キリスト者として今を生きる

風は冷たいけれど春の訪れを感じます。。。

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2007年06月

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公立中学校に勤めて驚くことがある。いじめに対する子供たちの「ハードル」の低さだ。去年はいじめ問題で日本列島揺れましたよね。あいつぐいじめ自殺、いじめに対処できない学校叩き、そして各界有名人や文科省、教育委員会の「いじめられている君へ」呼びかける数々の手紙。

そのことを思い起こせば起こすほど、日々目の前にしている中学生たちの「いじめ」にたいする抵抗感の少なさはなんなのだ、と思ってしまう。これまで勤めていた私立のお嬢さん学校では少なくとも「いじめ」や他人を貶め傷つける言葉が教師の目の前で投げつけられることはなかった。公立中学校では…「もう帰ってこなくていいよ」「うざい」

「死ね死ね死ね」と書いたメールをクラスメートのケータイに送ったり、バイキン扱いしたり、掃除のときに一人の子の椅子だけわざと机から下ろさなかったり。日常茶飯事だ。理由をきいてみると「気持ちワルイから」…教師にむかっておおっぴらにそう公言することになんら後ろめたさも躊躇もない。掃除が終わる直前、ひとつの椅子だけが前日と二日連続下ろされていなかったことに気づき、「あそこ下ろし忘れているから下ろして」と言ったら、掃除当番の誰も動こうとしなかったので、気づいたことだ。「朝、教室へ入って、自分の椅子だけ下ろされていなかったら、どう思う?」と私。「べつに。ふつう。」と掃除当番A君。「ふつう?ほんとに?」「たまたま下ろし忘れたんだと思う」と掃除当番A君。「たまたまじゃないでしょう?昨日も下りてなかったじゃない。意図的ですね。」A君「…」

朝教室に入って自分の椅子だけいつも下りていなかったら傷つくだろう、ということを納得させるのに15分かかった。(いや、そもそも納得したのだろうか。。。?)相手が傷つくからやったんだとしたら、「傷つくだろう」ということはわかっているわけだが。


英語の時間には、ペアワークのペアの友達を「こいつ、ぜんぜん答えらんないんだもん」「スリーまでしか数えられないんだぜ、こいつ」


放課後の部活では、「センパイにたいして敬語を使え!」「センパイがこれやって、っていったら返事をして、すぐに動いて!」

顧問で授業も教えている私は指摘した。「あなたたち3年生も先生にたいして敬語を使わないのに、どうして後輩に敬語を使うことを要求するの?」「○○中では生徒は先生にたいしてタメ口だけど、後輩はセンパイにたいして敬語を使ってきたから。ウチラも1,2年生のとき3年生にたいして敬語使ってきたし。」そう答える3年生の彼女は、授業中私が教科書を開けといっても開かない。返事もしない。「センパイがこれやって、っていったら返事をして、すぐに動いて!」と1年生に要求する。それでも返事がなかったので、私のいないときにケリを入れたらしい。


私立のお嬢さん学校ではこんなことは目にしなかったのに、公立中学校でこういうことが日常茶飯事であるのは、ひとつには、「とんでもない子とペアを組まされたり、一緒の部活になったりする」せいである。英語の時間にペアの相手がぜんぜん会話の相手にならないほどの学力が低かった場合は、たしかにメーワクであるし、「なんでオレはこんな目に遭うんだ」と思う。私立では学力の低い志願者は入試でハネている。入学した後も習熟度別クラスで学力の同じような子が一緒に学ぶ環境を整えている。公立中学校のクラスの中での学力差は、勉強のできる子に「こいつ、スリーまでしか数えられないんだぜ!」と堂々と友達を侮辱し、その侮辱を「もっとも」と周囲に受け入れさせるいらだちを育てているのだ。

部活で敬語を使えない1年生は、これまで敬語なるものを使ったことがなくて使えないのだそうだ。そして敬語以前におそろしく口が重い。おそらく「個別支援」スレスレの子供である。言葉を投げかけられても返事ができない。英語のペアワークはおろか、日本語でも対話が成立しない。クラスではバイキン扱いされ、部活ではセンパイに怒鳴られ、ケリを入れられる。どう働きかけても会話が成立しないことへのいらだちはわかる。

