詩が^ー^b というわけで、盛唐の大詩人、杜甫の手になる七言古詩「飲中八仙歌」をここにご紹介して、お礼に代えたいと思います♪ これは、杜甫が李白をはじめとする同時代の酒豪八人の飲みっぷりを、酒の仙人になぞらえて書いたものです。Cuttyさんはさしずめ、汝陽王か李白、それとも焦遂かな(笑) え、私ですか? 私はもちろん宗之……わぁっっ、石を投げないでくださいノ>_<; 飲中八仙歌 杜甫 知章(ちしょう)が馬に騎(の)るは船に乗るに似たり 眼(まなこ)花(くら)み井に落ちて水底に眠る 汝陽(じょよう)は三斗にして始めて天に朝す 道に麹車(きくしゃ)に逢えば口に涎を流し 恨むらくは封を移して酒泉に向わざりしを 左相(さしょう)の日興(にっきょう)万銭を費す 飲むこと長鯨の百川を吸うが如く 杯を銜(ふく)み聖を楽しみ賢を避くと称す 宗之(そうし)は瀟灑(しょうしゃ)たる美少年 觴(さかずき)を挙げ白眼にして青天を望めば 皎(きょう)として玉樹の風前に臨むが如し 蘇晋(そしん)は長斎す繍仏(しゅうぶつ)の前 酔中往々逃禅(とうぜん)を愛す 李白は一斗詩百篇 長安市上酒家に眠る 天子呼び来たれども船に上らず 自ら称す臣は是れ酒中の仙と 張旭(ちょうきょく)三杯草聖伝わる 帽を脱ぎ頂を露(あら)わす王公の前 毫(ごう)を揮(ふる)って紙に落とせば雲煙の如し 焦遂(しょうすい)は五斗方(はじ)めて卓然(たくぜん) 高談雄弁四筵(しえん)を驚かす (現代語訳) 賀知章が酔って馬に乗った姿は、ゆらゆらとして船に乗っているようだ。 目がちらついて井戸の中に落ちても、水の底で眠っている。 汝陽王は三斗の酒を飲んでから、やっと朝廷へと出向く。 その途中で麹を乗せた車に出あうと、思わず口からよだれをながす。 そして酒泉に領地がえしてもらえないのを口惜しがる始末だ。 左相は一日の遊びに一万銭を使う。 その飲みぶりは大きな鯨が百の川の水を吸い込むようで、 杯を口にしては聖人の境地を楽しみ、賢人はごめんだなどと言っている。 宗之は粋な美少年、杯をあげ、世俗を見下しながら青空を見やる姿は、 輝くばかりの白さで、玉のなる木が風に吹かれているよう。 蘇晋は刺繍した仏像の前で断食礼拝をしているが、 酔っぱらうとときどき逃禅をきめこみたがる。 李白は一斗飲めば百篇の詩ができる。 長安の町中の酒屋で酔いつぶれ、寝込んでしまうし、 天子からお呼びがあって、船に上ろうとしない。 そして自分では「手前は酒の世界の仙人でござる」などと言っている。 張旭は三杯飲むと、草聖とうたわれる名筆を後世に残す。 王侯の前をも憚らず帽子をとり、頭のてっぺんをむき出しにして字を書いてみせる。 だが筆をふるって紙の上に落とせば、そこには雲か霞がわくようだ。 焦遂は五斗飲んで、はじめてしゃんとなる。 そして高遠な議論と雄弁で、一座の人々を驚かせる。 (岩波文庫『唐詩選 上』による) 知章:賀知章。詩人。
汝陽:玄宗皇帝の甥。汝陽王。 麹車:麹を積んだ車。 左相:李適之。左丞相をつとめた。 日興:一日の遊興。 聖を楽しみ賢を避く:聖は清酒、賢は濁酒のこと。 宗之:崔宗之。侍御史をつとめた。 皎 :白く輝くさま。 蘇晋:吏部侍郎をつとめた。 長斎:断食して仏を礼拝すること。 逃禅:禅の境地に逃げ込むこと。 張旭:草聖と称された草書の名人。 焦遂:伝記不詳。 卓然:しゃんとすること。 四筵:宴席。宴に出席している人々。 |
ことばの迷宮
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詩を中心に、力を持つ「ことば」の森に踏み迷う…
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息子Kは6歳、今保育園の年長組です。年長組ともなると、年間を通して様々なイベントがあります。遠足や運動会はもちろんのこと、納涼祭、キャンプファイヤー、市民文化祭、老人福祉施設訪問、お遊戯発表会、最終的には卒園式、とそのつど園児たちも歌や踊りなどの出し物を披露しなければならないのですから、結構大変です。 K本人が大変なのは言うまでもありませんが、父親である私も、それなりに大変です。というのも、私、今年度の「保護者会会長」ということになっているからです。 子供を保育園に預けるのは、両親ともに仕事をしている家庭がほとんどです。ですから、忙しくない保護者などというものは存在しないわけです。まぁ先生方もそのあたりは承知の上なので、できることはほとんど園の方でやってくださいますが、それでも保護者会の役員をつとめるのは、親にとってもそれなりの負担ではあります。まして会長とかいうことになると、イベントではいちいち挨拶しなければなりませんし、準備や後片づけ、次のイベントの打ち合わせ等々、円滑に運ぶよう差配しなければなりません。 