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遺族の意思を無視して靖国神社に祀ることは人権侵害だとして、台湾人兵士の遺族が靖国神社を相手どって訴訟を起こした。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060801-00000013-mai-soci 靖国神社の問題性を考えるとき、この問題の方がA級戦犯合祀をめぐる天皇発言より重要だと私は思う。
「私たちの魂を生かすもの」「人々の共生を可能にする息吹」といっておこう。 この台湾の遺族の声に応えないのなら靖国神社は息吹につながる神社ではない。 「魂」を苦しめ、「共生」をはばむ「宗教」の話。 「新大陸発見」の後、銀鉱でスペイン人に酷使されていたインディオに、 キリスト教の宣教師が、改宗を勧めた。 宣教師:「キリスト教徒にならないと地獄に行くぞ。キリスト教徒になれば天国へ行ける。」 インディオ:「天国にはスペイン人もいるのかね。」 宣教師:「スペイン人はキリスト教徒だ。むろん天国にはスペイン人がおおぜいいる。」 インディオ:「だったら天国はイヤだ。地獄へ行く。」 この話は気に入ったので、別ヴァージョンで夫をからかう。 夫はクリスチャンではない。お酒が大好きだ。お酒を飲めないのだったら人生のよろこびはないと思っている。 (別ヴァージョン) 私:「天国はきよらかなところだから、お酒はない。地獄にはある。どっちに行く?」 夫:「むろん地獄だ。」 「だったら地獄へ行く」と答えるところに、人間の尊厳はあるのではないか。 インディオに改宗を迫るキリスト教の宣教師も、台湾人の合祀取り下げ要求を却下する靖国神社も傲慢だ。「いったん神として祀ったものを下ろすことはできない」というのが靖国神社の言い分。神道の教義としてはそうなのかもしれない。(よく知らないけど。) ところで教義が人間の痛みや叫びを圧殺するとき、「宗教」は人間を食う。 自分たちを搾取するスペイン人と死んだ後までいっしょに暮らす天国なんてイヤだ。 死んだ後まで「護国の英霊」として祀られ、「日本国」に縛られていたくない。 しごくまっとうな人間の叫び。
※遺族の意思と戦死した兵士本人の意思はちがうかもしれない。けれど「何のために生きたいか」、兵士
にかつて訊いただろうか。台湾と朝鮮半島を植民地化し、治安維持法をふりかざして、「生の意味」を押しつけたかつての日本。今また「死の意味」をおしつける靖国神社。私は夫の意思を無視して教会のお墓にお骨を納めたりはしません。死んだら骨壷を持って飲み屋を一軒一軒回り、カウンターに置いて一緒に酒を飲み、墓石にお酒をたっぷりかけてあげる…約束しました。 |

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