| 内田樹はなんだか気が合うと思っていたら、こんなことまで書いていたのだ。(「『おじさん』的思考」晶文社、あとがき)そういえばレヴィナスの研究をしてるんだった、レヴィナスは聞いたことはあるけど読んだことはない。内田さんはクリスチャンじゃないんだろうけど、こういうのを読むと、多くのクリスチャン以上に自分と通じるなあと思ってしまう。(もしかして私の方が「クリスチャン」じゃないだけかもしれないけど。) |
| 「不在なる神を待ち望む」っていうのは私が哲学科の卒論で選んだシモーヌ・ヴェーユの代表作のタイトルでもある。私がクリスチャンであるギリギリの線はここなんである。ここを超えると私は「ついていけない」のである。で、たいていの教会はここを超えちゃってるので、「ついていけない」のである。 |
| 「神の不在」っていうのは、悪いことした人が天罰も受けずにのうのうと甘い汁を吸って生き続けていて、善人が泣きを見るような社会に私たちは生きてるってこと、「神も仏もない」ってことである。古今東西人間はその理不尽を解消するために「死後の世界」をこしらえあげて、善人は極楽へ行って、悪人は血の池地獄で苦しむというふうに考えようとしたんだと思う。だってそうでもしないと納得できないもの。 |
| だけどレヴィナスは神や仏が「よいことをした人間には報償を、悪いことをした人間には罰を下す存在」、「正義の配分を行う存在」なんだとしたら、神や仏っていうのは人間をずいぶん幼児扱いしてるんじゃないですか、と言うのだ。(レヴィナスはユダヤ人なので「仏」のことは言ってないけど。)そして神っていうのは正しい人が苦しんでいるのを救いに来るんじゃなく、善が勝利し得ない世界における受苦を通して、「地上的不正の責任をすべておのれの身に引き受けるような人間の成熟をこそ要求する」のだと言う。内田さんはレヴィナスを解説する。 |
神に真に神的な威徳があるとすれば、それは「不義なるものが勝利し、義人が受難する」ような状況のもとでも、「人間が人間に対して犯した罪は人間が償う他なく、神といえども人間が人間に対して犯した罪を償うことはできない」と断言できるような、自立した人間の成立を要求したことである。
| クリスチャンは「復讐」を神の領分だと考える。「自分で復讐しようとしてはいけない、復讐は神様のなさることだ」…そんなあからさまには言わないけど、「裁き」ってそういう発想だ。では「償い」はどうなんだろうか。イエス=キリストの十字架によって私の罪も他人の罪も償われたと考える点で、「償い」も神の領分としてしまっているのではないだろうか。 |
| 私にはレヴィナスと内田さんの言うことの方がしっくり来る。償いは「私」がする他はないのだ。日本人が戦時中にアジア諸国に対してしたことは、日本人自身が償うより他にない。では十字架はナンなんだと言われるかもしれないけど、十字架は「受苦」の象徴なんだと思う。他人の犯した不正は、私に苦しみをもたらす。規制緩和のせいでワーキングプアに転落した人たちとか、日本軍に踏みにじられた人たちとか、いじめられてる中学生とか。その苦しみゆえに私は「世界の不正」をヒシヒシとこの身体で感じ取るのだし、他者の苦しみをもかろうじて想像することができるんではないだろうか。そういう人間の立場に身を置くために、イエスは十字架にかかったんだと思う。 |
| で、「世界の不正」は正されなければならない。神は世界の不正を容認してなんかいないと思う。ただ、世界の不正を正すのは神じゃなくて人間がしなければならないことだ。神が「万能の存在者」として世界の不正を正すのはある意味カンタンなことだろう。「怒りの神」は怖いから、どんなに権力を握り、威張って自己チューに振舞ってる人間だって、ひれ伏して、「ひぇ〜、ごめんなさい、もうしませんからおゆるしください」って謝るだろう。私だって子供の頃、父親に殴りつけられたときは、悪かったと思おうが思うまいがとりあえず謝ったし。だけどそれは心からの謝罪にはならないのだ。「心からの謝罪」は弱き者、権力を持たぬ者、ナメても大丈夫な相手、「謝らなくてもべつにソンしない相手」にたいして初めて行われるものだ。だからイエス・キリストは「十字架から飛び降りて自分を救う力さえも持たない無力な者」となって、「謝らなくてもべつにソンしない相手」を演じたのだと思う。 |