その上、8月に行われる年長組限定のキャンプファイヤー(実際にキャンプに行くのではなく、園庭で火を焚いてキャンプ場気分を味わうというイベント)では、保護者会の会長は園児を前にして、何か芸を披露しなければならない、というのです。そんな、いきなり言われても、とか、子供に受ける芸ってのは難しいですよ、とかいう泣き言は通りません。 ちなみに、去年の会長さんは、お仕事がコロッケ屋さんなので、子供たちみんなにコロッケを作らせ、その場で揚げて食べたそうです。……えぇ〜〜と^^;そりゃ真似できない技でしょ(苦笑) 一昨年の会長さんは? 手品ですか! ……あのぉ〜〜^^;そんな器用じゃないんですけど(苦笑) その前は? よく飛ぶ紙飛行機教室。……なるほど、それならできそうだけど、準備が大変そう(苦笑) というわけで、このところ結構悩んでたんですよ(笑)これが大人のキャンプなら、「乾杯の歌」でも歌って、宴会に突入すればいいことですが、相手が6歳児数十人じゃねぇ。 で、ふと思いついたのが、「ことばあそび」でした。「にほんごであそぼ」のおかげで、みんな「寿限無」とか早口言葉とか知ってるみたいだし、なによりそれなら準備や練習がいらないし。でも、ただ単に寿限無を言うだけじゃつまんないしなぁ……とそこで、「ことばあそび」からの連想で、谷川俊太郎の『これはのみのぴこ』を思い出しました(やっと本題です^^;)。 『これはのみのぴこ』は、ご存じの方も多いと思いますが、谷川俊太郎の詩に和田誠が絵をつけた、ことばあそび絵本です。 これはのみのぴこ これはのみのぴこのすんでいるねこのごえもん これはのみのぴこのすんでいるねこのごえもんのしっぽふんずけたあきらくん これはのみのぴこのすんでいるねこのごえもんのしっぽふんずけたあきらくんのまんがよんでるおかあさん これは……という具合に、言葉がどんどん積み重なって、長くなっていきます。最後の方になると、とても一息では言えないくらい長くなります。言ってる方も、どんどん早口になります(笑)最後まで間違えずに言い切れると、かなりの達成感があります^^ その昔、谷川俊太郎のことばあそびをテーマにした舞台「どんどこどん」を渋谷のじぁん・じぁんで観たことがあります。「これはのみのぴこ」も取り上げられていて、あまりにも面白いので鮮明に記憶に残りました。その後本になっていることを知り、購入して暗記しました。誰に聞かせる当てもないのに。 まさか、それが今になって役に立とうとは(いや、実際に子供たちの前でやったわけではないので、まだわかりませんが)。 ためしに、息子Kに聞かせてみました。途中早口になると聞き取れない部分もあったようですが、おおむね好評で、面白がって自分でも覚えようと躍起になっていました^^ というわけで、来るべきキャンプファイヤーでは、これをやろうと思うんですが……果たして、子供たちを楽しませることができるか!? 途中でつっかえないように、多少は練習しといたほうがいいかな、やっぱり。ま、上手くいったらお慰み。またその折にはご報告したいと思いま〜す。 ちなみに、親子で読んだり読み聞かせに使うにもなかなかいい本ですので、図書館などで見かけたら、手に取ってみてくださいね♪
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今年の桜は、花見に行けぬ間に、今日の強風ですっかり散らされてしまいました。 ちょっとばかり口惜しいので、ことばの上だけでも花見に行った気分になりたいものだと思っていたら、たまたま仕事がらみで読んでいた大田南畝(蜀山人)『蜀山百首』(文政元年刊)という狂歌集に、桜の歌(染井吉野じゃないですけど)が載っていたので、紹介したいと思います^^ この本、蜀山人の晩年に刊行された歌集で、面白いのは自選・自筆だという点です。本人が本人の狂歌を書いて、それをそのまま木版刷りにした、いわば「影印本」というわけですね。 ちなみに百首の内訳は、春20首、夏15首、秋20首、冬15首、恋10首、雑20首です。 恋10首の中には、例の有名な「世の中にたえて女のなかりせばおとこの心のどけからまし」もとられています^^ ……あぁ、でも、やっぱり花見は見に行ってこそだよなぁ!(※上の写真はもちろんフリー素材です^^;)
