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戦争が終わりました。桜子は国民学校の代用教員となり、教室でジャズを弾きます。ヤスジさんは「戦争中、紙芝居で子供たちに軍国主義を押し付けた」ということで戦争協力者のレッテルを貼られ、「どこでもつまはじきに遭っちゃってオマンマ食いあげなんだ」と言います。激戦地で戦死したと思われていた達彦さんが帰還します。すさまじい「現実」の転換、「価値」の転換…。 キリスト教会も難なく橋を渡っていきました。キリスト教会の多くは、国家の戦争に協力し、抵抗する韓国や台湾のクリスチャンに「日本による解放戦争」に協力するよう訴えて回りました。お祈りで「武運長久」を祈り、戦争が終わった時も、「私たちの祈りが足りないから敗けたのです」と言いました。 戦後はキリスト教ブームで、アメリカから大勢の宣教師が来て、心のよりどころをなくした多くの人々が教会を訪れました。教会は信者獲得と勢力拡大に忙しく、戦争中戦争協力をした多くの教会指導者が、今度はGHQのバックアップを得て、華々しく布教活動にのりだしていきました。(そういう教会指導者は、今なおキリスト教会の重鎮です。)
日本人はどうやって橋を渡ったのでしょうか。
キリスト教会はどうやって橋を渡ったのでしょうか。 今までのことは全て間違っていた、 いやいやながら協力していたのだ、 本当は反対だったのだ、と言って? 橋を渡らなかった人たち。 東南アジアに出征した元日本兵の数人は、戦争が終わっても日本に帰国しませんでした。日本は戦争中、「大東亜共栄圏」を唱えてアジア諸国を欧米列強の植民地支配から解放するのだ、この戦争はそのための大義の戦いなのだ、と言っていました。1945年8月15日に日本は終戦を迎え、兵士は帰国して行きましたが、マレーシアはなおイギリスの植民地でした。しかし2人の兵士、田中さんと橋本さんは日本に帰らず、マラヤ共産党の日本人ゲリラ戦士になりました。 「戦争中マラヤ(現マレーシア)を踏みにじった日本が、戦争に負けて、マラヤ人のために何もせずそのまま英国にマラヤを渡し、自分たちが帰国することがおかしいと思った」 「日本はマラヤの独立のために何もしなかった。日本の軍にできなかったことをしようと思った。私たちは共産党員でも何でもなかったが、当時マラヤの独立のことを考えているのはマラヤ共産党だけだった。私たちは主義はともかく、独立のため加わった。」(田中さんと橋本さんが77歳と71歳で帰国したときのインタビュー記事 朝日新聞1990年1月11日)http://www.nanzan-u.ac.jp/GAIKOKUGO/Asia/malaysia/8.htm 田中さんと橋本さんにもっと他に事情があったのかどうかは知りませんが、私はこの記事を読んで感動しました。 「共産主義は悪魔だ」 「大東亜共栄圏はウソだった」 「戦後民主主義は欺瞞だ」エトセトラ…。 「よい思想」と「悪い思想」、「ほんとうの思想」と「ウソの思想」があるのでしょうか。 思想を「ほんとうの思想」や「ウソの思想」にしていくのは、その思想の担い手なのではないでしょうか。 「大東亜共栄圏」の思想を現実に生きようとしたら共産党ゲリラになったってすごい。キリスト教を現実に生きたら何になるのだろうか。 「大東亜共栄圏建設」と「お国のため」という看板を「平和と民主主義」に取り替えて、今また「戦後民主主義は虚偽だった」という。
戦後は「戦争中はだまされていた」といい、今は「憲法は占領軍に押しつけられたのだ」という。いつになったら日本人は思想を「生きる」ことを始めるのでしょうか。 |

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