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↑同感。。。。私も「チョイス」の失敗の連続だった。。。。と思う事が多々。。。。 でも、完璧な人生などあり得ませんよね。それこそ、私なんか死ぬまで適切なチョイスなんて出来ない気がする。。。 日々修行が必要ってことですかね。。。?
2007/9/8(土) 午前 2:06
全て同感。 私もあの「○○プラン」とかが面倒で、ほったらかしです。 選ぶのが面倒だし、時間がかかる。 買い物も近所のジャスコが限界です。 それ以上の都会?に出ると、物が多すぎて選べない。 物の多さがストレスになる。 性格がいい加減なので、産直野菜やらも取ってるくせにマックも行きます。食べ物も大切に考えないといけないけど、やりすぎると神経が参ってきます。 一番阻止すべきは、公立学校の学区制廃止だと思います。 地域の崩壊。 この「公立の義務教育でもチョイス可」は絶対反対です。
2007/9/8(土) 午前 8:56
私は「時間を大幅に節約可能か?」ってな考えで商品を選びます。ゆえにPCはハイスペックです。 それらに該当しないものは、適当に選びます。 私がよく失敗するのが、旅館選び!おお、良さそうだなと思ったら変なとこだったのが多々あります。 最近は旅行時は「ビジネスホテル」に泊まるようになりましたね。これなら外れが少ない。食事と温泉は外で済ませます。
2007/9/8(土) 午前 11:21 [ wakopuro ]
途上国で「チョイスがほとんどない」というのを見ていると、まさに"DEVELOPMENT AS FREEDOM"と思いますけれど、主体的ではないチョイスの強制は苦痛以外の何物でもないと…。 wakopuroさん、私も仕事では最低限のサービスで安いところを選びますが、旅行を楽しむとなるとこだわりたくなります。 今週、友人+娘の三人で周防大島と尾道で1泊ずつするのにずいぶん迷いましたが、結果オーライでした。 特に尾道の旅館の部屋の目の前の景色は、インターネットの写真や映画よりもよくて、また行こうと思っています。 「東京物語」の光景がまだ目にこびりついています。
2007/9/8(土) 午後 2:26 [ - ]
ふふふ、久しぶりにトラックバックさせてもらいますよ。私の記事は面白くないかも、ですが。
2007/9/8(土) 午後 2:50
先日読んだ重松清さんの『小さき者へ』という短編集の中に、「団旗はためくもとに」というお話がありました。その中に登場する、元応援団長だった父が、こう言うんです。「後悔しない人生なんて、どこにもないんだ。何をやっても絶対に後悔は湧いてくる。」ってね。それを読んでいて、私は、そうだよなぁ・・・って頷いてしまいました。人生の様々な場面で、私たちはいつも何らかの選択を迫られます。その時、誰かの決めた道を仕方なく選んでも、人のアドバイスを聞いて納得して選んだとしても、みんなの反対をものともせず自分の意志を通して決めても、その結果が思い通りのものでなかった時、後悔します。また順風満帆に良い結果が出ている時でさえ、自分の立ち位置が、ふと傾いて不安を感じた瞬間、「もしも、あの時別の決断をしていたら・・・」と、程度の差はあるけれど、後悔の念が湧いてくる。じゃあ・・・と、迷って迷って選択できなかったら、後悔しないかというと、選択しなかったことにやっぱり後悔する。だから、「適切なチョイス」ってもしかしたら至難の業なのかもしれませんね。
2007/9/8(土) 午後 4:39 [ プリンプリン ]
ただ、自分の人生の根本に関わるような、これだけは絶対譲れないという部分の「チョイス」だけは、後にたとえ後悔することがあっても、それを人のせいにだけはしないよう、じっくりと考えて選択したいものですね。ちなみに私は髪型なんかは美容師さんに丸投げします。「似合うようにしてください。」って。外食は、特に食べたい物がなければ、相手と同じものを頼みます。「私も、同じものを・・。」ってね。日々のチョイスは失敗してもたかが知れてますから、至極適当です。似合わない髪型でも三日も人に笑われれば、見慣れてくるものですしね。
2007/9/8(土) 午後 4:40 [ プリンプリン ]
