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「真実」に背を向けない勇気 日本人ジャーナリストがまたしても犠牲に…。 反政府デモが続くミャンマーの首都ヤンゴンで27日、AFP通信社の日本人フリージャーナリスト長井健司さん(50)がミャンマー軍の狙撃を受け、同日死去した。当初は流れ弾に当たったとされていたが、FNNが同日夜に配信した映像には、長井さんがミャンマー軍兵士に狙い撃ちされ倒れるショッキングな映像が流れていた。 ********************************************************************** またしても日本人ジャーナリストが犠牲となった。2004(平成16)年5月にイラクでテロ攻撃により死亡した橋田信介さんに続く悲報。その2人共がフリーのジャーナリストであった。彼らは大手通信社に安い値段で雇われ、かつ世界でもっとも不安定な場所に取材へ向かわせられる。記事一本のギャラも低い。TBSラジオ「バトルトークラジオ・アクセス」に出演した金曜パーソナリティの二木弘孝氏は「彼らは決して裕福ではない。誤解してはいけない。」と何度も訴えた。 ********************************************************************** そんな思いをして、なぜ彼らは取材をして伝えようとするのだろうか?。 橋田さんや長井さんは「真実」に背を向けない気持ちが強かったのだろうか。 橋田さんは山口県宇部市出身。高校卒業後に郵便局員となるが、後に法政大学二部文学部を卒業後に、日本電波ニュース社の記者に。その後はふるさと宇部へ帰り、地元紙・宇部日報の記者をしながら諸外国への取材を請け負った。特にイラクでは、戦争の被害で目が不自由な少年の来日運動を支援するなど、今直面する問題を直視して訴え続けた。長井さんもAFP通信社と契約してアフガニスタンやイラクに何度も取材へ出かけていった兵であったと言う。二人がアフガンやイラクで見たものは、日本のニュース映像に写る物より凄惨で絶望感に満ちたものだったろう。それでも「命を掛けて」伝えたかった物とは「真実」その物…今世界で何が起こっているかだろう。命がけで撮ってきたニュースソースを平然と編集し、何事も無かった様に写す日本のマスゴミにジャーナリスムを語る資格など無い。命に替えて伝えようとした尊い二人のジャーナリスト精神は、我々ブロガーの手本であると言えよう。 二人の死に酬いる事は「真実の追求」を辞めない事 私達は、時として権力や社会のしがらみの中で真実を追究しなくなる事がある。真実から目をそむけようとすることがある。幾度と無く筆を折られたジャーナリストも少なくない。我国において、つい最近までジャーナリズムは権力の太古持ちの役割をしてきた。しかし橋田さんや長井さんは、今世の中で何が起きているのかを目をそむけるどころか伝え続け「真実の追究」を辞める事は無かった。その結果、私達はマスコミから限定的ながらも伝えられる「真実」を目の当たりにすることが出来たわけだ。残念ながらその代償として「命を掛ける」事にはなったが、その行動に私達ブロガーは学ぶべきでないだろうか。彼等のように命まで掛ける必要が無いのなら、より「真実の追究」をして少々過激でも「真実を求める声」を出し続けるべきではないだろうか?。 多くのブロガーに、私は訴えたい。 二人を顕彰する報道表彰の新設を 二人のジャーナリストの行動は、如何なる武器や弾圧に対しても屈しない日本人ジャーナリズムの毅然とした態度を世界に示したと言って過言ではない。 もし日本のマスコミに、今回の彼等の勇気ある活動を後世に伝えたい思いがあるなら、橋田さんや長井さんを顕彰するジャーナリストへの表彰制度の新設を求めたい。言わば「日本版ピューリッツア賞」である。何のために命を掛けて訴えたかったのか…二人が真実を求めた願いを後世へ伝えるんべきではないだろうか。 合掌
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こちらは堀端さんからの転載記事です。先日、辺見庸の『今ここにあるという恥』という本を読みました。写真を撮るということ、書くということの意味を考えました。
2007/9/30(日) 午前 7:04
ほんと、”ジャーナリスト”が真のニュースを伝えなくては、この世は、闇に包まれてしまいますね。
2007/9/30(日) 午前 10:08
久しぶりに東京の友人宅のTVでスーチーさんを見て「あれ、まだこの人拘束されてるの?」とびっくり。私が子どもの頃からずっと軟禁状態なんですよね、確か。