教師と生徒では立場が異なる。いらいらさせられる客観的条件はおそらく生徒たちの立場でのほうが大きい。私立でも男子校ではとくに陰湿ないじめはあったが、難しい入試で「選ばれ」、似たような家庭環境の子が集まる中ではエリート意識を共有し、互いに親近感を抱きやすい。「あちら側の人々」は常に向こう岸にいて、日常生活の中に侵入してくることはない。そういう「向こう岸の人々」には年に何回かのボランティアで「慈善事業」をしていた。


「愛の反対は憎しみではなく無関心だ」とマザー・テレサは言ったけれど、本当にそうなんだろうか。公立中学校に通う子供たちはお互いにたいして否応なく関心を持たずにはいられないような状況に置かれている。いじめはやはり「関心」のあらわれであるのだ。いじめをなくすとすれば、多少「無関心」になるほかはないのではないかと思わずにはいられない。「この子はこういう子だ」「普通の反応がもともとできない子なんだ」…「みとめること」「折り合うこと」はそうした「あきらめ」を通ってしか達せられない境地だ。それができないから「とうぜんの要求」をしつこく続け、要求に従わない相手がゆるせずケリを入れる。

「いじめ」への対処はいつもむずかしい。「いじめ」と認識することがそもそもいらだつ側のいらだちを理解しない大人の一方的「正義」と受け止められる。両方の言い分を聞き、仲裁して受け入れるよう働きかけても、当該生徒の「態度」が変わらないと、「こっちはこんなに努力して受け入れようとしたのに」と恨みを募らせ、無視と冷遇と虐待に正当化の根拠を加えてしまうのだ。

私も非力だが、他の教師も一様に非力であり、どこのクラスでも部活でもこんなことは起こっている。文科省も教育委員会も「いじめ撲滅キャンペーン」を張ったマスコミも非力である。無力とはいいたくないけど。どうしたらいいのか教えてください。。。

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沖縄慰霊の日に

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今日は「沖縄慰霊の日」です。

沖縄での「集団自決」に日本軍の関与があったとは証明できないから教科書に記載すべきではないという文科省の指示にたいして、この指示を取り消せと沖縄県議会が要請を出しました。

「集団自決が日本軍の関与なしには起こりえなかっただろうということは、否定しがたい事実だ」

「沖縄戦の真実が後世に正確に伝えられ、悲惨な戦争が二度と起こらないように、政府は教科書検定についての指示を取り消し、集団自決についての叙述が元通りに教科書に載るよう、強く要請する」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#syasetu1


ずいぶん前に「かんからさんしん」というアニメ映画を見ました。
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#syasetu1

たしかチビチリガマの前で、当時平和ガイドだった糸数慶子さんの話を聞いた夜に観たのでした。

従軍慰安婦についても沖縄戦についても私は学生時代、学校で習った記憶はありません。

それもそのはずで、従軍慰安婦の存在は私が大学を卒業してしばらくしたあと、明るみに出たのです。

沖縄からは、ヒロシマからも東京大空襲からも、ひもじかった戦争中の体験の話からもみえなかった戦争の姿がみえました。

チビチリガマにあえて遺された遺骨と「かんからさんしん」は、米軍に追い詰められて身を隠したガマ=洞窟の中にさえ、権力と序列があったのだということを教えてくれました。

ガマの一番奥の安全なところに日本軍の軍人が陣取ります。軍人さんは日本と沖縄とガマを守ってくれる有難いお方だからです。ガマの端っこの天井から空がみえている吹きさらしの一番危険なところが韓国・朝鮮人慰安婦にあてがわれます。ガマの中で泣き出す赤ん坊は「みんなの命を危険にさらすから」殺すように言われ、母親が「できない」と泣き出すと、軍人は銃剣を突きつけます。

「軍隊は国民を守る」という幻想がこっぱみじんに砕け散ったのが沖縄戦だったのだとかんじました。

だからこそ、政府は沖縄戦を教科書に載せたくないのでしょう。

「戦争の悲惨さ」についての話は、これから戦争を起こしていこうとする権力者をおびやかしません。

戦争を起こそうとする権力者にとって、それは同調するフリのできる話です。

「戦争は誰にとっても不幸な出来事なのだ」というお話も。

権力者が決して人々に語らせたくない話、聞かせたくない話は、「国家は国民を守るということ、軍隊は住民を守るということが幻想にすぎないのだ」というお話です。

それはまことにキケンなお話です。

だからこういうキケンなお話を人々に語り聞かせようとする人々を逮捕したり「悪者」に仕立て上げようとします。

でも「ほんとうのこと」にフタをしようとする人々こそ、悪者なのではないでしょうか。



「かんからさんしん」、心に残るアニメでした。子供たちにも若者たちにも大人たちにも、戦争のほんとうの姿が伝わりますように。


沖縄戦で亡くなった多くの人々の魂に祈りをささげます。

NOVA!

