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救いとは何か。自分が救われて天国に行くこと?教会はそのための場所ではないですね。「救い」とは「人間存在全体」のことで、「命」全体のことですね。そのためには「衣」と「食」と「住」と密接に結びついた此の世のことですね。精神はその中でついてくるものですね。イエスが今の教会を覗いたらなんと言うでしょうか。まるで別世界を見る思いでしょうね。
2007/12/9(日) 午後 10:23 [ kabanotakara ]
この混迷の時代にこそ 宗教家は 人の心を救ってほしい。と願います。 己の利益のために 戦争を引き起こす。そういう人たちに、宗教は対決してほしい。大衆をごまかすいかさま、まやかしを論破して欲しい。
2007/12/10(月) 午前 10:15
「主の平和」のことをはじめて知った堀端です。 キリスト教はおくが深い・・・だからこそいろんな平和を形作る努力をしようとする力の後押しとなってるのではないでしょうか。 折りしも12月8日はジョン・レノンの命日です。彼も「主の平和」を具現化しようとした一人なのでしょうか?。
2007/12/10(月) 午後 6:29 [ - ]
kaba先生、今内村鑑三の「基督信徒のなぐさめ」を読み直しているのですが、その第一章は「愛する者の失せし時」です。「生命は愛なれば愛する者の失せしは余自身の失せしなり」…「私(余)」とは「人間」であり、他者とのあいだに「いのち」としての私もあるのだと思います。「いのち」とは「我と汝」のあいだにあるものなのですから、「私だけ救われる」ということはありえないのだと思います。ですから教会は現代社会において人と人との関係がどうなってしまっているのか、ということを戦争と平和という観点からも労働のあり方という点からももっと関心を持って焦点を当ててほしいと願うのですが。
2007/12/10(月) 午後 9:47
ぱーぷるさん、目の前の戦争に反対の声を上げ、戦争を起こそうとしている支配者と対決することが、「主の平和」を真摯に唱えるときに必要なことではないかと思っています。ブッシュ大統領も「主の平和」と唱えながらイラクを爆撃したのでしょうか。「主の平和」を実現しようと反戦につとめている宗教家はキリスト教界の中にも仏教界の中にもおられるのですが、ひとりひとりの信徒、ひとつひとつの教会の現実とかかわりを持ちつつ祈る力がもっと高められますように、と自分のことも含めて祈ります。
2007/12/10(月) 午後 10:01
堀端さん、ジョン・レノンの「イマジン」は好きな歌です。「天国も地獄もないと想像してごらん」は「主の平和」を天国にまかせるのではなく、「地」において実現していこうとする決意と姿勢だったのではないかと思っています。イエスは「地に平和」(ルカ2:14)と言い、「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる」(マタイ16:19)と言います。つまり「主の平和」はこの地上において実現されなくてはならないのであり、この地上で人と人、国と国をつながなくてはならない、それこそが天国への鍵であるといわれているのだと思います。「今、この場でベトナム戦争をやめさせること以外に天国はない」とレノンは言おうとし、それはイエスの語ったことと同じことだったと思っています。
2007/12/10(月) 午後 10:15
「基督信徒のなぐさめ」の「愛する者の失せし時」を読んだときは頭を殴られた感じがしました。英語を習う過程で「イマジン」の歌詞に衝撃を受けましたし、キング牧師の「I have a dream」の演説も心に響きました。 クリスチャンがすべきことをもう一度考え直してみたいと思っています。
2007/12/10(月) 午後 11:34 [ meg ]
megさん、私もサボってばっかりいないでちょっとは真剣に考えてみようと思い直しています(笑)。
2007/12/11(火) 午後 10:10
「汝の敵を愛せよ」というのはイエスの言葉とされていますよね。でも、「敵」という言葉を発した時点で、人は人を憎んでしまう。敵を愛することなどできない。むしろ、「敵などいない」と言ったほうがよかったのではないかと、異教徒は勝手に思ったりします。
2007/12/14(金) 午前 9:54
うしどしさん、「愛した」瞬間に「敵」ではなくなるのだから同じことだと思います。どっちがシックリ来るかは性分の問題に過ぎないのでは?私はうしどしさんより多分アグレッシヴな性格なので、「敵を愛せよ」のほうがシックリ来ます(笑)。
2007/12/14(金) 午後 9:35
シャローム!!!☆^^♪♥☆ 微笑
2007/12/15(土) 午前 4:48
ご無沙汰してすみません。 昨夜、衝撃を受けて未だ呆然としています。 『主の平和』心から言い合える日が来ることを望んでいます。
2007/12/15(土) 午前 11:17
確かにスターさんはアグレッシブで、私はおっとりしています。たぶん歳のせいかもしれません(^_^)。
2007/12/21(金) 午前 11:00
