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「自己責任」という言葉にいつも引っかかりを覚えていた。この言葉が流布したのは、高遠さんたちがイラクで人質になったとき、「イラクの現状を知っていながら政府の止めるのも聞かずに行った自分たちが悪いのに、救出のための費用に税金を使うなんて!」という非難の嵐の中だった。数年後、姉歯容疑者が設計した欠陥マンションを買った人は不運だけど、そんな安いマンションを安い安いと喜んで買った自分が悪い、自己責任だ、と知り合いの国土交通省の役人は言った。自己責任という言葉は、「人生何が起こるかわからない、選択の結果がどうなるかわからない、ひとつのことを選択するのはその選択の結果をできるかぎり見据えた上でのことであるべきであり、選択したことの結果がどうであれ、それは自分自身の責任として引き受けなくてはならないのだ」というような意味合いで使われる。たとえば結婚した翌日に配偶者が事故死してしまったり、買ったばかりのマンションが地震で倒壊してしまったりした場合にも、そんな配偶者を選んだ責任、そんな場所にマンションを買った責任は当人にある、という具合に。 発行した学級通信が保護者にどのように受け止められるかはわからない、自分の発した言葉が意図しなかったし予想もしなかったような意味に受け取られ、トラブルを起こしたとしても、それは自己責任だ、と考えて、今改めてこの言葉について考え込んでしまった。副校長の言うように、たしかに言葉は独り歩きする。こちらが意図したようには言葉を受け取らない読者もいるのだ。その反応のすべてを予測し、トラブルのないようにと考えれば、黙り込むしかない。あるいはけっして言葉尻をとられないようなあたりさわりのない言葉を連ねるしか。学校が「責任」を取らされる時代だから、言葉にも慎重でなくてはならないのだ。 「責任」という言葉は本来そういう意味だったのだろうか。「責任」は英語でresponsibilityすなわちresponse(応答)のability(能力)である。神の呼びかけにたいして応答する能力、というのがresponsibility(責任)という言葉の本来の意味だったのだ。神の呼びかけは私が望んだことではないし、選んだことではない。しかし呼びかけられた以上、応答する責任があるのだ。いや、応答できる存在であるからこそ、人間はいかに生きるかということに責任を担うのである、と。 responsibility(責任)は、この言葉の本来の意味合いにおいて、私たちが世界にたったひとりで投げ出され、孤独のうちに「負う」ものではない。呼びかける者があり、その呼びかけにたいして応えるという関係性の構築こそが「責任」である。私たちと関係を持とうとする者があり、そのオファーを引き受けることが「責任」なのである。したがって孤独のうちに放り出されている者には「責任」はない。手を差しのべられ、愛されているからこそ、またその愛に応えうる存在と期待されているからこそ、「責任」が生じるのである。 責任をとらされることを怖れて、なるべくかかわりを持つまいとする風潮を見るにつけ、responsibilityについて考える。責任は本来応答であり、言葉もまた本来、対話であった。ソクラテスもイエスも書き言葉を自分自身では残さなかった。生きた具体的な関係の中でのみ言葉を発した。言葉が通じなさそうな相手には、イエスは比喩でのみ語った。「誰が読むかわからない言葉」と「生きた関係性や文脈から切り取られた言葉」には責任の取りようがない。 「自己責任」「学校の責任」、なんだかつらくなる言葉だ。責任を引き受けることがお互いのかかわりを深め、対話を深めていくような、そんな社会にしていくにはどうしたらいいのだろう。 ※高遠さんたちは、イラクの人々からの呼びかけに応えたのかもしれない、人質になった高遠さんたちを「自己責任」という言葉で切り捨てようとした多くの日本人の方こそ、他者と世界への関心を閉ざし、呼びかけに対する応答を怠ったという意味で、「責任」を放棄したのではないかとも考える。
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starさん、私は不適切な行動だったからこそ、批判が大きかったのだと思います。一人の不適切な行動のために、国の方針を変えるべきだという意見には賛成できません。
2007/11/6(火) 午前 5:32 [ いとへん ]
アオネコさん、日本政府は高遠さんたちを、即座に見捨てたわけではないですよね?ただ、渡航自粛勧告を無視して入国したのだから、救出オプションに、ある程度の制限があるのは仕方ないと思うのです。
当時は、赤十字でさえ襲撃され、派兵の有無に関わらず外国人なら襲われるような状況です。NPOの活動は重要だと思いますが、そのような状況で入国するのは、無謀な行動でしかありません。
2007/11/6(火) 午前 6:05 [ いとへん ]
いとへんさん、そりゃわかってるんですが。。。
2007/11/6(火) 午後 10:14
starさん、こんばんは。いとへんさん、でもあの時点で、はっきりと(軍隊を撤退させない)態度を表明したのは「助ける気はない」と言ったのと同じだ、と国際社会では判断するんですよ。特にバーレーンの外交官(日本人)が、日本の常識は非常識だ、と怒っていましたね。高遠さん達が無事だったのは、あの時点ではまだ日本人が「中立」である、とイラク社会の人々に思われ、救出の援助があったからです。日本政府の「努力」では全くありません。しかも、帰ってきた彼女達への非難の強さゆえ、名誉を重んずる中東の人々は、日本人は救出より死を尊ぶと思い、以後協力してくれませんでした。それでも、見捨てたわけではない、と?