| 私たちが謝るべき相手は、絶大な権力を持った旧約聖書のヤハウェではなく、この十字架上のイエス・キリストだ。だからイエス・キリストを再び金キラキンに飾って礼拝しちゃっちゃ、せっかくイエスが「謝らなくてもべつにソンしない相手」を演じた意味がなくなっちゃうと思う。祭壇を飾るヒマがあったら、「いつもボーっとしているバイキンの山田君」に「おはよう」のひとつでも言ったほうがいい。自民党にテロ特措法に反対するメールを送るとか。あっめっちゃクリスチャンから反論食らいそう。。。 |
| かまわずに続けると、「世界の不正を正す」っていうのも、ヤハウェのような権力者として恫喝して正すんじゃなくて(アメリカは恫喝してるな、イラクとかアフガニスタンとかを)、十字架上のイエスのような「不正を自分の身に受苦として引き受けているような弱き者、非力な者」として正すんである。もちろんそういう非力な者が「不正を正そう」なんてすると、ますますバカにされたり、嘲笑されたり、よけいイジメを受けたり、脅されたりすごまれたりするだろうけど、めげない。「ボクをいじめるな。いじめられるとボクは痛いんだ。ボクをいじめて喜んでるキミらの気持ちがボクは痛いんだ。」というふうに言って「不正を正す」のだ。もちろん時にはめげるけどまたヨロヨロ立ち上がるっていうのがレヴィナスのいう「人間的成熟」ってことだと思う。居丈高にもならず卑屈にもならず。 |
| 私は神さまを信じてるんでしょうか。信じてるんだと自分では思うんですけど。。。 |
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ラキヤさん、う〜む。。。数学のできる人にはコンプレックスがあります。ヴェーユですら兄のアンドレにコンプレックスを抱いていたそうだし。。。
2007/11/17(土) 午前 0:02
Starさん、そりゃアンドレ・ヴェイユなら。 アンドレはあまりシモーヌ・ヴェイユの話をしたがらなかったと書いていたのは小平邦彦だったでしょうか。 数学も究めると哲学という話もありますが、私にはわかりません。(^_^;
2007/11/17(土) 午前 0:56 [ - ]
starさん、哲学科でいらしたのですね。。だから深いわけだ・・・
神にゆだねてしまう生き方のほうが100倍楽チンであるでしょう
そういう生き方をしたい人を責めることはできないかなあ。
でも、今の悪者に石つぶてをぶつけるような社会の動きは嫌だなあ。安易な叫びや行動じゃなく もっと地道に 考え行動することが必要なのだと思っています。
2007/11/22(木) 午前 9:51
うーん、コンプレックスなんて、そんな必要は無い気がします。数学を生業にしている人達は、優秀な程、目の前の玩具(数学的対象)を楽しくて朝から晩まで弄り続ける集中力があるし、その最たる人がアンドレ・ヴェイユさんなのだと思います。もしアンドレさんが「怖い」と感じるならば、それは彼の時代背景にも寄るのかもしれませんね。勿論、彼の数学は、20世紀最大の数学者だと評されても疑問の余地は無い位に創造的でスゴイです。後学の人達は気軽に彼の数学はこれとこれ・・・なんて話せますが、ある意味私達は理解出来ていないと思うのです。具体的内容は避けますが、彼の数学は、その後、岡潔・セール・グロタンティエク等の仕事の積み重ねによって、ある種の言語が分かれば泥臭い部分を見ないで一応内容を把握出来た気分になります。しかし、実際には泥臭さへの十分な理解が無いと、やはり彼等の仕事の本質は理解出来ない気がします。
2007/11/23(金) 午前 11:53 [ hajmo_rakija ]