Shirokaniさん、「choiceの失敗」ですか、昔は自分の不幸を「運命」とか「前世の業」とかのせいにしたんでしょうね。で、ソッチの方が同じ不幸、不運でも納得のしようがあるぶん、救いがあるかもしれません。「お前が間違ったチョイスをしたせいだ」と言われた日にゃ、また自分でもそう自分を責めた日にゃ、ダブルパンチです。こういうところが現代って生きづらいですよね。
2007/9/8(土) 午後 6:42
すたあびれさん、「物の多さがストレスになる」ってわかりますワ。情報とかもそう。「それらのモノや情報はワタシの生活や人生とにはカンケイありません」と開き直るだけの「不惑」にも達していないので。「公立の義務教育でもチョイス可」は絶対反対と最後に書こうかと思ったんですが、記事がダサくなりそうだったのでよしました。にもかかわらず先取りしてくださっていやあ、さすがだなあ。。。
2007/9/8(土) 午後 8:49
カルマトロンさん、「時間節約に貢献するかどうか」は私もポイントです。アイロンかけをしないですむ服というのもそのポイントからだし。「それらに該当しないものは、適当に選ぶ」という割り切りも現代生活を送るにはカギですね。こういうハッキリした基準と割り切りってわりと男の人に固有なんではないかという気がします。
2007/9/8(土) 午後 10:02
axbxcxさん、チョイスがほとんどない人生というのが日本でもつい最近まで主流だったのではないかと思いますよ。「ほどほどのチョイス」ってムリでしょうかね。ケータイなんかでも使いこなせない機能がいっぱい出てくると、「こんなにチョイスがあるのにキミは電話をかけることにしか使わないのかい」なんてケータイに囁かれてる気がして、ストレス感じます。。。旅館は「1泊9800円、イセエビ付き」なんていうのを選んでいつも失敗しています。3万円以上出さないといけないのかなあ。。。そうすると「高いからやめとくか」となってしまうんですよね(経済観念から逃れられない女。。。)
2007/9/8(土) 午後 10:07
この人を見よさん、いや、面白かったっすよ!
2007/9/8(土) 午後 10:08
プリンプリンさん、そうですよね、髪型なんて美容師さんに丸投げしていいんです。でも最近の職業人は丸投げを嫌いますね。それで「似合うようにしてくれって言ったのに、似合わないじゃないよお!」なんてワガママ言う客がいるから。重大な決断をするときは、どんな結果になろうとも自分はそれを引き受けていく覚悟があるか、とまず問います。たとえば軍備を持たずして北朝鮮のミサイルが飛んできたらどうする、みたいな決断です。「死ぬのを覚悟しましょう、そのかわり殺すことはしない」みたいな究極の覚悟で、「自分」の究極の選択が問われますね。つまり「不運」をも引き受けていく覚悟があるかどうかが「どう転ぶかわからないチョイス」のどれかを選び取るカギになる気がします。
2007/9/8(土) 午後 10:14
Starさん、携帯は嫌いなので持ってません。 ステレオ(古い!)は真空管、車はツイン・キャブです。 iPodは初代。 でもデジカメは魚眼レンズまで買ってしまった…。 実は尾道で平日1万5千円の割烹旅館(建てられたのは明治)に泊まりました。 でも東京だったら料理だけでその値段かなと思いました。 料理が7,200円(タイの刺身、メバルの煮付け、雲丹ご飯など)、朝食1,200円(食べ切れませんでした。あじの一夜干しと出汁卵が美味しかった)ですから、素泊まり6,800円相当ということになります。 目の前は尾道水道で、本当に最高の景色でした。 ブログに写真載せますが、大林宣彦の「ふたり」や「あした」にその部屋が出て来ます。(特に大林宣彦ファンと言う訳ではありません。ただ尾道の景色が好きなので観てました。) また行きたいと思っています。
2007/9/8(土) 午後 10:51 [ - ]
axbxcxさん、「ステレオ」なんですね。私はiPodもデジカメも持っていません。食事つきで1万五千円で景色最高だったら私も泊まりたいです。
2007/9/9(日) 午前 7:42
あえて選択したくないときもあるし、与えられた選択肢そのものがすべて気に入らないこともあるし、選択の自由がない社会のほうが、何ごとも我が運命とあきらめて、妙に悩まなくてもいいかもしれないですが、それでも、やはりあれこれと迷いながらいろいろ選択できる社会のほうがいいのだと思います。 私は、あまり迷わなくなりました。たぶん、もう悩むのが面倒なのでしょうね。歳だもの。
