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映画を観てきた。「ヒロシマ・ナガサキ」でもなく「夕凪の街 桜の国」でもなく「リトル・チルドレン」だ。http://www.little-children.net/ スターは別に年がらねんじゅう「戦争と平和」や「教育」についてだけ考えているわけじゃないのよ。いやあ、面白かった。ヒロインのケイト・ウィンスレット(タイタニックのレオ様の相手役の女優さん)も上手かったけど、まぶたに焼き付いて離れないのは、性犯罪者の役をやったジャッキー・アール・ヘイリーの演技である。頭が禿げ上がった変質者役のヘイリーは、往年のヒット作「がんばれベアーズ」の子役だそうね。ラスト、伏せておきます。ラストは月並みじゃない。 ところでこの映画のサブ・タイトルには「大人になれない大人たち」ってあって、アメリカの郊外で豊かな生活を送り、可愛い子供までいながら、不倫に手を出し駆け落ちまでしようとする、現状に満足できない大人、現実と折り合いをつけていくことのできない大人たちを「リトル・チルドレン」と呼んでいるのだけど、そういうタカビシャな見方はわたしはキライです。「少女みたい」って、その前に「いい年をして」と付け加えたいんだろうなあという評をブログ上でもリアル世界でも時たま頂いたりするから、きっとわたしも「リトル・チルドレン」なんだろう。 それで、じゃあ「大人」ってなんなんだろうと考えてしまうワケだ。「リトル・チルドレン」(アダルト・チルドレン)と同じくらい、「仮面夫婦」も「家庭内別居」もある。ブラッドみたいな司法浪人で夢想家の男が、バリバリのキャリア・ウーマンに養われるのは現実にはあんまりありえないことで、一方、サラのように郊外の裕福な家庭の専業主婦におさまってしまったら、その生活と身分を捨てようとはまず思わないだろう。結果としてサラとブラッドは潜在的にはともかく現実的にはマジョリティではなく、公園でブラッドとキスを交わすサラを道徳的に断罪する公園ママのメイたちがマジョリティなのだ。「大人」にはまず打算があり、その打算が動機となって「現実との折り合い」をつけていく。夫にはもはやトキメかなくとも、「ヨン様」とか「プロム・キング」とかでエロスを「安全に」処理していく。サラの夫リチャードだってそう。妻にはトキめかないが、ネット上の仮構の女には欲情する。 現実と折り合いをつけていくことがそういうことを意味するのだとしたら、実につまらない。そしてそのくだらなさをサラもブラッドも身をもって感じているのだ。だからサラはメイの道徳的断罪にたいして「ボヴァリー夫人」擁護で自分の不倫も正当化してみせようとする。「自分自身の人生を生きようとした」と。 「リトル・チルドレン」はしかしイノセントではない。元警官のラリーや変質者のロニー、サラ、ブラッド、それぞれある場面で決定的に罪を犯しているのだ。 元警官のラリーは、変質者ロニーから大切なものを奪ってしまう。ロニーは他の女性にならともかく、彼に対して心を開いた精神的に不安定な女性に、けっしてやってはならないことをしてしまう。その行為は他の女性になら彼が「変質者」とレッテルを貼られることですむことかもしれないが、心に傷を抱える女性にたいしては、法的道徳的な意味での「罪」の概念を越える「罪」である。サラは、ブラッドとの情事に夢中で、娘ルーシーのいじらしい愛に気づかない。ブラッドは自分を養ってくれる妻キャシーが今度こそと期待をかける司法試験をすっぽかして、サラとの不倫旅行に出かけてしまう。 これらの罪はあまりにもさりげなくて、見過ごされてしまいそうだけれど、不倫や幼児性愛を断罪するブルジョアジーのモラルを取り払ったところで残る罪なのだ。どんな罪かっていうと、好むと好まざるとにかかわらず自分がすでに関わった人間と、きちんと向き合うことをしなかったという罪だ。「テーゼ」にたいして「アンチ・テーゼ」を主張している間は決して気づかないけれど、これらの現実をどれだけ眼を見開いてしっかり見るかということが、じつは「大人」ということなのではないだろうか。サラとブラッドがお互い元のさやに戻ったところで、未来を築いていくことはけっして生易しいことではないだろう。エンディングは解決ではなく、むずかしい課題と向き合う新たな始まりなのだ。 監督のまなざしはあたたかでヒューマンだ。紋切り型の「裁き」とは異なった光が全編を満たしている。 「リトル・チルドレン」渋谷・文化村ル・シネマで8月末まで上映中。
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ご訪問&コメントありがとうございました。
この映画、いろいろと考えさせられました。現代人にとっては自分探しが大きなテーマですが、この映画のような苦悩はこれからも続くのでしょうね。
2007/8/19(日) 午後 7:16 [ yk ]
starさんのためにあるような映画ですか?
