キリスト者として今を生きる

風は冷たいけれど春の訪れを感じます。。。

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響き

コーラスが好き

美しく響く声を出すには

身体の力を抜き、リラックスして、喉も鼻腔も開き

身体の中に一本の、息の通り道である空洞を作らなければならない

と教わった

これがなかなかむずかしくて

大きな声を出そうとしてつい力むけれど

力んで出した声は響かないし耳障り




バイオリンにも

笛にも

空洞がある

美しい響きは

その空洞の中を通り抜ける風




神さまは私を砕いて空洞にして下さいます

その空洞を聖霊の風が通り抜け

よき響きが鳴り渡りますように


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わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。
                                                 (ヨハネによる福音書10:11−12)

沖縄戦の集団自決が軍の命令であったのか否かについて、論争が行なわれている。教科書検定は軍の強制であったという箇所を削除するように求め、のちに沖縄住民の強い抗議によって、「軍の関与」という表現に書き換えられることとなった。http://www.okinawatimes.co.jp/spe/syudanjiketsu.html

昨日の毎日新聞は新たに、防衛省が図書館に所蔵されている沖縄戦資料に、「集団自決は戦隊長命令でなかったことが証明されている」とする見解をつけていたことがわかった、というスクープを報道している。http://mainichi.jp/select/today/news/20080113k0000m040104000c.html


昨日は「GAMA--月桃の花--」という、沖縄戦を描いた映画を観た。

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沖縄戦で激しい空爆の中、日本軍も沖縄住民もガマ(洞窟)に逃れる。沖縄戦の総司令官であった牛島中将が自決し、日本軍が組織として壊滅した後も、沖縄住民はガマに潜み日本軍との同居を続ける。

軍人は、ガマの中で泣き叫ぶ赤ん坊をだまらせろ、と銃剣で脅す。「大きな声を出すとアメリカ軍に見つかるじゃないか!泣くのをやめないなら殺す。」

ガマがアメリカ軍に包囲され、「危害を加えないからガマから出てきなさい」と投降を促すマイクの声が聞こえると、軍人は「出て行くな!」と制止する。そして手榴弾を配って自決するよう命じる。



「命令したのかどうか」が今問題になっているわけだが、私はそんなことはどうでもいいと感じる。問題は日本軍が沖縄住民を守るものとして存在したのかどうかということではないだろうか。

「ガマから出て来い、危害は加えないから」という米軍からの投降勧告が聞こえたとき、「出て行って投降したら鬼畜のアメリカに何をされるかわからない」という恐怖はあったであろう。「危害を加えない」と言うのが真実か罠かはわからない。ガマを出て投降することは「賭け」であったにちがいない。しかし追い詰められて勝算の全くなくなった戦争において、出て行かなければ死ぬしかない状況なのである。私だったらどうするだろうか。まちがいなく「賭け」に出るであろう。生きながらえることができるかもしれない唯一の可能性に賭けてみるにちがいない。「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」。

沖縄住民にそれができなかったとすれば、日本軍に「出て行ったら殺す!」と銃剣で脅されていたか、「生きて虜囚の辱めを受けることなかれ」と刷り込まれていたかどちらかなのである。しかし私が沖縄住民だったら「捕虜とならず日本人として立派に死ぬこと」に魂のすべてをささげられただろうか。沖縄方言を禁じられた戦争において。「自分のことば」を辱められた戦争において。


日本軍は沖縄住民を守る存在として沖縄にいたのかどうか。

自決命令を出したのか否かよりも重要な問題はそれではないだろうか。

沖縄住民が命を救う唯一の可能性であった投降をなぜ促さなかったのか。「投降したら鬼畜のアメリカにきんたまを抜かれる」のであれば、軍人がなぜまっさきに投降して「きんたまを抜かれる」かどうか自分自身が生贄になって試してみなかったのか。それで「きんたまを抜かれ」なかったら、「大丈夫だぞ、安心して出て来い!」と呼びかけられるではないか。


