キリスト者として今を生きる

風は冷たいけれど春の訪れを感じます。。。

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国策の犠牲者

イメージ 1 以前の記事に「私が会った官僚の話」http://blogs.yahoo.co.jp/starstory60/folder/1272857.html#14948328を書いたら、るるどさんが「是非読んでほしい」と薦めてくれた。『外務省が消した日本人----南米移民の半世紀』(若槻泰雄・毎日新聞社)。言葉を失った。戦後「食いぶち減らし」のためにアマゾンの原始林に送り込まれた移民の話である。移民についてはつい最近ドミニカ移民の判決が出た。50年前、「カリブの楽園」という政府の宣伝にだまされてドミニカ共和国に渡った移民を待っていたのは、塩ばかり噴き出す石ころだらけの土地をドミニカの囚人たちと交わって耕す生き地獄であった。移民たちは死地をさまよい、自殺した人も多かったという。移民は国を相手どって裁判を起こしたが、結果は「お気の毒ですが時間切れです」。小泉首相が見舞金として50万だか200万だかを移民に手渡した。この6月のことである。
(ドミニカ移民についてのサイトはこちら→http://www.dominica.jp/1_humanrights.html)

上の本はドミニカではなく、アマゾンとボリビアに送り込まれた移民の話である。「日本では考えられない肥沃で広大な土地を格安で提供する。道路も学校も病院も完備している。」…ところが移住先として連れて行かれたところは、道路も通っておらず、伐採すらされていないアマゾンの奥地、雨ばかりが降り作物は実らない、仮に実ったとしても道路がないので市場まで運んでいけない。学校には教師はおらず、子供たちは文盲のまま放っておかれる。病院はむろんない。1960年代、日本が高度経済成長にひた走ろうとしている時期に、原始時代の生活に舞い戻ることを強いられるのだ。まさに『棄民』。

この本の記述がリアルなのは、移民行政に直接当たった外務省外郭団体の海協連(現・国際協力事業団=JICA)の職員だった著者が、移民の送り出しに直接随行し、その受け入れ体制のでたらめさ、翻弄される移民の絶望と怒りを直接目の当たりにし、書き綴っているためである。著者は移民に随行した際に、移民送り出しを決めた外務省が現地に直接足を運ぶことさえせず、移住地を決定したことを知る。外務省は移住地をろくに調べもせず、移民の窮状が報告されているにもかかわらず、あるいはドミニカ共和国のように「移民受け入れには適さない」と受け入れ先国が難渋を示しているにもかかわらず、次々に後続移民を募集し、甘言で釣って、送り出していく。外務官僚が、移民送り出し機関である自分たちの職場を温存し、予算を獲得あるいは消化するためである。頭のいいエリートであるはずの官僚が、道路も市場もないところで、「壮大な志と勤勉、移民同士の団結」だけで生計を立てていけるはずはないということに気づかぬはずはないだろう。人間に対する想像力の絶対的欠如と、他者の苦しみに対する怖ろしいほどの無感覚、自己保身だけを考える「頭脳」が、地獄を作り出していく。 著者は悪路ジャングルを歩いて移民の集落にたどり着き、移民の行き場のない憤怒を一身に受け、つるし上げられながら、彼らの窮状をなんとかしようと海協連や外務省とたたかうが、結局クビにされてしまう。

私はこの本を読んだ後、戦争指導者の戦争責任というものはあるだろうと改めて思った。現場の苦しみ、惨状を知らない者、絶対にそのような立場には置かれるはずのない者が、安楽な執務室で政策を練り、司令する。1945年1月、フィリピン陥落の後、最高戦争指導会議が昭和天皇に戦争の終結と講和を具申するが、天皇は「もう一度戦果をあげてからの方がいいのではないか」と発言して、戦争終結案を斥けた。もしこの時昭和天皇がこんなことを言わなかったら、1945年3月の東京大空襲も、沖縄戦の悲惨も、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下もなかったのである。沖縄では1945年6月23日未明、沖縄戦の司令官である牛島満中将および長参謀長は、互いにピストルを撃ち合い、自決するが、牛島中将が「最後まで戦うこと」と言い残したために、司令部も失った戦闘が9月7日(8月15日ではない!)まで続いたのである。自分は自決しておいて、戦闘の継続を無責任に言い残したために。

