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「純情きらり」は今、笛ねえちゃんや冬吾さん、杏ねえちゃんたちが東京大空襲で死にそうな目に遭い、(杏ねえちゃんを残して)マロニエ荘の仲間と岡崎へ引き揚げてきたところです。磯おばさんの息子和之が秋には徴用に取られてしまうからと言って、おばさんに「僕の本当のお母さんでしょう」と迫ります。東京大空襲は1945年3月だから、あと5ヶ月で戦争は終わるわけです。それまでみんな無事で生き延びられるのでしょうか。達彦さんは「激戦地」で戦死してしまったのでしょうか。 どこで読んだのか忘れてしまいましたが、「東京大空襲。この日初めて『戦争』が始まったのだ」という当時の人の日記を紹介した本を読んだことがあります(佐高だったか辺見庸だったか…)。日本は15年戦争をたたかっていたけれど、本土に住む日本人にとっては遠い、見えないところで起こっている戦争だった。東京大空襲で直接空襲を体験し、街の破壊を目の当たりにして、「初めて戦争を体験した」と言うのです。そういえば(そういえば、が多い。。。)桜子が東京音楽学校をめざしてピアノを弾き、マルセイユでコーヒーを飲んでいた頃、日本軍は南京大虐殺を行なっていたのです。南京大虐殺の事実は戦後何年も経ってから初めて一般の日本人の耳に入ったそうです。それも戦後の復興に忙しくてあまり関心を示さなかったらしい。祖母は日本軍の勝利の報が伝わるたびに街頭へ出て日の丸を振った人ですが、「戦争」が始まると聞いて、まず顔に塗るクリームを買い占めました。(おしゃれだったんです、私とちがい。。。)祖母の言う「戦争」は15年戦争のことではなくて、日米開戦です。「戦争体験」と一口に言うけれど、父と母と祖母でもその体験はちがうし、直接戦地に赴いた兵隊たちと銃後の日本人の体験もちがうのでしょう。夫の父(私の会ったことのない舅)は、ビルマ(現ミャンマー)に出征しました。ビルマでの戦争体験を、舅は妻や息子(私の夫)にひとことも語らなかったそうです。「きらり」の達彦さんがどんな経験をしたのか、ドラマの中では遠景にしりぞいていて、詳細に語られません。 どうして語らないのか。どうして舅は戦地ビルマでの経験をひと言も家族に語らなかったのか。想像するしかないのですが、あまりに壮絶すぎる経験は他者に語れないのかもしれない。奥崎謙三の『ゆきゆきて神軍』というドキュメンタリー映画は、この語られぬ経験を語らせようとする奥崎の実録でした。ジャングルの中の進軍で食糧も尽き、「白ブタ黒ブタ」と呼んで現地人の肉や仲間の兵士の人肉を食べたという話など、信じられない「語れない経験」を奥崎は突きつめて白状させていきます。この映画を若い人たち数人と一緒に数年前見たのですが、若い人たちの感想は一様に、奥崎に対する反感でした。今はそっと静かに生きていたい老人を問い詰めて語りたくない過去を聞きだそうとする奥崎の暴力、にたいする反感のようでした。奥崎にたいする私の感想はさて措いて、この体験を語らないでいるというのも至極もっともでしょう。自分が復員してきたことだけを単純に喜ぶ妻子の前で、これからは希望をもって生活を立て直していこうとしている家族の前で、語れる体験ではないでしょう。あまりに凄惨な経験は他者に語れない。これほどの経験とは比べ物になりませんが、私も中学時代、学校でイジメられていることを両親には話せませんでした。母と妹がのんきにテレビを見、父がのんきにステテコ姿で湯上りのビールを上機嫌に飲んでいるのを見ると、別世界のような気がして、学校でのいじめのことなんか話すタイミングなんてなかったのです。だからそうして封印されていった戦争体験はあまたあるのだろうな、と想像します。そして今、「南京大虐殺」を始め、日本軍が「外地」で行なってきたことを初めて中国や韓国の人々の口から聞くと、戸惑うし、作り事のような気がするし、どう受け止めたらいいのかわからないのではないかと思います。 ドラマにならないしね。「男たちの大和」の特攻隊どまりでしょう、ドラマになるのは。
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