2007/8/19(日) 午後 7:37
なるほど「アメリカンビューティ」のようなテーマなのですかね。私も、一日のうちで、「戦争」や「平和」を考えている時間はそんなに多くないですね。大抵は、夕飯何食おうかとか、週末は息子と蟷螂捕まえに行こうかとか、そんなこと考えてます。大抵の人がそうなんじゃないでしょうか。結局、人々の日常意識にとって「国家」などというものの占める割合は極めて小さい。マルクス流に言うなら、社会は国家より大きい、ということです。社会に余裕がないと、ナショナルなものが、日常意識を侵食し始めますね。
2007/8/19(日) 午後 9:59
YKさん、「自分探し」はしょせん贅沢なことで、先進国でしかこういう状況はありえないのでしょうけど、だからといって人生のテーマじゃないとは言い切れませんものね。ご訪問とコメ、ありがとうございました。
2007/8/19(日) 午後 10:09
TOCKAさん、まあそうです(笑)。
2007/8/19(日) 午後 10:10
NANAMIさん、「アメリカンビューティー」って知らないんですけど、それ、映画のタイトル?「夕飯何食おうか」「息子と蟷螂捕まえに行こうか」と考えてるってことを正当化するために「社会は国家より大きい」とマルクスを引用せざるを得ないところがインテリの男の病です(笑)。
2007/8/19(日) 午後 10:15
こんばんは。ブログ訪問ありがとうございます。
たぶん、誰もがリトル・チルドレン的な要素をもっているので、上から高ビーにばかにするのではなく、それぞれの悩みと、今後どうするのかを描いた本作は、たとえラストが作り話っぽくなったとしても有意義なものだと思います。
僕のブログは土日は映画の感想をアップしているので、よかったらまた遊ぶにきてくださいね。
2007/8/19(日) 午後 10:18 [ mainichi_shibanu ]
はじめまして、ブログへのコメントありがとうございます。登場人物それぞれを温かく包み込むような描き方がよかったですね。サラの心の動きのようなこと、似たようなことはどの人にもあるのではないでしょうか。
2007/8/19(日) 午後 11:57 [ zounosima ]
「フリーダム・ライターズ」か「ブラインドサイト」を想像していたのでまったく予想が外れました。 我が家はケイト・ウィンスレットがあまり得意ではないので…。 今日は「魔笛」を観に行く予定です。 最近ビデオで観たフィンランドのアキ・カリウスマキ監督の「過去のない男」「浮き雲」はかなり気に入りました。 オン・ディマンド・ワーカーとしては身につまされます。
2007/8/20(月) 午前 7:19 [ - ]
訪問&コメありがとうございます。
『エンディングは解決ではなく、むずかしい課題と向き合う新たな始まりなのだ。』
納得な一文でした。ほんと、その通りですよね。
2007/8/20(月) 午前 11:01
mainichi_shibanuさん、つかの間の夏休みなので映画を観まくろうかと思ってます。なかなかスルドイ映画評ですね。また散策させていただきます。よろしく。
2007/8/20(月) 午後 9:18
zounosima さん、おっしゃるように「誰も悪者にしない描き方」に救われたような気がします。そしてこの映画、やっぱりオトナの映画なんでしょうね。
2007/8/20(月) 午後 9:21
内緒さん、I read some English reviews of this movie, one of which describes the hero and heroin of this movie as 'misfits'. The word seems to correspond to your
expression that "I feel that I lost my place to stay in peace." My question is....If "this happens everywhere", why do we need to escape from "here"?
