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「野生化の時代」さんからトラバをいただきました。http://zaki.seesaa.net/article/44129902.html?reload=2007-06-10T15:16:59 |

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こんにちは、ゲストさん
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「野生化の時代」さんからトラバをいただきました。http://zaki.seesaa.net/article/44129902.html?reload=2007-06-10T15:16:59 |
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、
突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、
この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。
人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。
どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。
わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、
フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、
ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」
人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。
しかし、「あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ」と言って、あざける者もいた。
(使徒言行録2章1節〜13節)
新約聖書中の上の箇所は、旧約聖書に出てくる有名な「バベルの塔」の出来事に対応しているように思われます。 世界中は同じ言葉を使って、 同じように話していた。 東の方から移動してきた人々は、 シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。 彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。 石のかわりにれんがを、 しっくいの代わりに アスファルトを用いた。 彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。 そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。 主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。 「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、 このようなことをし始めたのだ。 これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、 互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」 主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。 こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。 主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、 また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。
ある高校生が来て、「うちのお母さんは鬼みたいな人です」というとき、それではお母さんに会ってどんな人か確かめようとはしないのである。私は、その人が「お母さんは鬼」と思っている主観の世界をできるかぎり共有しようとする。もっとも、これは危険きわまりない仕事である。だから、われわれは相手の主観の世界にできるかぎり入りこもうとしつつ、それに溺れてしまわないように訓練されているのだ。
なぜそんなことをするのだろう。ここで、私がその母親に会い、彼女が鬼でもなんでもなく、普通の女の人であると判断して、それをその高校生に伝えたとき、彼はどうするだろう。彼が私の意見に同意してくれることは、めったにないだろう。ものわかりの悪い先生だと思うくらいで、彼はおそらく私のところに来るのを止めてしまうだろう。 私が彼と主観を共有しようとしていることを知って、彼は来談を続けるだろう。そして、あえて主観の共有に踏み切った私と彼とが、話し合い、見直し、考え直しているうちに、主観の世界に見えていたものの様相が変わってくるから不思議なのである。それは、「たましい」への接近の道なのである。
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