『外務省が消した日本人』で著者はドミニカ移民の裁判を、「国民を保護すべき国が、自らの組織を守るために、国民を奈落の底に投じた責任、あるいは罪科が問われる裁判」とよぶ。同じことはアジア・太平洋戦争についても問われるべきだろう。その責任を問わずして、次のように言う「エライ人」は唾棄すべきであるし、ゆるされるべきではない。
「身をもって苦楽をともにしたわたくしは、皆様のご奮闘とご心情のほどが十分に理解されるのであります」「所感の一つを述べてお祝いに代えたい。それはドミニカ国に同化し、ドミニカ国民になりきれということであります。」
ドミニカ移民が生き地獄の移住地を捨てて、日本に集団帰国した際の在ドミニカ大使であった外務官僚の言葉である。この高給と地位を保証されている外務官僚、地獄を作り出した責任者である外務省で甘い汁を吸っている官僚が、どうしたら劣悪な土地で餓死とたたかう移民と「身をもって苦楽をともにした」と言えるのか。日本よりもましな生活水準を求めて異国の地に渡った移民たちに向かって、最貧国に同化してその国民になりきれと言えるのか。

同じような言葉をどこかで聞いた。「あの戦争で命を落とした尊い犠牲者」に東条英機もニューギニアの密林で餓死した兵士も一緒くたにして、「悲しい歴史」にしてしまおうとする首相の靖国参拝で。「日本国を愛し、日本国に命を捧げよ」-----そう叫び、鼓舞する者が、安全で安楽な場所にいることは、移民政策についても憲法改正についても変わらない。

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おやじさま、上の記事の中の昭和天皇の言葉はたしかな記録があると聞いていますが、井上成美の記録は風説以上にたしかなのでしょうか。

2006/8/24(木) 午後 11:36 sta*sto*y60 返信する

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帰去来さん、介護をしていらっしゃるんですね。私も去年まで姑の介護をしていました。その中で、人の命とか生きるとかいうことについてリアルに考えさせられました。そういうことの考察を欠いた軍拡論とか憲法改正論には本当に危なっかしさを感じています。

2006/8/24(木) 午後 11:42 sta*sto*y60 返信する

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快刀乱麻さん、天皇が戦争遂行者だったか平和主義者だったか否かを棚上げしたとしても、戦争の現場を知らなかったことはたしかだろうと思うのです。そして満州からまっさきに逃げ出した関東軍の将校がチーズもバターも食べていたという話を聞くにつけ、移民を現地の下調べもせずに次々に送り出した外務省のありようと重なるのです。

2006/8/24(木) 午後 11:45 sta*sto*y60 返信する

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るるどさん、この本を読ませて下さって私の方こそ感謝です。私も読んでいて、怒りがじわじわと沸き起こってきました。そして同じように、このようなことは外務省にかぎらず他の省庁主導でも起こっているのだ、と血友病患者の輸血製剤のことや米国産牛の輸入のことや大量の失業者や格差を生み出した規制緩和のことなどを思い起こしました。

2006/8/24(木) 午後 11:56 sta*sto*y60 返信する

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るるどさんがなぜ「私が会った官僚」に大きな怒りを感じられたのか、この本を読んでよくわかりました。特に悪い人ではなかったけれど、どこを向いて生きるかによって、地位が高く社会的影響力が大きければ大きいほど、意図せずして他者を塗炭の苦しみに陥れることがあるのですね。私の方こそ人間や現実をより多角的に見ることを教えてもらいました。

2006/8/25(金) 午前 0:03 sta*sto*y60 返信する

聖starさん>20年以上、官公庁・企業・NPOを顧客として日本人のintercultural communication開発にかかわってきたものとして、証明はできないが、文化を隔てても、また、個体差にかかわらず「人間としての感情は同じであり、共感が可能」だと私も信じています。しかし、そのためにはスキル・経験と忍耐が不可欠でしょうけれどね。なぜならば、ヾ蕎陲脇韻犬任發修譴鯢集修垢觀措阿楼曚覆襦↓▲灰潺絅縫院璽轡腑鵑稜淆痢腹盡生譟砲侶措阿魯灰鵐僖船屮襪妨えてもそこに盛られるパーツは文化を隔てれば意味が変わるから。

2006/8/25(金) 午前 6:09 [ KABU ] 返信する

ならば、裏返せば、異文化間コミュニケーションにはそれを成り立たしめるゲームのルールがあると思うのです。で、いつも言うことですが「私はこう思う」という無価値な文学的営為を超えて「私はこの根拠に従いこう思う。ゆえに、貴殿もそう思いそう行動されよ」と主張したいのなら、超能力者のように「その文章のリアルさからそれが事実だとわかるのです」というようなオカルト的な言辞は少し控えられればいかがかと思います。実際、本記事では「こかげ」さんが指摘されたことも事実なのですよ。

2006/8/25(金) 午前 6:13 [ KABU ] 返信する

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皆さんの熱心なコメントの応酬に感銘を受けています。妻を亡くして3週間目、何時までもボンヤリしてはおれません。しっかりと充電してわが道を進みます。脳梗塞で倒れリハビリ中の81歳の老骨ですが、要介護者の実体験から官僚の無能振りと非情さをあぶりだしたいと闘志を燃やしています。