数学を究めると哲学という人達もいますが、多分、それは単に数学的対象のスゴサが一般の人達に紹介したくても出来ず、「兎に角、美しいんだよ♪」としか言えない側面を哲学のように捉えるのか、数学的思考方法の物事を単純化して本質を探る部分をそのように捉えるのか、はたまた、理路整然と正論を積み重ねる事が得意な部分をそう感じるのか、一寸分かりませんが、そんなに取っ付き難いものでもないと思います。
身近なスポーツで喩えると、野球のイチローのプレイを見ている分には「彼がスゴイ。」のは誰でも分かるけど、彼が日々精進している日常生活は早々真似出来ない。数学と野球の違いは、数学のスゴサは野球のように誰にでも分かる形で紹介は出来ないけれど、兎に角、スゴイ。両者に共通しているのは、何れも日々精進していないと、そのスゴサを体言する事は絶対に出来ない。
数学者の方がスポーツ選手とは違い、周りに言い寄って来る人達がいない分だけ幸せかもしれませんね。
以上、訳の分からない事を書きました。スイマセン。
2007/11/23(金) 午前 11:54 [ hajmo_rakija ]
axbxcxさん、へえっ!アンドレはあんまり妹の話をしたがらなかったんですか、なぜでしょうね。兄妹仲はよかったと聞きましたが。
2007/11/23(金) 午後 11:12
ぱーぷるさん、私の頭はあんまり哲学向きじゃないです。平均よりは哲学的かもしれないけど、哲学科ってとこには難解な哲学を自在に操るオソロシイ人たちがいました(笑)。私が哲学科で何を身につけたかというと、ファナティックになるのに水を差す態度かなあ。宗教にしても「正義」にしても、ファナティックな陶酔ってついていけないんです。
2007/11/23(金) 午後 11:18
ラキヤさん、訳のわからない「スゴい」コメントありがとうございました(笑)。数学好きな人ってホントに好きなんでしょうね。昔の同僚の数学教師は休日にはお気に入りの喫茶店で朝から数学の問題を解いているのが至福の時って言ってました。私は理系はニガテだったけど、数学は物理ほど嫌いじゃなかったんですよ。「至福の時」は感じなかったけど(笑)。
2007/11/23(金) 午後 11:25
Starさん、すみません。 ちょっと調べてみたんですが、どうやら勘違いだったようです。 何しろ30年以上前の話なので…。 「愛と死のパンセ」(1969年)のあとがきで訳者の野口啓祐は、数学者弥永昌吉の話として、「兄妹共に気性の激しい性格の持主だが、アンドレは今日でも妹を深く敬愛し、クリスマスのプレゼントとして弥永教授にシモーヌの著書を贈って下さったこともあった」と書いていました。 失礼しました。
2007/11/24(土) 午前 0:43 [ - ]
いえいえ。
ところで、axbxcx2さん情報の小平先生がヴェイユのプライベートな事をコメントしたというのは勘違いだと思います。そのゴシップは小平先生にとっては全く関心の外だから。
小平先生の数学は少し勉強しました。リーマンロッホの定理や小平消滅定理等を用いて複素曲面を色々研究をされた方で、日本で代数幾何が栄えているのも、彼の影響が甚大です。この分野は高次元化の方向に進み、3次元の場合に森先生がFANOの研究からアイデアを色々と提供し、川俣先生がミニマムモデルプログラムを推し進めたり、特異点の研究が進んだりと、日本人研究者が多く活躍しています。
最近の私。リトアニアの大学生に数学の質問をされ、回答するのに暫し考え込んでしまいました。脳味噌は使わないと腐りますね。哀しい・・・。もう大学にいた頃は大昔。
2007/11/24(土) 午前 0:45 [ hajmo_rakija ]
axbxcx2さんから先にコメントがありましたね。失礼しました。
2007/11/24(土) 午前 0:46 [ hajmo_rakija ]