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今日のニュース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070615-00000413-yom-soci

NOVAには以前ちょこっとだけ通ったことがある。今は英語でメシを食っているけど、大学を出て10年以上、「英語はちょっとは読めるけどほとんど聴けない、話せない」典型的な大学出日本人だった。だけど「英語が話せたらいいなあ」というこれまた典型的日本人の憧れで、NOVAに通った。NOVAと私は相性が悪かった。I hate the artificial smile of the staff here!(ここのスタッフの作り笑いが嫌いなのよ!)と大人気ない暴言をついに受付嬢に投げつけたのも、相性の悪いスクールにお金を払ってじっとがまんしてレッスンを受けつづけるストレスがたまったせいだった。たいへん大人気なかったと今では思うけど、英語力を本気で伸ばそうと思うのなら、そのくらいワガママであって正解だった、従順な「生徒」であったなら私の英語力はけっして伸びなかっただろうとも思う。

数年後、英語で少しはオカネが稼げるようになり、自分自身がインストラクターとして英会話スクールに雇われるようになって、artificial smile(つくり笑い)を浮かべるネイティヴ講師の苦労とストレスもわかるようになった。控え室にいると、隣の教室でネイティヴ講師が子供たちに英語のゲームの相手をしている声が聞こえる。Good!Nice!Ha Ha Ha....ハイテンションな笑い声。そして控え室に戻ってくると彼はグッタリしている。話しかけるのも気の毒なくらいで、話しかけても弱々しいゲッソリした返事が返ってくるだけである。もちろんもともと社交的で「裏表」のないネイティヴ講師もいる。そういう講師は、日本人生徒がもとめる「欧米人」ティーチャーのステレオタイプにあてはまっているから、そんなに苦労はないけど、欧米人のなかには内向的なヤツもいるし、暗い性格のヤツもいる。それなのに「英会話の外国人の先生は明るくて面白くて社交的でなくっちゃ!」という生徒たちの暗黙の要請にしたがって、ムリして明るくふるまっている。日本人は欧米人と話したがるけど、日本人が彼らにする質問はおんなじような質問ばかりで、答える方はウンザリしているのだ。「外国人といっしょに楽しくパーティー」なんていうのも日本人にとっちゃモノ珍しくて楽しいんだろうけど、日本にいる欧米人にはしょっちゅうこんなリクエストがかかっていて、お金をもらってだったら付き合うけど、タダで休日を犠牲にする気にはなれない。コミュニケーションっていうのは母国語でであろうと外国語でであろうと、そういう他者の立場を理解することが前提だと思うのに。けっきょくNOVAは講師の質がどうとかいう前に、そこで話される英会話が「擬似コミュニケーション」でしかなかったために、面白くもなんともなくて、講師がムリをして努力すればするほどに、私のストレスもたまった。

日本で外国人と話していておもしろいとワクワクしたのは、ペルー人とかコロンビア人とかのスペイン語圏の南米人、中国人留学生などだった。東京の四谷にイグナチオ教会という大きいカトリック教会があって、日曜日にはスペイン語のミサも行われていた。スペイン語を勉強しはじめたころ、イグナチオ教会に行って、カタコトのスペイン語で話しかけると、彼らはすごく喜んでくれた。在日欧米人に英語で話しかけてもこうは喜んでくれない。ペルー人やコロンビア人とはすぐに友だちになって、彼らのほうでもあれこれ私に質問してきた。さっき買ったローションのパッケージの説明書に何が書いてあるのかとか、ゴミの出し方とか。ペルー人の友だちは観光ビザで入国して工場で働いていたけど、雇用主が賃金を払ってくれないということで、なんとかしてほしいというので電話で交渉をした。低賃金労働でこき使って利潤を上げていたくせに、「彼(ペルー人)は不法就労だったんですよ。不法ですよ、犯罪者なんですよ」と言った雇用主の言葉を今でも覚えている。入管に収容され、ペルーに送還されるまで、「お金を貸してほしい」とか「助けてほしい」とか私の手に余ることも頼まれたけど、それを「親切な日本人を利用した」というのなら、私たちだって欧米人を「わくわく体験」「異文化理解」のために利用しようとしているだけなんじゃないか。