それはさておき、国の機関は「真実を伝える」ジャーナリストなんかあまり顕彰したくないんじゃないですか(苦笑)。マスコミにとっても下請けくらいの感覚でしょうし。我々が地道に語り継いでいくしかないようですね。
2007/9/30(日) 午前 10:45
合掌。ショックです。自分の死をもって真実を世界に伝えることになるとは…いろいろ考えますが、言葉になりません。深く心に刻まれました。
2007/9/30(日) 午後 0:57
長井氏はとても人柄も人格む的にも優れたフリージャーナリストと聞いています。彼の死を恐れない不幸の場面に立ち向かう勇気と正義心を知り、今回の不幸に日本が先頭にたって国際社会を揺り動かしミャンマーの民主化のため経済制裁を含め働きかけてほしい。
2007/9/30(日) 午後 4:10 [ kabanotakara ]
kokoさん、堀端さんが記事の中で書かれている、「命がけで撮ってきたニュースソースを平然と編集し、何事も無かった様に写す日本のマスゴミ」という告発にも考えさせられました。それでも長井さんのような人がいるから、私たちに「真実」の一片が伝わるのですね。
2007/9/30(日) 午後 7:44
CKさん、「国の機関は「真実を伝える」ジャーナリストなんかあまり顕彰したくない」「マスコミにとっても下請けくらいの感覚」ざんねんながらそのとおりですね(苦笑)。。。
2007/9/30(日) 午後 7:50
ももけろさん、写真を撮ろうとして狙撃される自分自身が被写体となり、その写真そのものがビルマの圧制を伝えることになるとは。。。
2007/9/30(日) 午後 7:54
kaba先生、東京新聞には外務省は「日本国民の国民感情を刺激し」と見当違いなコメントをしていました。「同じ日本人」であるより前に「ビルマの民主化をねがった人」として、おなじ願いを持つ一人一人ができることをしていきたいと思います。その手段として日本政府に働きかけることも。下の記事に緊急署名のサイトをTOCKAさんが載せて下さっています。
2007/9/30(日) 午後 7:59
橋田さんが亡くなった時も衝撃的でした。
1週間くらい前にテレビにでて「イラクに行く」と話せれていたのを
見ていましたから・・・
今回もショックです。
しかしながら、こういう方がいらっしゃる。。。という事が
明日への希望でもあります。
できることから やって行きます。
2007/9/30(日) 午後 8:10
すたあびれさん、そうですね、「希望」って人にどうやったら与えられるのだろう、とこの「希望」のない今日の日本をみながら考えるのですが、たとえあえなく死んでも真摯に生きた人はこうやって人々に希望を与えていくのですね。
2007/9/30(日) 午後 9:31
starさん、こんばんわ、どこの国でも政府に都合の悪い事は、調べられたり報道されたりするのは困ると思います。だから武力を使ってでも政府は闇に葬りたいのでしょう、日本でもこういうジャーナリストの人がいるから、ミャンマーの政治弾圧の事などわかると思います。日本でも戦前は治安維持法や行政執行法などで国民を弾圧していました。また日本の隣国の某国などは政府批判しただけでも重罪です。今回長井さんが亡くなったのは本当に残念でなりませんがこういう人たちにもっとジャーナリストとして世界中で活躍して欲しかったです。
2007/9/30(日) 午後 9:51 [ s_m*k*cho ]
s mikachoさん、軍事政権が国民を抑圧支配しているだけなら、北朝鮮と同じで私たちには国民の息遣いは伝わってこなかったと思うのですが、立ち上がった僧侶、命がけで報道しようとした長井さんらのおかげで、ビルマの人たちの叫びが伝わってくるのですね。
2007/10/1(月) 午後 11:20
長井さんが契約記者だったということが悲しいですね。
2007/10/2(火) 午後 5:39
本当にショックでした。今のニッポン、マスコミの問題点は色々あるでしょうが、記者クラブ制度は諸悪の根源の一つでしょうね、お上から降りてくるネタをただ垂れ流すだけ、その中味は政府によって都合の悪いものはふるいにかけられた一面的な内容、それにマスコミの側が求める視聴率や部数なんて意識が加味されて、さらに内容は空疎なものに。権力の暴走に抗う野党的な立場であるべきマスコミが、最近は単なる政権与党の提灯持ちに堕していますからね。それと比較しても橋田さん・長井さんはジャーナリズムというものを純粋に追求・体現していた方々だったと思います、少しは今のマスコミも二人を見習うべきではないでしょうか。
2007/10/3(水) 午後 11:02