hajmo rakijaさん、いえいえ。 数学は全然わかりませんが、友人が親戚だったこともあって、小平邦彦が弥永昌吉の弟子かつ義弟だったこと、それからお二人ともプリンストン高等科学研究所におられたことは知っていたのです。 それでごっちゃになってしまっていました。 30年以上ぶりに「愛と死のパンセ」を引っ張り出しました。
2007/11/24(土) 午前 1:16 [ - ]
axbxcx2さん、共通の知人がいるのかも・・・。その先生は定年退官で私大に移られたと、電車内でバッタリ会った時に聞きました。小平先生がプリンストンから東大に移られた頃、私は生まれました。時代の流れは早いですね。
ところで、ドウデモヨイのかもしれませんが、私の上のコメントでFANOと書いていますが、有理曲線と言い直した方が良いかも♪間違いではないですが、FANOというとFANOの大家である向井先生を思い出すので。
日本の数学は世界に冠たる文化です。エッヘン♪
2007/11/24(土) 午前 10:45 [ hajmo_rakija ]
hajmo rakijaさん、私の友人(幼稚園と高校で同級)は残念ながら特別数学ができた訳ではなく、ポルトガル語を教えています。 プリンストンで思い出すのが映画"Beautiful Mind"(最後のノーベル賞受賞記念のスピーチが実際にはなかったと知ってガッカリしましたが…)、そしてフォン・ノイマンが蜂の飛んだ距離を計算した話。 まあ単なる作り話かも知れませんが…。 「日本の数学」、確かにそうだと思います。
2007/11/24(土) 午後 2:59 [ - ]
ラキヤさん、axbxcxさん、なんだかお2人ですごい話してらっしゃいますね。axbxcxさん、ヴェーユの「兄妹共に気性の激しい性格の持主」だったってなんだか可笑しいです。そういう形容されるといまさらに。
2007/11/24(土) 午後 11:14
ラキヤさん、「リトアニアの大学生に数学の質問をされた」ってすごいですね。リトアニア語で数学を語れる日本人って日本に5人もいないでしょうね(笑)。
2007/11/24(土) 午後 11:16
いいえ、勿論英語です♪(リトアニア語は全然出来ません。)ちなみに彼女はかなりの秀才で、独学で学んで、日本語も話せます。日本で数学が出来る日本人でリトアニア語が出来る人。先ず間違いなく、ゼロですよ。
2007/11/25(日) 午前 1:22 [ hajmo_rakija ]
蜂の飛んだ距離ですかぁ・・・。一定の軌道を繰り返し描きながら飛ぶ習性があるとの前提で、適当な確率分布を設定して距離を出すんですかねぇ・・・。
フォンノイマンと聞くと、コンピュータの基礎とか関数解析の基礎とか色々と仕事をした人だと思いますが、詳しくないので知りません。
starさん、全然大した事は言ってなく、野球で松井の打率はこんな感じで何だかんだと与太話を数学でしただけで、内容はありません。どちらかと言うと思い出話です。
大学在籍時の知り合いとかには読んで欲しくないなぁ・・・。
2007/11/25(日) 午前 1:29 [ hajmo_rakija ]
Starさん、私は算数なら結構得意なんですが…。 hajmo rakijaさん、フォン・ノイマンの蜂の話は下記にあります。
http://thesciencepundit.blogspot.com/2006/07/john-von-neumann-and-mathematicians.html
ついでに"A Beautiful Mind"のジョン・ナッシュの博士論文。 私にはさっぱりわかりませんが、hajmo rakijaさんなら…。
http://www.princeton.edu/mudd/news/faq/topics/Non-Cooperative_Games_Nash.pdf
2007/11/25(日) 午前 2:52 [ - ]
私もさっぱり分かりません。
2007/11/25(日) 午後 0:01 [ hajmo_rakija ]