今は勤めている中学校で「国際交流部」の顧問をしているけど、イギリスの学校の生徒と文通したい、インターナショナルスクールを訪問したい、などという生徒たちの要望は、むこうの需要がないために、はかばかしく実現しない。
私:「インターナショナルスクール訪問したい?」
生徒:「うん!したい、したい!」
私:「むずかしいかも。中華学校は?」
生徒:「それから中華街っていうのもいいね!」
私:「できたらね。あ、朝鮮学校っていうのもあるのよ」
生徒:「ヤダ!コワイ。」


NOVAの講師のつくり笑いの奥にひそむ疲労に鈍感で、「外国人」らしく愛想よくサービスしてくれ、「異文化体験」という名の非日常をつかの間与えてくれることをひたすら期待している日本人に、「国際交流」なんてできるのだろうか。NOVAだけがワルモノなのか。私たちを「だました」のか。

「ダメ教師にはやめていただく」って中川政調会長が言ったけど、中川の思惑は別として、「ダメ教師」っていうのはいるだろうと公立中学校の現場で格闘していると思う。自分が優秀な教師だと思ってゴーマンをかましているのでは間違ってもない。われながらずいぶん向かない仕事を日々していると思う。でも「この線を越えたらダメ教師だ」と思う一線はあって、それは途中で投げ出すこと、キレること、イジけること、感情に走ること、である。教師は最低限オトナでなくてはならない。子供に翻弄されて、キレたり、イジけたり、途中で投げ出したりしてはいけないのだ。

 公立中学校の教育現場は、「なんでこんなこと一生懸命やらせるのかなあ」と思うことがいっぱいある。委員会活動、生徒会、学級会、部活。そうした仕事をキチンとやらせることで忙しくて、平和教育も人権教育も、文科省が必死になってる「道徳」さえもやるヒマがない。でも委員会活動一生懸命やっている生徒たちを見ていると、もともとナナメに構えがちなスターとしては、「なんでそんなことを一生懸命やる?世界にはもっと重要な問題があるのよ」なんて個人的には思うけど、「この子たちは市民社会で立派な労働者になるだろう」とは思うワケである。与えられた仕事をきちんと責任感を持って果たすこと、ソッポを向くクラスメートにコッチを向かせて、まとめていくこと、明るくイジケずに、包容力をもって、かつ集団をまとめていくこと、そうした手腕はどっちかっていうと体育会系の能力だ。で、体育会の学生は就職のときに企業から引っ張りだこだって聞いたけど、企業社会が求めているのはまさにそういう人材なんだろうなあと思うワケ。だから学校はいまや世間の信用を一気になくしてるけど、市民社会=企業社会で求められているこういう資質を育てることではなかなかがんばってると思うワケである。スターはブログでえらそうなこと言ってるけど、「いい労働者」とは言いがたいので、仮の姿は教師だけど、中学生といっしょにこーゆーことを日々勉強して鍛えられてるワケである。今までタラタラした高校ばかりに勤めていたので、点呼なんてあんまし取ったこともなくて、生徒の間をフラフラ歩きながら、「えー、○○クンはいるかな、あ、いるね」なんてやってたら、コワイ学年主任に「スター先生、先生は前にいて動かない!生徒に報告させに来る!」なんて怒られた。「気をつけ!前へ〜ナラエ!」なんてのもビビるしなあ。。。労働者としての中学教師と労働者の卵としての中学生が身につけねばならない資質はかぎりなく似通っていて、きちんと提出物を期日までに提出すること、連絡すべきことはきちんと連絡すること、ワガママで身勝手な周囲の奴らの反発を買わずに心をつかんで一つの方向に引っ張っていくこと、そしてそんなスゴイことはできないまでも、せめて難しい人間関係の中でイジメの餌食とならず、うまくやっていくこと、である。子供たちはそういうことが中学生活を生き抜くために必要なことだと本能的に悟っていて、また将来オトナとして社会を生き抜いていくためにもきっと必要なことだと直感している。

