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昨日(5月12日)の朝日新聞の「私の視点」で軍事ジャーナリストの田岡俊次という人が書いています。
自民党の新憲法草案で76条の3に「軍事に関する裁判を行うため、法律の定めるところにより、下級裁判所として、軍事裁判所を設置する」とし、軍法会議の復活を予定している。
ぶったまげました!田岡さんは「このことがほとんど論議の対象となっていないのは不思議だ」と書いています。このことがどういうことを意味するか記事を抜粋しますと、「軍人は一般の捜査、司法制度の外に立つ」ことになる、軍人の行動は日本社会の治外法権に置かれることになるわけです。下級裁判所ですから制度上は上告はできるわけですが、「軍法会議は仲間内の裁判だから「仲間かばい」になり刑が軽くなりがちで、被害者や遺族は控訴できないから泣き寝入りとなる。」
軍法会議がいかに軍の横暴を許していくことにつながる危険なものかということを、田岡氏は十五年戦争中の五・一五事件や張作霖爆破事件を例に説いています。海軍将校が犬養毅首相を暗殺したとき、軍法会議は異例の軽い刑ですませました。張作霖爆破事件や「3月事件」「10月事件」では軍法会議さえ開かず説諭や転勤でもみ消しました。
かつての戦争では、シビリアンコントロールの効かない社会になり、軍の暴走に引きずられる形で戦線が拡大していきました。私もこんなことが自民党の憲法草案に盛り込まれているとは初めて知りました。
たいへんなことだ!
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この問題、憲法学界ではきちんと議論されてますよ。最高裁の下にあるとはいえ、検事も軍人なので、無罪判決なんかに対して控訴する可能性も低いですから、この問題点も、押さえておく必要があります。
2006/5/15(月) 午前 8:35 [ tom ]
そうなんですか。私は新聞記事で初めて知りました。一般の人は知らない人が大半なのではないでしょうか。ありがとうございます。
2006/5/15(月) 午前 10:30
これは恥かしながら私も今まで知らなかった。私は専門家ではなく、特に深く勉強してる訳でもないが、上記記事にはどうも違和感を覚える。
軍法会議には以下のような問題点も指摘される。
1.軍という狭い組織の中で行われるため、どうしても「身内同士かばい合い」や「組織防衛」が起こりがちで、外部からの不信を招きやすい。
2.下士官兵などは厳格に裁かれることが多い一方、将校、特に高級将校に対する判決は寛大であることが多く、軍内部で上層部への反感が生まれること多い。
3.政治的な理由などにより、意図的な判決が出ることがある。(以上、ウィキペディアより抜粋)
2007/10/15(月) 午後 5:31 [ ZODIAC12 ]
上記問題点やその他の欠点があるからといって、軍事法廷が必要な事には変わりはありません。でないと軍隊は無秩序な集団に堕落してしまうし、武力を持ってるだけに危険です。常設でない国も世界中にはあるようですが、なぜ日本の自衛隊だけが持ったらいけないのか?それがひいては、あなたたちの安全を守るためでもあるのに。喩えるなら、猛獣を飼い慣らすのに鎖や檻や手枷・足枷・首枷などが必要だというのと同じようなものでしょう。それら拘束具なしで野放しにしろとでも言うのですか?そっちの方がよっぽど危険だと思うのですが。確かに完璧とは言えないし、欠点も多いのでしょうけど、だからといって存在自体を否定するのは精神錯乱としか言い様がありません。
2007/10/15(月) 午後 5:33 [ ZODIAC12 ]
>「軍人は一般の捜査、司法制度の外に立つ」ことになる、軍人の行動は日本社会の治外法権に置かれることになるわけです。
アメリカはじめ諸外国を見て、独裁国家ならいざ知らず、民主主義国家に限ってそんなに恐れるほどの暴走の実例があったというなら具体的に教えてもらいたいものです。まがりなりにも日本だって民主主義国家なんだから。軍隊という組織はその特殊な性質上、一般社会とは元から異なる原理・規範・習慣で成り立っています。そこに一般社会の司法制度を持ち込んだらギクシャクしておかしくなるからこそ、軍隊という組織に適合するような独自の司法制度が必要な訳で、何も国家の統制下から抜け出したがってる訳じゃありません。大日本帝国軍の時代と間違えているとしか思えません。「軍人は一般の捜査、司法制度の外に立つ」というのも認識不足だからはっきりとは分からないけど、軍人のしでかした犯罪ならば、何でもかんでも軍事裁判にかけられるというものなのでしょうか?