2007/8/20(月) 午後 9:34
axbxcxさん、「過去のない男」ってReviewを読んで、ちょっと気になっています。でも現在劇場上映はしていないんですね。せっかくつかの間の夏休みなんで、どうせだったら大きい画面で観る映画を観てこよう。私の好みは古いですがイタリア・ネオリアリズムとかヒッチコックとかの小品、そしてエンターテーメントの要素を忘れないが訴えたい主張も底にある「歓びを歌に乗せて」(だったかな?)などが好きです。「パッチギ!」と韓国映画「オールドボーイ」もよかった。ボリビア映画「地下の民」とメキシコ(だったかな)映画「赤い薔薇ソースの伝説」も忘れられません。若いときは映画通の先輩が薦める映画はいい映画なんだろうと一応信じてみて、タルコフスキーやワイダを何作も観ましたが、あのテの映画は私には向かないのだとようやく悟りました(笑)。こんな私の楽しめる映画はなんでしょう?…ときかれても困りますね(笑)。
2007/8/20(月) 午後 9:53
momoさん、サラとブラッドが今のままだったら元の鞘に戻ってもぜったいうまくいかないという確信があります(笑)。
2007/8/20(月) 午後 9:56
Starさん、「過去のない男」と同じアキ・カウリスマキ監督の「街のあかり」ならいま上映してます。 行こうと思っています。 「浮き雲」とともに敗者三部作とか言われているようです。 私の観る映画は基本的に妻が決めていますが、かなり趣味は似ていると思います。 去年二人ともとても気に入った映画と言うと「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」「トランスアメリカ」「リトル・ミス・サンシャイン」そしてキューバ映画「バスを待ちながら」辺りです。 「文字情報としては沢木耕太郎を一番信頼しています。 彼の勧めた映画はほとんど外れません。 今年はいまのところ「善き人のためのソナタ」「サン・ジャックへの道」「ひめゆり」辺りがベスト3です。 次は「フリーダム・ライターズ」か「天然コケッコー」か「ボルベール 帰郷」を観に行こうと思っています。
2007/8/20(月) 午後 11:44 [ - ]
私の好きなケイト・ウィンスレットや、ジェニファー・コネリーといった女優が出ている(^_^)。ぜひ「リトル・チルドレン」を見たいと思います(たぶんDVDになると思いますが)。スターさんの映画解説は独特のものですね。「好むと好まざるとにかかわらず自分がすでに関わった人間と、きちんと向き合うことをしなかったという罪」という発想は、逆立ちしても私には思い浮かばないですね。
2007/8/21(火) 午後 0:36
axbxcxさん、今日、「ボルベール」観てきましたよ。面白かった。たくましい女たちのお話です。ヒロインの絶世の美女ペネロペは「つけ尻」をつけて「たくましい母ちゃん」の役を演じていたそうです。午前中は「夕凪の街・桜の国」を見たので、今日は映画漬けの幸せな一日でした。私は若い頃はクールだったのに、このごろは年のせいか、映画を観ている最中にボロボロ泣きます。「街のあかり」はなんだか観たあと力が萎えていくような予感がして(笑)、観ませんでした。
2007/8/21(火) 午後 8:32
うしどしさん、ケイト・ウィンスレットや、ジェニファー・コネリーがお好みなんですか。私はとくに俳優女優に好き嫌いはありません(笑)。映画にフィットしてればそれでよし。(ヨン様は例外でしたが、俳優そっちのけでビジネスに走るので熱は冷めました。。。)人間の発想ってクセがあるかもしれませんね。
2007/8/21(火) 午後 8:42
Starさん、先を越されましたか! 私は昔もいまもすぐに泣きますよ。 「トーク・トゥ・ハー」は重かった。 ペネロペはやっぱ「オール・アバウト・マイ・マザー」です。 米国進出で熱が冷めました(それはシャキーラも同じ)けど、「ボルベール」はよさそうですね。 歳とともに、スーザン・サランドンとかキャシー・ベイツ、フランシス・マクドーマンド、トニ・コレットなんかが好きになっています。
2007/8/21(火) 午後 9:52 [ - ]