「よい羊飼い」は羊のために命を捨てる。羊飼いでない雇い人は羊のことなど気にかけていない。狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。牛島中将は逃げ惑う沖縄住民がその後どうなるかを考えずに自決した。組織的抵抗を失った沖縄戦は泥沼の中で続いていく。「赤ん坊が泣くのをやめないのなら殺す!」と軍人は銃剣を突きつけた。

「国家を守る」「国民を守る」と言っている政治家が「よい羊飼い」であるのかどうか、羊のことなど気にかけない雇い人にすぎないのかが問題なのである。そういう問題であるからこそ、防衛省も政府も正体を見破られるのを恐れ、「集団自決は軍命令」をあれほど否定しようと躍起になるのである。

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パンドラの箱

前回の記事で「消費税増税に反対」と書いたら、

「それではどうしろというのか。大企業にもっと税金をかけろというのか。そんなことをしたら資本流出して日本から大企業はなくなっちゃうぞ。そうすれば本当に税金は庶民から取るしかなくなっちゃうんだぞ」と言われた。

内緒さんに。

「オレたちに高い税金をかけるんだったら出てっちゃうぞ」

エリート金持ちはこんなことは大っぴらには言いません。恨みを買いこそすれ、他に何も生みませんから。

政治家や官僚が感じている恐怖がおわかりでしょうか。庶民の視点から見ていると見えないけれど、大企業や富裕層の「オレたちにかける税金を減税しろ!」という主張が尊重される理由は、政治家や官僚のこの恐怖にあるのです。

(以上、内緒コメントより。掲載の了解は得ています。原文は多少変えてあります。)

メディアは報道しないが、そういう主張は調べると確かにあるようだ。


なるほどなあ。「資本」というのはそういうものなのだ。

資本は住む場所を選ばない。日本に住みつづけている必要はない。

政府の規制さえなければ、中国へ行ったってアフリカへ行ったっていいのだ。

また資本は取りつく産業も選ばない。

資本家は資本を増殖させていくことが目当てなのだから、不況産業なんかにはサッサと見切りをつけて成長産業に鞍替えすることだってできる。

繊維産業だった鐘紡(カネボウ)が化粧品産業にシフトしたように。

投資家は利子が増えそうな企業に投資するのであって、株価が下落しそうであれば投資先を変える。

大企業はコストと税金が高ければ、日本を脱出し、生産拠点を外国に移すこともできる。

日本人の大半の生活がキビシクなって、購買力が低下しても、別に日本で売らなければならない必然性はないのだから、全然オーケーだ。



それが資本と労働者とのちがいだ。おカネと人間のちがいだ。

私たちの多くはこのニッポンを離れるわけにはいかない。

保険料も消費税も高くなったからといってハワイかなんかに移住することはそうそうカンタンにはできない。

私だって収入を某自治体の公立中学校で働いて得ているわけだから、ハワイなんかに移住するわけにはいかない。

それから私たちの多くは、ある産業が不況産業になったからといって、別の産業に鞍替えすることはそうカンタンにはできない。私たちの「技能」は、ある産業、ある会社に身をささげる中で身についていくのだから、その産業と会社がつぶれたら、その「技能」も役立たずとなりオマンマ食い上げになるのだ。

グローバリゼーションはだから、「労働者」と「人間」よりずっと「自由」な「資本家」と「カネ」に有利な体制なのだ。

そしてグローバリゼーション=規制緩和によって、資本=カネは政府が課す税金すら逃れることができるのだ。


「オレたちに高い税金をかけるんだったら出てっちゃうぞ」大企業と金持ちはそう言うことができる。

庶民はそうは言えない。だから消費税が17パーセントになろうとも、保険料がどんどん上がろうとも、社会保障が削られようとも、我慢してニッポンに住みつづけるしかない。

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内緒さん、わかりました。

だけど「世の中どっか根本的にマチガッテいるんじゃないだろうか」という思いは消えない。それどころか、ますますそういう思いが濃くなるのである。

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お正月は日帰り温泉。入館料払って温泉漬かり放題。インターネットもタダで使い放題。午前中から行って一日のんびり。極楽ごくらく。。。お食事処は別料金なのが痛いけど、チャッカリそこに置いてある新聞を隅から隅までチェック。元は取らしてもらうわ。読売新聞なんてフダン読まないような新聞を読むことができるのも温泉ならではね。(どこが?)