2007/11/7(水) 午前 0:29 [ アオネコ ]
誘拐は、いなかる理由があるとも、犯罪です。犯罪者の要求に無条件で従うのが、世界の常識でしょうか?
先日、韓国人宗教団体メンバーが、誘拐されましたが、韓国軍も撤退していません。
以前、日本赤軍ハイジャック犯の要求に従い、受刑者を超法規的処置で逃した際に、国際社会から激しい非難を受けた覚えがありますが、私は犯人の要求を聞いた時、最初にそれを思い出しました。
2007/11/7(水) 午後 9:45 [ いとへん ]
starさんこんばんは。いとへんさん、よく読んでください。「表明したのは」と私は書いていますね。実際に撤退させろ、と言ったわけではありません。交渉すら拒否しておいて、「助けようとした」などとどの口で言えるのか、と日本政府の厚顔無恥が恥ずかしかったです、ものすごく。日本は人権など一顧だにしない国だと国際社会に向かって証明したようなものですから。因みに外交力の無さに逃げるのも、みっともないと思いますが。
2007/11/8(木) 午前 1:52 [ アオネコ ]
撤退しないまでも、カードとして温存しておく方法もあるかとは思いますが、変に期待を持たせても逆効果になりますし、同様の犯罪を誘発するきっかけになる恐れもあります。
犯人の要求を呑めば、三人は助かるかも知れませんが、別の犠牲者が増える恐れがあることを、忘れないでください。
それから、犯罪者と交渉するのを、外交とは言いません。
2007/11/8(木) 午後 0:40 [ いとへん ]
うーむ、笑い事ではありませんが「犯罪者」の定義は難しいですねえ。 「戦争」の定義も難しいし、「テロ」の定義はもっと難しいですが…。 そう言えばフィリピンは人質解放のためイラク駐留部隊撤退の要求を呑んだと記憶していますが、それでその後何か悪影響がありましたっけ? 話題にもならないのでフォローしていませんでした。
2007/11/8(木) 午後 1:08 [ - ]
starさん、こんにちは。外交でも交渉でもいいですが、いとへんさん、私はそういう言葉遊びをしたいわけではないのですが。交渉すらまともに出来ない国に外交力を求めても無駄、という意味なら了解です。axbxcx2さんの参考になるかどうか分かりませんが、こういう所がありましたので、張っておきます。
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm
少々古い(2005年)ですが撤退国の一覧もあります。
国益の考え方の違いが「国民性」ならば、国際社会から非難轟々だったと思うのですが、私は聞いていません。フィリピンと日本の違いは、自力で勝ち取った民主性か、もたらされた民主性か、という事かと思います。
2007/11/8(木) 午後 2:47 [ アオネコ ]
アオネコさん、クリックしたらいつも読んでいるところだったので間違ったかと思いました。 今を去ること25年前、そこに就職することを考えていたくらいで、よく存じ上げていますし、私の書いたものも載ったことがあります。 フィリピンについては、人質のために撤退しても、悪影響など何もなかったと思うのですが、念のためにああいう風に書きました。 出稼ぎのための年間出国者数が100万人を超え、うち約半分が中東ですから、当事者意識も違うでしょう。 私も海外出稼ぎ業ですから、自分に何かあったときに国はどんなことをしてくれるかという視点で見てしまいます。
2007/11/8(木) 午後 6:43 [ - ]
starさん、こんばんは。axbxcx2さん、そうですか、これは失礼いたしました(^^;。博学なaxbxcx2さんの事ですから、ご存知の可能性は考えて書いたのですが、やっぱりそうでしたかm(__)m。ついでにいとへんさんもご覧になるといいなーというくらいの気持ちで、張ってみました。自分で調べずに表面的な情報を鵜呑みにしてしまうのは、最近の日本人の悪い風潮だと思います。axbxcx2さんの就職先候補だったのなら、結構信頼度高、と思いました(^^;。いやー釈迦に説法はするもんじゃない(あ、キリスト教系のブログで、すいませんm(__)m)ですね。