2007/9/10(月) 午後 7:37
うしどしさん、そうですねえ、選択に悩む必要がなかったら、わたしなんかは息苦しいかもしれません。「悩むのが面倒なトシ」…わかりますわ。「何に選択の労を投入するか」もまた一つの選択かもしれませんね。全ての事柄に詳細なリサーチをして選べるワケじゃないんだから。
2007/9/11(火) 午前 0:20
チョイスするストレス。確かに、そうですよね。。 チョイスを迫る側は、チョイスされることで儲かる場合が多いから、マイナス要素についてはなるべく触れない・・このからくりに気づかないと、大きな落とし穴がまっていたりするのが今の世の中の怖いところ。私みたいなおばさんになると適当な勘でばっさばっさと断りまくれますが。。若い人には結構危険いっぱいの世の中かも。。
2007/9/12(水) 午後 8:52
内緒さん、「ドウデモヨイ袋」っていいですね。私もその袋用意しよう(笑)。その袋をビリビリにしようとする詮索はうっとおしいですね。そこを涼しい顔で通り抜ける大人に私はなりたい。
2007/9/12(水) 午後 9:00
ぱーぷるさん、内緒さんの「ドウデモヨイ袋」といい、「ばっさばっさと断りまくる」といい、それだけの「勘」と自信を育てるまもなく氾濫するチョイスに絶えず迫られている若い人はけっこう大変だなと思います。
2007/9/12(水) 午後 9:02
久しぶりにstar先生の記事を見て何か書いてやろうと思ったので。 私は四国のイナカに生まれ育って、18で本州に出るまでは選択肢なんぞないに等しかった。今でこそ橋が架かって、お洒落な子は中高生でもバスに乗って日帰りで京阪神まで(時には東京まで)洋服を買いに行ったりする
2007/9/8(土) 午後 3:58 [ この人を見よ! ]
肌と心に心地よい無添加化粧水。その人気の秘密に迫ります。 どうして化粧水に無添加を選ぶの? 無添加でなきゃいけないの?
2007/9/13(木) 午後 3:30 [ 無添加の化粧水 ]
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↑同感。。。。私も「チョイス」の失敗の連続だった。。。。と思う事が多々。。。。
でも、完璧な人生などあり得ませんよね。それこそ、私なんか死ぬまで適切なチョイスなんて出来ない気がする。。。
日々修行が必要ってことですかね。。。?
2007/9/8(土) 午前 2:06
全て同感。
私もあの「○○プラン」とかが面倒で、ほったらかしです。
選ぶのが面倒だし、時間がかかる。
買い物も近所のジャスコが限界です。
それ以上の都会?に出ると、物が多すぎて選べない。
物の多さがストレスになる。
性格がいい加減なので、産直野菜やらも取ってるくせにマックも行きます。食べ物も大切に考えないといけないけど、やりすぎると神経が参ってきます。
一番阻止すべきは、公立学校の学区制廃止だと思います。
地域の崩壊。
この「公立の義務教育でもチョイス可」は絶対反対です。
2007/9/8(土) 午前 8:56
私は「時間を大幅に節約可能か?」ってな考えで商品を選びます。ゆえにPCはハイスペックです。
それらに該当しないものは、適当に選びます。
私がよく失敗するのが、旅館選び!おお、良さそうだなと思ったら変なとこだったのが多々あります。
最近は旅行時は「ビジネスホテル」に泊まるようになりましたね。これなら外れが少ない。食事と温泉は外で済ませます。
2007/9/8(土) 午前 11:21 [ wakopuro ]
途上国で「チョイスがほとんどない」というのを見ていると、まさに"DEVELOPMENT AS FREEDOM"と思いますけれど、主体的ではないチョイスの強制は苦痛以外の何物でもないと…。 wakopuroさん、私も仕事では最低限のサービスで安いところを選びますが、旅行を楽しむとなるとこだわりたくなります。 今週、友人+娘の三人で周防大島と尾道で1泊ずつするのにずいぶん迷いましたが、結果オーライでした。 特に尾道の旅館の部屋の目の前の景色は、インターネットの写真や映画よりもよくて、また行こうと思っています。 「東京物語」の光景がまだ目にこびりついています。