さすが読売新聞だわ。

「トシとったときの年金や介護やビョーキになったときの健康保険を今までどおり残しておきたいんだったら、消費税を上げろ、国民が反対してもためらうな」

って新年早々言ってたわ。(タルイから読みたくないだろうけど、イチオウ文字通りを抜粋しておくと、「社会保障制度が持続する条件は、そのための財政的裏打ちがしっかりしていることである。社会保障費の伸びに見合うだけの財政収入増がなければ、いずれ財政が破綻する。財政が破綻すれば、社会保障制度も破綻する。」「国民が広く薄く負担を分かち合う消費税率を引き上げる以外に、現実的な財政収入増の方途はない。」だって。)

サラっと読むと、「良識的な意見だネ。読売新聞は中道だ」って思っちゃうでしょうね。だけどね、スターはね、大掃除もサラっとしかやんなかったし、おせちも作んなかったから、年末けっこうヒマで、「サラッと」以上にけっこう調べたのよ。
国民への「広く薄い」税負担増はこれまでの5年間で5兆2千億円、大企業や富裕層への減税は4兆6千億円よ。
庶民のみなさん、身に覚えがおありでしょう?配偶者特別控除の一部とか老年者控除が廃止されたでしょ、定率減税も全廃されたしね。今年から火災保険が控除の対象から外れていたのにはびっくりしたわ、セコいわね。税金以外でもあたしたち(このブログの読者に「富裕層」はいない、という前提で書いてる…笑)の負担は重くなってるのよ。医療保険の世帯主窓口負担が2割から3割になったでしょ、年金や介護保険の保険料が値上げされて給付額が減らされたでしょ。
この上に消費税率の引き上げええええええええ???


まあね、スターは今んとこ体力あるわよ。日帰り温泉で正月気分を味わうくらいの財政的体力はあるわ。だけどね、同じ読売新聞の別記事に書いてあった次のデータはどうよ?これも元記事を読むのはタルイだろうから、おトソ気分のお父さん向けに書き直すと、

生活保護を受けてるヒトのうち、政府の『就労支援事業』で就職できた「幸運な」ヒトたちでも、その8割は最低生活費を稼げない。

最低生活費は東京の標準3人世帯(33歳、29歳、4歳)で月額18万176円。

18万176円からさらに医療や年金の保険料を払って、所得税に住民税も払わなくちゃいけないのよ。いっとくけど国保の保険料は生活保護基準以下の収入からも徴収されるのよ。通勤費が会社から出ればいいけど。で、どんなに質素な暮らしをしたところでアパート代と光熱費はかかるでしょ、食わなきゃいけないし、トイレットペーパーだってあらまほしか。病気になったときは掛かった費用の3割は払わなくちゃいけないしね。月額18万176円。ホント、ギリギリよね。この試算もキツめ(甘め?)単身者でも都会で20万円なくちゃキビシイと思うわ。


だけどこの月収額を非正規雇用で達成するのがいかに難しいかということは、去年まで非正規雇用だったスターにはよくわかるわ。フルタイムでパートや派遣の仕事をして、時給千円くらいなくちゃいけない。去年の春にスターは先行きの見えない非正規雇用のカケモチに疲れ果て、転職口を探して就活したの。「派遣だけど先行きに展望がある」という触れ込みの外務省の広報の仕事を紹介されたけど、月額計算すると15万円だったわ。これでもワーキングプアね。


「国民が広く薄く負担を分かち合う消費税率を引き上げる以外に、現実的な財政収入増の方途はない」ってよくサラリと言えるわね。キリスト教会では「分かち合い」って言葉をよく使うけど、こんな文脈では使わないわ。生活していけない人間からさらに金をふんだくってネットカフェや路上に追いやるのが「分かち合い」か?