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──不意打ちでした。気をつけていたつもりだったのですが、見事にやられました。 それにしても、なんという瑞々しい情景でしょう。朝の新鮮な光や、空中に広がるセロリの青っぽい香りすら、感じられそうです。そしてなにより「サキサキ」という擬音! セロリを噛む音として、これ以上的確な擬音があるでしょうか!? 著名な歌人の有名な歌なので、ご存じの方も多いかと思いますが、寡聞にして私は知りませんでした。だから私にとって、この歌に出会えたということだけでも、本書を読んだ意味は十二分にあったと言えます。それだけでも幸せなのに、本書ではさらに素晴らしい解釈の妙を味わうことができるのです。あぁ、申し遅れました──「本書」とは、北村薫『詩歌の待ち伏せ1』(文春文庫)のことです。 ◇◇◇ 詩や小説のみならず、絵画や音楽、映画、演劇など、およそ芸術と名の付くものは、作品のみでは成立し得ません。それを受け取り、解釈する視点があって初めて芸術に「なる」のです。その意味で、作品を鑑賞し解釈するということは、非常に創造的であると同時に、鑑賞者の力量が試される行為でもあります。それを言語化するとなれば、なおさらのこと。 本書は、北村薫がこれまでに出会った詩や短歌、俳句などを、該博な知識に裏打ちされた平明な語り口で紹介するアンソロジーです。ここでは、詩歌との出会いが「待ち伏せ」と表現されています。 小説以上に、詩や短歌、俳句は、こういう偶然の出会いから、それぞれにとって大事なものとなることが多いのではないでしょうか。 (中略) そういったように、いわば心躍る待ち伏せをしていて、否応無しにわたしを捕らえた詩句について、ここで述べてみたいのです。 ◇◇◇ 冒頭であげた佐佐木幸綱の歌を、北村薫は次のように読んでいます(あまりにも素晴らしいので、少し長く引用します)。 一度読めば、目から耳に、音として伝わり、残る歌です。 《汝(なれ)》は《セロリ噛》む姿を間近に見つめることを許しています。男は彼女の全存在を肯定している。歌われているのはこの距離──あるいは二つの《個》が溶け合っている状態、つまり距離の無さでしょう。至福の瞬間がここにあります。 そういう一瞬は、誰の手からも、こぼれ落ちてしまうものです。だからこそ、輝く時が、ここに生きたまま固定されていることに、我々は、感謝に近い喜びを感じます。 しかし、二度目に見た時には、《女性の立場で読んだらどうだろう》と思いました。あどけないといわれるのは、そういう瞬間だからこそ嬉しいのでしょう。自分が女だったら、そうは思われ続けたくない。《十年、セロリを噛み続けるわけにはいかないよ》と、言いたくなる。 女としての魅力がないといわれたら、つらいでしょうが、女としての魅力しかないなら、そちらの方がより耐え難い。相手の男が、あどけなさはさておき、人間である自分のどこに《敬意》を払っているのかが、気になる筈です。 また、《十年後の目》を仮定し、そこから見ると、実に哀しい歌にも思えました。セロリの印象が強いので、《十年、新鮮さを保つセロリはないだろう》と思ってしまうからです。それもこれも、描かれているのが甘美な瞬間だからでしょう。……いかがですか? 私など、歌を読んだ時の感動もさめやらぬ内にこの解釈を読み、なるほど、こういう読み方があるんだなぁと、さらに目を開かされる思いがしました。というのも、私は《セロリを噛》んでいる《汝》を、若い女性とは見ていなかったからです。 読んだ瞬間脳裡に浮かんだのは、息子K(5歳)の姿でした。日曜日、窓からの朝日が斜めに差しているテーブルについて、無心にセロリを噛んでいるK。いつも着ている白いフリースのねまきのままで、寝癖のついた髪の毛が、陽の光に茶色く透けている。それを正面ではなく、斜めの角度から見ている……そんな光景です。 もちろん、これは現実の光景ではありません。むしろ、あり得ないと言った方がいいでしょう。なぜか? それは、Kはセロリが嫌いだからです(笑)まぁ、それはともかく、私はこの歌を、男女の歌ではなく、親としての目線で歌ったものと捉えたわけです。そして、北村薫の解釈を読んだ後は、当然のことながら、十年後のKの姿に思いを馳せたものです(それにしてもしかし15歳かぁ……^^;)。 こんな風に、多様な解釈を許すところが、短詩形の面白いところですね。 ◇◇◇ 本書には、他にも様々な詩句がとりあげられています。詩の内容と解釈については本文をお読みいただきたいのですが、呼び水代わりに(笑)名前だけいくつか紹介しておきましょう。 「師よ、萩原朔太郎」三好達治
「不運続く」「医師は」塚本邦雄 「悲しみ」石垣りん 「れ」豊田敏久 「いたそうね」岡山孝介 「かもめ来よ」三橋敏雄 「亡き子来て」五島美代子 「蝶」西條八十 さぁ皆さん、ぜひとも本書を読んで、心躍る「待ち伏せ」にあってください!^^
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秋は嫌い 秋は嫌い!! 冬の寒さは 清潔で美しく あからさまで 耐えればよい 夏の暑さも 身を委ねてしまえば一興 狂おしく 命 乱れ飛ぶ春 でも 秋は嫌い 隙間風のように 如才無く 心震わせる 秋は嫌い 吉野朔実『少年は荒野をめざす』より
いや、好きですけどね。秋。何たって酒の肴の宝庫ですからねぇ!^▽^ノ
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