2007/9/8(土) 午後 2:26 [ - ]
ふふふ、久しぶりにトラックバックさせてもらいますよ。私の記事は面白くないかも、ですが。
2007/9/8(土) 午後 2:50
先日読んだ重松清さんの『小さき者へ』という短編集の中に、「団旗はためくもとに」というお話がありました。その中に登場する、元応援団長だった父が、こう言うんです。「後悔しない人生なんて、どこにもないんだ。何をやっても絶対に後悔は湧いてくる。」ってね。それを読んでいて、私は、そうだよなぁ・・・って頷いてしまいました。人生の様々な場面で、私たちはいつも何らかの選択を迫られます。その時、誰かの決めた道を仕方なく選んでも、人のアドバイスを聞いて納得して選んだとしても、みんなの反対をものともせず自分の意志を通して決めても、その結果が思い通りのものでなかった時、後悔します。また順風満帆に良い結果が出ている時でさえ、自分の立ち位置が、ふと傾いて不安を感じた瞬間、「もしも、あの時別の決断をしていたら・・・」と、程度の差はあるけれど、後悔の念が湧いてくる。じゃあ・・・と、迷って迷って選択できなかったら、後悔しないかというと、選択しなかったことにやっぱり後悔する。だから、「適切なチョイス」ってもしかしたら至難の業なのかもしれませんね。
2007/9/8(土) 午後 4:39 [ プリンプリン ]
ただ、自分の人生の根本に関わるような、これだけは絶対譲れないという部分の「チョイス」だけは、後にたとえ後悔することがあっても、それを人のせいにだけはしないよう、じっくりと考えて選択したいものですね。ちなみに私は髪型なんかは美容師さんに丸投げします。「似合うようにしてください。」って。外食は、特に食べたい物がなければ、相手と同じものを頼みます。「私も、同じものを・・。」ってね。日々のチョイスは失敗してもたかが知れてますから、至極適当です。似合わない髪型でも三日も人に笑われれば、見慣れてくるものですしね。
2007/9/8(土) 午後 4:40 [ プリンプリン ]
Shirokaniさん、「choiceの失敗」ですか、昔は自分の不幸を「運命」とか「前世の業」とかのせいにしたんでしょうね。で、ソッチの方が同じ不幸、不運でも納得のしようがあるぶん、救いがあるかもしれません。「お前が間違ったチョイスをしたせいだ」と言われた日にゃ、また自分でもそう自分を責めた日にゃ、ダブルパンチです。こういうところが現代って生きづらいですよね。
2007/9/8(土) 午後 6:42
すたあびれさん、「物の多さがストレスになる」ってわかりますワ。情報とかもそう。「それらのモノや情報はワタシの生活や人生とにはカンケイありません」と開き直るだけの「不惑」にも達していないので。「公立の義務教育でもチョイス可」は絶対反対と最後に書こうかと思ったんですが、記事がダサくなりそうだったのでよしました。にもかかわらず先取りしてくださっていやあ、さすがだなあ。。。
2007/9/8(土) 午後 8:49
カルマトロンさん、「時間節約に貢献するかどうか」は私もポイントです。アイロンかけをしないですむ服というのもそのポイントからだし。「それらに該当しないものは、適当に選ぶ」という割り切りも現代生活を送るにはカギですね。こういうハッキリした基準と割り切りってわりと男の人に固有なんではないかという気がします。
2007/9/8(土) 午後 10:02
axbxcxさん、チョイスがほとんどない人生というのが日本でもつい最近まで主流だったのではないかと思いますよ。「ほどほどのチョイス」ってムリでしょうかね。ケータイなんかでも使いこなせない機能がいっぱい出てくると、「こんなにチョイスがあるのにキミは電話をかけることにしか使わないのかい」なんてケータイに囁かれてる気がして、ストレス感じます。。。旅館は「1泊9800円、イセエビ付き」なんていうのを選んでいつも失敗しています。3万円以上出さないといけないのかなあ。。。そうすると「高いからやめとくか」となってしまうんですよね(経済観念から逃れられない女。。。)
2007/9/8(土) 午後 10:07
この人を見よさん、いや、面白かったっすよ!
