| starは政府の政策をなんとかしろ!と何度もブログに書いてるけど、心の中では「最悪ずるずるファシズムまで行くのかなあ」と深くあきらめてるところもある、正直。グローバリズムは日本と世界を覆いつくすのだろうし、格差は拡大し、富める者はますます豊かに、貧しい者は、今は何とかやってけてる者も含めてますます貧しく、無情に切り捨てられていくのだろう。 |
| この流れは資本主義経済が好景気と不景気を交互に繰り返していく、だから待ってれば好況に転じるなんていうこととはちがうんだから、グローバリズムはマリ共和国の綿花栽培や日本の農業や畜産業をブルドーザーがなぎ倒すようになぎ倒して、グローバル資本を潤し、地道に正直に生きてる生産者を貧困に陥れ、地球を破壊しつくして「大王ネズミ」とその信奉者を肥やしていくのだろう。 |
| starは実は政府に働きかけてこの流れが止められるだろうとはあんまり思ってない。政府はきっと「大王ネズミ」の一味だ。カクメイを起こしてもいいけど、武器と資金は「大王ネズミ」の一味が独占しているのだから、勝ち目はない。国民の生活は今後ますます逼迫していくであろう一方で、迎撃ミサイルの開発に2兆円。軍需産業と防衛省はオトモダチで、大王ネズミが産んだ金貨を分け合ってる。2兆円は町内会の互助会費じゃないのだ。2兆円は私とアナタが出し合った税金というお金だけど、同じように出し合うそぶりをみせて、実はごっそり懐に入れてる誰かさんがいるのだ。 |
| お金について。starはケチだけど、用途がハッキリ納得できることに対しては出し惜しみしない。カトリック教徒だけど、カトリック教会では献金は100円くらいしかしないようにしてる。だって献金の使いみちがわからないんだもん。バチカンにやるのはイヤダ。お御堂だってもっとオンボロでいいもん。でも救世軍の社会鍋には千円入れた。社会福祉のために役立ててほしい。南インドの貧しい子供のフォスター・ピアレントにもなってる。クルマは持っていない。だけどタクシーに乗るのはケチらない。客待ちで行列しているタクシー運転手の生活が少しでもラクになりますように。 |
| starがショボい所持金でこんなことやったって世の中何も変わらないんだけど、お金をどう使うかっていうのはどう生活するか、どう生きるかってこととつながってるんじゃないかと思うのだ。ミヒャエル=エンデは『モモ』でグローバル資本を「灰色の男たち」に、『ハーメルンの死の舞踏』で大王ネズミとその信奉者たちに喩えた。エンデは、お金には二種類あり、パン屋でパンを買う購入代金としてのお金と株式取引所で扱われる資本としてのお金は2つの全く異なった種類のお金であると言っている。『モモ』といえば一番印象的なシーンは子供たちのところに灰色の男たちが来て、子供の遊びと生活をガラリと変えてしまうところである。子供たちの遊びや生活にも今ではたくさんのお金がかかるようになってしまった。ゲームに夢中な男子生徒に「何歳からゲームをやっているの?」と訊いたら「4歳から」と答えていた。ゲームや高価なおもちゃを買い与えられて子供たちの世界は豊かになったのだろうか。任天堂が儲けたことは間違いないけど。 |
| 来年はねずみ年だけど、大王ネズミをどうやったらやっつけられるか、どうしたら大王ネズミとその信奉者の包囲網を食いちぎることができるかを考えているのだ。経済はオンチでむずかしいことはわかんないんだけど、「まずお互いの顔のみえる共同体を作ることかな」と思っている。お金は「交換」の必要から生まれた。昔東北の田舎に住んでいたとき、ぼたもちを沢山作ったら隣近所におすそわけして、お年寄りの家々の屋根の除雪をやってあげ、年寄りは若い夫婦が共働きで働いている間に孫の面倒をみていた。それらの支えあいの全てがお金を通して資本の提供するサービスになってしまった今、彼ら(大王ネズミとその一味)の手からそれらを奪い返すことから始めなければならないのではないかと思う。「交換」は「ありがとう」「お互いさま」と心をかわすことがないならば、何かおぞましいもの、人間を疎外するものに変質してしまうのではないだろうか。 |
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