2007/10/15(月) 午後 5:34 [ ZODIAC12 ]
軍法会議というのはもしかしたら軍事に関する問題のみに開廷されるのかも知れない。軍事と何の関係もない違法行為だったら一般の司法権の管轄なのでは?いや、調べてみないとはっきりとは分からないけど。
>軍法会議がいかに軍の横暴を許していくことにつながる危険なものか
一体どういう理屈なのでしょうか?むしろ、逆ではないのですか?軍法会議があるからこそ、ただでさえ横暴になり易い軍隊に辛うじて何とか歯止めがかかってるのではないですか。軍法会議がなくなったらそれこそ危険でしょうがない。一般社会だって訳は同じ。警察や裁判所がなくなったらどうなると思っているのですか?前出の喩えで言えば、「拘束具がいかに猛獣の凶暴性を助長させる事につながるか」と言ってるのと同じです。
2007/10/15(月) 午後 5:35 [ ZODIAC12 ]
もう一つ喩えるなら、「消防署があるから、この世に火事が起こるんだ。だから消防署なんかなくしてしまえ。」と言ってるのと同じ。まともな人間が聞けば、狂ってるとしか思えません。軍事法廷の役割をはき違えた、何とも倒錯した論理ですね。
>かつての戦争では、シビリアンコントロールの効かない社会になり、軍の暴走に引きずられる形で戦線が拡大していきました。
軍の暴走や戦線の拡大と、軍事法廷の存在とに一体何の因果関係があるのか?別に何の関係もないです。それらは当時の軍部が「統帥権干犯」を盾に取り、悪用し、無茶苦茶な屁理屈を捏ねくり回した挙句命令系統が乱れて、出先の駐屯軍が勝手な事を始めるようになったからで、軍法会議の有無とは何の関係もありません。記事の論旨から逸れるけど、「シヴィリアン・コントロール」さえあれば戦争は絶対に起こらないなどと思ったら大間違い。
2007/10/15(月) 午後 5:38 [ ZODIAC12 ]
シヴィリアン(文官や政治家)の支配下でも戦争が起こるのは別にそれほど珍しくもないし。政治家や文官は「穏健なハト派」ばかりで、軍人は「好戦的なタカ派」ばかりという図式はあまりに安易な発想です。実際には政治家や文官の中にも軍人顔負けのイケイケの武闘派もいるし、軍人の中にもあまり戦いを好まない穏当な人物だっています。シヴィリアンの手によって戦争が引き起こされる事だってあります。「シヴィリアン・コントロール」とは一言でいえば「政治家と軍人の役割分担」。政治家が政略を立て、それに沿って軍人が戦略を立てる。簡単に言えばこんなところでしょうか。政治家は軍事に関しては素人でよく分からないから軍人の立てた作戦に口をはさまず(政略から逸脱する時は別だろうけど)、軍人は政治に関しては素人でよく分からないから政治家の立てた政略に口を出さない。これが「シヴィリアン・コントロール」であり、単に軍隊の上に政治家や文官を取って付けたように、帽子みたいに頭に乗せるだけ、という事ではありません。
2007/10/15(月) 午後 5:38 [ ZODIAC12 ]
はじめまして。
恐ろしいことですよね。
日本人は風が吹いたほうになびいてしまうことが多いような気がします。古くは石油ショックのトイレットペーパー買占めあり、民主党の大勝あり、自民党の大勝あり・・・。
小さなころから自分の意見をしっかり持って議論をするということをしていないからなのかもしれません。
そんな国民性をもったわが国で半数で改憲できることになってしまったら、本当に恐ろしいです。
自民党は数々の分裂で、今残っているのは右と人ばかりになってしまったのでしょう。
それにしても、軍法会議や「大きな人権のためには小さな人権は制約されることがあり得る (
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/c5f5f11e6dd5b06b3d3c1f1b47321a6f )」という思想の上に立った改憲なのだと思うと恐ろしいです。。
2013/5/4(土) 午後 0:50