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救いとは何か。自分が救われて天国に行くこと?教会はそのための場所ではないですね。「救い」とは「人間存在全体」のことで、「命」全体のことですね。そのためには「衣」と「食」と「住」と密接に結びついた此の世のことですね。精神はその中でついてくるものですね。イエスが今の教会を覗いたらなんと言うでしょうか。まるで別世界を見る思いでしょうね。
2007/12/9(日) 午後 10:23 [ kabanotakara ]
この混迷の時代にこそ
宗教家は 人の心を救ってほしい。と願います。
己の利益のために 戦争を引き起こす。そういう人たちに、宗教は対決してほしい。大衆をごまかすいかさま、まやかしを論破して欲しい。
2007/12/10(月) 午前 10:15
「主の平和」のことをはじめて知った堀端です。
キリスト教はおくが深い・・・だからこそいろんな平和を形作る努力をしようとする力の後押しとなってるのではないでしょうか。
折りしも12月8日はジョン・レノンの命日です。彼も「主の平和」を具現化しようとした一人なのでしょうか?。
2007/12/10(月) 午後 6:29 [ - ]
kaba先生、今内村鑑三の「基督信徒のなぐさめ」を読み直しているのですが、その第一章は「愛する者の失せし時」です。「生命は愛なれば愛する者の失せしは余自身の失せしなり」…「私(余)」とは「人間」であり、他者とのあいだに「いのち」としての私もあるのだと思います。「いのち」とは「我と汝」のあいだにあるものなのですから、「私だけ救われる」ということはありえないのだと思います。ですから教会は現代社会において人と人との関係がどうなってしまっているのか、ということを戦争と平和という観点からも労働のあり方という点からももっと関心を持って焦点を当ててほしいと願うのですが。
2007/12/10(月) 午後 9:47
ぱーぷるさん、目の前の戦争に反対の声を上げ、戦争を起こそうとしている支配者と対決することが、「主の平和」を真摯に唱えるときに必要なことではないかと思っています。ブッシュ大統領も「主の平和」と唱えながらイラクを爆撃したのでしょうか。「主の平和」を実現しようと反戦につとめている宗教家はキリスト教界の中にも仏教界の中にもおられるのですが、ひとりひとりの信徒、ひとつひとつの教会の現実とかかわりを持ちつつ祈る力がもっと高められますように、と自分のことも含めて祈ります。
2007/12/10(月) 午後 10:01
堀端さん、ジョン・レノンの「イマジン」は好きな歌です。「天国も地獄もないと想像してごらん」は「主の平和」を天国にまかせるのではなく、「地」において実現していこうとする決意と姿勢だったのではないかと思っています。イエスは「地に平和」(ルカ2:14)と言い、「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる」(マタイ16:19)と言います。つまり「主の平和」はこの地上において実現されなくてはならないのであり、この地上で人と人、国と国をつながなくてはならない、それこそが天国への鍵であるといわれているのだと思います。「今、この場でベトナム戦争をやめさせること以外に天国はない」とレノンは言おうとし、それはイエスの語ったことと同じことだったと思っています。
2007/12/10(月) 午後 10:15
「基督信徒のなぐさめ」の「愛する者の失せし時」を読んだときは頭を殴られた感じがしました。英語を習う過程で「イマジン」の歌詞に衝撃を受けましたし、キング牧師の「I have a dream」の演説も心に響きました。
クリスチャンがすべきことをもう一度考え直してみたいと思っています。
2007/12/10(月) 午後 11:34 [ meg ]
megさん、私もサボってばっかりいないでちょっとは真剣に考えてみようと思い直しています(笑)。
2007/12/11(火) 午後 10:10
「汝の敵を愛せよ」というのはイエスの言葉とされていますよね。でも、「敵」という言葉を発した時点で、人は人を憎んでしまう。敵を愛することなどできない。むしろ、「敵などいない」と言ったほうがよかったのではないかと、異教徒は勝手に思ったりします。
2007/12/14(金) 午前 9:54
うしどしさん、「愛した」瞬間に「敵」ではなくなるのだから同じことだと思います。どっちがシックリ来るかは性分の問題に過ぎないのでは?私はうしどしさんより多分アグレッシヴな性格なので、「敵を愛せよ」のほうがシックリ来ます(笑)。
2007/12/14(金) 午後 9:35
シャローム!!!☆^^♪♥☆ 微笑
2007/12/15(土) 午前 4:48
ご無沙汰してすみません。
昨夜、衝撃を受けて未だ呆然としています。
『主の平和』心から言い合える日が来ることを望んでいます。
2007/12/15(土) 午前 11:17
確かにスターさんはアグレッシブで、私はおっとりしています。たぶん歳のせいかもしれません(^_^)。
2007/12/21(金) 午前 11:00