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メディアの報道していない事実があるのよ。大掃除いいかげんにして調べたの。日本の消費税率は他の欧米先進国と比べて格段に低いって言うでしょう?イギリスやフランスなんかでは消費税率は高いけど、食料品とか子供の衣類とか薬局で買う薬品なんかは消費税が免除されてるか低率だそうよ。OECD加盟の30カ国の中でビンボー人も買わなくちゃいけない生活必需品に消費税が免除されるか安くなるかしてないのは日本だけだそうよ。それから消費税率ばかりがクローズアップされて、「ニッポンはもっと欧米先進国並に消費税率を上げなくちゃいかん」って言うけど、税収全体のうち消費税がどのくらいをまかなっているのかを比べると、ニッポンは今の消費税率でさえ、ヨーロッパの国とたいして変わらないのよ。(詳しくは『世界』1月号の「メディア批評」を読んでね。)つまり消費税率をキャノンの御手洗なんかが言うように17パーセントなんかに上げちゃったら、先進国の中でもダントツに「税収をビンボー人からもふんだくった消費税でまかなってる」比率が高くなるってことなのよ。

世の中まちがってるわ。「国民が広く薄く負担を分かち合う」?ざけんな!「負担を広く薄く」したいのは札束に厚みのあるヒトビトでしょう?それから「分かち合う」なんて言葉をこういうふうに使わないでください。

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なぜブログをするか

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ブログを始めて1年半になります。ブログは私の生活の一部になって、忙しくて睡眠時間を圧迫することも多かったけれど、たのしみながら続けてきました。なぜブログをやるのか。政治記事、社会問題の記事、教育問題の記事などアップしてきたけど、「社会運動のため」「政治運動のため」かというと、それはちがう、と思います。テレビも新聞も追放した生活を送る上で「情報収集と情報交換のツール」という側面はあるけど、大きな理由はそれでもありません。またこんなことを言うと真面目なクリスチャンの方からお叱りを受けるかもしれませんが、「キリスト教伝道のため」ですらありません。

心惹かれるブログはいくつかあって、るるどさんのブログもその一つ。実際お会いしたこともないるるどさんと交流できることもブログの楽しみの一つ。るるどさんが次のような記事を書いてらした。「ああ、私がブログをやる理由はこれなんだなあ」と共感しました。了解をいただいたので、記事を紹介させていただきますね。

                 小さな経験の積み重ね

いくら儲けたとか、こんな役職に付いたとか、有名になったとか、大きな家を建てたとか、いい車に乗っているとか、資産家と結婚したとか、整形して美人になったとか、子供がいい学校に入学したとか、有名な会社に就職したとか、そんなことではなくて・・・。

自分の小さな体験や経験を語る相手を持ち、自分の経験を自分だけのものにとどめておかず、大きな生命の営みの中に位置づけ、意味あるものにしていく。そんな一つ一つのちいさな経験を積み上げていく、そして自分の成長の糧にしていく、周りの人たちの成長につなげていく・・・そんなことにこそ価値があるんだろうと特に最近感じる。そしてそこにこそ本物が、無限の価値のある宝物があるんだと思う。

るるどさんのブログのURLhttp://tabunka.blog41.fc2.com/

私のささやかな日常と小さな経験。るるどさんのささやかな日常と小さな経験。どこに住んでいるかもわからず、顔も名前も知らず、私とは年齢も生活環境もちがうであろうるるどさん。けれど共感できるということの不思議さ。この不思議さにこそ生きていることの意味と素晴らしさがあるのだと思う。そのような共感をるるどさんの他にも多くのブロガーの方々とのあいだに交わすことができて、私はしあわせです。

政治や社会について語ることも、私の小さな経験が「より大きな生命の営み」の中に位置づいているのだと感じるからこそです。「プライベート」と「パブリック」が分離してしまったら、どんなにセレブな生活を送ろうとも、私たちの生活はどこか根本的に貧しいものになってしまうと感じます。


2007年、皆さまありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。よいお年をお迎え下さい。

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