2006/8/25(金) 午前 9:51 わかじちゃん 返信する

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KABUさん、「感じる」ことにはどうしたって「根拠」があるのではありませんか。言語を習得していない赤ん坊にさえ「感じる」ことには根拠があるはずです。そのことを心に留めることが「想像力」であり、それを「オカルト」と切り捨てることに少し驚きます。

2006/8/25(金) 午前 10:27 sta*sto*y60 返信する

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若じいちゃんさま、コメントありがとうございます。ブログ拝読しました。この現代は、本当に声を聞くべき人の声を聞かず、現場や実態を知らない者、知ろうともしない者が上から政策を押し付けて世の中を作っている気がします。是非、「車椅子」から発信してください。そういうことが何より今の世に必要なのだと思います。

2006/8/25(金) 午前 10:31 sta*sto*y60 返信する

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Starさん:他人の痛みに対する想像力は大事だと思います。アマゾンの移民の件については私もよく知らないので、上の本読んでおきます。「アマゾンの原始林」というのはかなり凄い感じがしますが・・・

2006/8/25(金) 午後 0:12 och**obor*maru 返信する

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NANAMIさん、上の本は単に移民の悲惨さだけでなく、どうしてその悲惨が作り出されていったのか、というところも内側からの目で書いてあります。「この無力な私に何ができるか」みたいなあがきもあって、リアルでした。自慢のようなところも少しはあるんですけど。

2006/8/25(金) 午後 6:44 sta*sto*y60 返信する

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井上成美が海軍省次官だった5月までは確かな記録だと思います。その後大将に昇進後、閑職に移っているのでそれ以降はどうでしょうか。軍部は沖縄戦で少しでも戦況を打開してソ連を通して終戦交渉という望みを持っていたようですが、その望みもはかなく消えます。6月の時点で高松宮を通して戦況が伝えられて終戦を決意したとされています。 削除

2006/8/25(金) 午後 9:17 [ おやじの独り言 ] 返信する

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おやじさま、丁寧なご返答ありがとうございます。

2006/8/25(金) 午後 10:54 sta*sto*y60 返信する

聖starさん>言葉はちゃんと使いませんか。「根拠」?・・「「感じる」ことにはどうしたって「根拠」があるのではありませんか。言語を習得していない赤ん坊にさえ「感じる」ことには根拠があるはずです」・・この「根拠」は「理由」とか「原因」とか中期カントでは「遠刺激」というのではないでしょうか。蓋し、「根拠」とは自己の言動の正当性として自己が認識しているものでしょう?・・この「根拠」の意義がベーグでも意に介さない論者を世間では「オカルト」と言うのだと思いますけどね。再考を求めたいですね。

2006/8/26(土) 午前 0:01 [ KABU ] 返信する

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一国を指導する政治家や、国家公務員の最低限の義務は、国益を守ることだと思います。本記事にある移民問題や先の15年戦争では、多くの国益(国民の生命・財産という意味で)を損ないました。その責任を追及することは当たり前のことであると考えます。なんの戦略もないままドロ沼の対中国戦争に突入した無能な軍部、それを統御できなかったマヌケな政府、今と変わらず、ただメンツを守ことだけしか考えない秀才石頭官僚達。

2006/8/26(土) 午後 1:53 [ can*wi*fini ] 返信する

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どこにどのような過ちがあったのか、その責任は「誰」にあるのか。立場により、それぞれの見方があると思います。が、その辺をよく考えていかないと、明確にしていかないと、結局同じ過ちを繰返すことになりかねません。そういう意味で、starさんの記事は、ひとつの「考えるきっかけ」となる記事だと思います。この記事のような歴史について、ひとりでも多くの人に考えてもらうことができたら素晴らしいですね。

2006/8/26(土) 午後 2:04 [ can*wi*fini ] 返信する

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canさん、コメントありがとう。「国益を守れ」と「国民を守れ」は同じなのかな、と最近思ってしまいます。「お国のために」と命まで犠牲にした人々を知るにつけ。。。私も移民や15年戦争について「どうしてこんなことが起こったのか」をしっかり考えることは、自分たちの将来の生活を「地獄」にしてしまわないために絶対必要なことだ、と思ってます。

2006/8/26(土) 午後 5:34 sta*sto*y60 返信する

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責任を取らせない法があるから、彼等には何の痛みも無い、無責任行政を遣りまくり、被害者を作っても己は知らん顔。 冤罪を作っても罰されない警察官と同じ構図、 その責任を取らして子孫まで罰すべき、其れほど厳しくしなければ彼等に人の痛みなどわかるはずも無い・・。

2006/8/28(月) 午前 11:13 hit*r*ikujp 返信する

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hitoriikuipさん、責任を明らかにし、責任を取らせることは必要だと思います。それを阻んでいる体系があるのなら、その体系を問題にしなければならない、そう思います。

2006/8/28(月) 午後 11:43 sta*sto*y60 返信する

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