2007/11/8(木) 午後 8:14 [ アオネコ ]
アオネコさん、リンクを貼って下さってありがとうございます。精力的なサイトですね。色んな記事、時間のあるときに読ませていただきます。
2007/11/8(木) 午後 9:12
(つづき)「釈迦に説法」なんて言っていいんですよ、私のブログでは。わたし、原理主義者じゃないですから(笑)。
2007/11/8(木) 午後 9:14
アオネコさん、ご紹介先のリンク拝見しました。自分で調べず・・・と言われそうですが、撤退国の一覧が見つかりません。(>_<)
今、ちょと時間が無いので、教えていただけると助かります。
他の記事もちょっと見ましたが、いろんな意味で面白いサイトですね。
2007/11/8(木) 午後 9:43 [ いとへん ]
アオネコさん、いえいえ、青山さんのところだったので、思わず笑ってしまっただけです。 私、知識はありませんが、好奇心は旺盛なので、ついつい調べてしまいます。 表面的な情報であることに変わりはないのかも知れませんが、インターネットでかなりの満足は得られています。 魚住昭の「渡邉恒雄 メディアと権力」、夏から机の横に積んであったのですが、今回の小沢騒動でようやく読み始めました。 こういう人たちが、料亭で物事を決めるのは、これが最後にして頂きたいものです。
2007/11/9(金) 午前 0:20 [ - ]
starさん、こんにちは。いとへんさん、この↓辺りでいかがでしょう。
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-col128.html
http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/col-war003.html
上記のところがフィリピンの当時の論調で、下記が撤退国一覧です。
2006年版に更新されたようですが。お忙しい所、不親切なご紹介で申し訳ありませんでしたm(_ _)m。実は、上記のhttpで貼り付けたつもりだったのですが(^^;。「渡邉恒雄〜」面白そうですね、axbxcx2 さん。あの人は何でも他人の人生をつまらなくさせるのが得意なようです。そろそろ世代交代、もしくは下克上があるといいのですけども。
2007/11/9(金) 午後 3:23 [ アオネコ ]
リンク、また早い時間に(笑)読ませていただきますね。もう「明日」だ(笑)。
2007/11/10(土) 午前 0:19
以前,高遠さんの講演の司会をしたことがあります。
その講演の第1声は,「ご迷惑をおかけしてすいませんでした」でした。
すいません。。。って,そんなことないのに。。。と思いましたね。
イラクの人たちを思うといても立ってもいられなかった,
そういう勇気をもつ人たちを非難するようでは。。。
私こそすいません。。。って感じでした。
講演の後で,高校生との対談が行われ「意味のある死」とは
あるのかないのか,という話をされました。
2007/11/10(土) 午前 10:19
アオネコさん、ありがとうございました。
週末から出かけていて、お返事が遅れました。これからよく読んでみます。とりあえずお礼まで・・・
2007/11/11(日) 午後 11:55 [ いとへん ]
ちょっと忙しくて、レスする時間が取れませんでした。
ここで意見を書いても、誰も見てないかもしれないので、ここの話とからめて「大人の憲法」の方にレスします。
なんか、火を付けときながら、中途半端に終わって申し訳ないです・・・
2007/11/14(水) 午後 11:47 [ いとへん ]