2007/9/8(土) 午後 10:08
プリンプリンさん、そうですよね、髪型なんて美容師さんに丸投げしていいんです。でも最近の職業人は丸投げを嫌いますね。それで「似合うようにしてくれって言ったのに、似合わないじゃないよお!」なんてワガママ言う客がいるから。重大な決断をするときは、どんな結果になろうとも自分はそれを引き受けていく覚悟があるか、とまず問います。たとえば軍備を持たずして北朝鮮のミサイルが飛んできたらどうする、みたいな決断です。「死ぬのを覚悟しましょう、そのかわり殺すことはしない」みたいな究極の覚悟で、「自分」の究極の選択が問われますね。つまり「不運」をも引き受けていく覚悟があるかどうかが「どう転ぶかわからないチョイス」のどれかを選び取るカギになる気がします。
2007/9/8(土) 午後 10:14
Starさん、携帯は嫌いなので持ってません。 ステレオ(古い!)は真空管、車はツイン・キャブです。 iPodは初代。 でもデジカメは魚眼レンズまで買ってしまった…。 実は尾道で平日1万5千円の割烹旅館(建てられたのは明治)に泊まりました。 でも東京だったら料理だけでその値段かなと思いました。 料理が7,200円(タイの刺身、メバルの煮付け、雲丹ご飯など)、朝食1,200円(食べ切れませんでした。あじの一夜干しと出汁卵が美味しかった)ですから、素泊まり6,800円相当ということになります。 目の前は尾道水道で、本当に最高の景色でした。 ブログに写真載せますが、大林宣彦の「ふたり」や「あした」にその部屋が出て来ます。(特に大林宣彦ファンと言う訳ではありません。ただ尾道の景色が好きなので観てました。) また行きたいと思っています。
2007/9/8(土) 午後 10:51 [ - ]
axbxcxさん、「ステレオ」なんですね。私はiPodもデジカメも持っていません。食事つきで1万五千円で景色最高だったら私も泊まりたいです。
2007/9/9(日) 午前 7:42
あえて選択したくないときもあるし、与えられた選択肢そのものがすべて気に入らないこともあるし、選択の自由がない社会のほうが、何ごとも我が運命とあきらめて、妙に悩まなくてもいいかもしれないですが、それでも、やはりあれこれと迷いながらいろいろ選択できる社会のほうがいいのだと思います。
私は、あまり迷わなくなりました。たぶん、もう悩むのが面倒なのでしょうね。歳だもの。
2007/9/10(月) 午後 7:37
うしどしさん、そうですねえ、選択に悩む必要がなかったら、わたしなんかは息苦しいかもしれません。「悩むのが面倒なトシ」…わかりますわ。「何に選択の労を投入するか」もまた一つの選択かもしれませんね。全ての事柄に詳細なリサーチをして選べるワケじゃないんだから。
2007/9/11(火) 午前 0:20
チョイスするストレス。確かに、そうですよね。。
チョイスを迫る側は、チョイスされることで儲かる場合が多いから、マイナス要素についてはなるべく触れない・・このからくりに気づかないと、大きな落とし穴がまっていたりするのが今の世の中の怖いところ。私みたいなおばさんになると適当な勘でばっさばっさと断りまくれますが。。若い人には結構危険いっぱいの世の中かも。。
2007/9/12(水) 午後 8:52
内緒さん、「ドウデモヨイ袋」っていいですね。私もその袋用意しよう(笑)。その袋をビリビリにしようとする詮索はうっとおしいですね。そこを涼しい顔で通り抜ける大人に私はなりたい。
2007/9/12(水) 午後 9:00
ぱーぷるさん、内緒さんの「ドウデモヨイ袋」といい、「ばっさばっさと断りまくる」といい、それだけの「勘」と自信を育てるまもなく氾濫するチョイスに絶えず迫られている若い人はけっこう大変だなと思います。
2007/9/12(水) 午後 9:02