いじめの被害者にたいする中学生たちの同情の希薄さは、おそらくこういうところに起因している。他人の神経を逆なでしたり、イラだたせたり、班長や学級委員をやりながら頼りにならないやつ、授業中に当てられてもモタモタして答えないで授業の進行を遅らせるやつは、同情に値しない。コッチもメーワクをこうむっているのだから。これは企業社会と同じ論理だ。もし子供たちを立派な企業戦士に育てたいのなら、こんなところで同情して「いじめはいけない」「みんなちがってみんないい」なんてキレイゴトを言わないことだ。責任感と一定程度の仕事の能力と最低限の人望は、働いてカネを稼ぐためには必要なのだ。子供たちは端的にそのことを見抜き、そんな行動原理にのっとって生きているオトナが子供にたいしてだけ別な行動原理を要求することを鼻先でせせら笑っている。

もちろん、この原理からこぼれ落ちたところに、「憲法」も「平和」も「人権」も「神と人のかかわり」もある。そういうことも教えなくてはならないと多くの中学教師も文科省ですら考えている。しかし中学校の日常を覆い尽くす上の原理とかみあわないのだ。だからたいへんソラゾラしいことになる。第一ヒマがない。「道徳」の授業なんて、ブログでその是非をめぐって盛り上がってるわりには、実際の教室ではロクに教えられていない。今日の道徳の時間も、球技大会の種目決めでつぶれた。集中力のない子供たちを飽きさせない授業の案を練ったり、クラスをまとめたり、きちんと指示を聞かせるためのテクを駆使したり、部活の指導をしたりするのに忙しくて、教師もいっぱいいっぱいである。こんな子供たちに「南京大虐殺」を教え、「日本は隣国にひどいことをしたんだ」と思わせる「洗脳教育」をする余力のある教師がいるとしたら、「ダメ教師」どころではない。「スーパーマン」である。

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「野生化の時代」さんからトラバをいただきました。http://zaki.seesaa.net/article/44129902.html?reload=2007-06-10T15:16:59
ZAKIさんは、共謀罪反対の国会前集会でよくお見かけしました。こういう元気なおじさん(あたしはオバサン)にがんばってもらいたい。保坂さんのように、市民と国会との架け橋となってくれることでしょう。


(転送歓迎)
28日に正式に9条ネットからの参院選全国比例区、立候補が報道機関に発表されました。

何しろ初めての選挙なので、選対の立ち上げと諸々の手続きや選挙カーやライブの準備などに忙殺され、更新が遅くなっちゃってごめんなさい。^^;
きのう、東京で決起ライブ&交歓会があり、大盛況。(近々動画もアップ)
本格的に活動が始まりました!
歌とビデオで盛り上がり、参院選に臨む決意を叫び上げ、支援の方達が交流しました。
今後、街宣予定の情報をその都度ブログにアップして行きます。
チラシ配り、選挙カーの運転、ネットで広げるなど、協力よろしくお願いたします!

ミレニアムシティーの小野さんがミクシーの応援コミュニティーを作ってくれました。
参加よろしくです!
      ↓
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2263265



     参院選に臨む決意表明     ZAKI


戦争推進法案群を次々と強行採決して行く政府与党の策動に対して、
今こそ国政に対し決起すべき時がやって来ました。
この先、共謀罪法案を通し、
国民がモノを言うことさえ出来ない状況に追い込もうとしています。
さらには金を貢ぐ大企業ばかり儲けさせ、庶民の正規雇用を奪い格差社会化を加速。
教育は改悪され、弱者、障害者切り捨て、儲け主義のための自然破壊は止まる所を知らない。
こんな政治が続けば、日本は、いや人類は確実に滅んで行くでしょう。
国民がこの惨状をリアルに認識すれば、許しておくわけがねえ!!

ミュージシャンとして、この10年の自給自足と自然循環法の実践を踏まえ、
このとんでもない現実をまだ知らない多くの人々に、歌と叫びで訴えかけて行きます!
今後、毎年数十兆という国債の借款が押し寄せて来ます。
すでに完全に破綻している財政が、顕在的に崩壊する可能性も高まっています。
財政破綻による激動と、食料、エネルギー危機にも備えておく必要があります。
その時は、自公政権を全員引責追放するチャンスでもあります!
国民がそれを乗り越えてゆくための道程もしっかり提示して行きたい。

日本国民の、いや世界中の生存権が奪われようとしている。
憲法9条は絶対に変えさせない!
与党の悪政をみんなの力でブッ止めてやりましょう!!



筋金入りのプレカリアートなので、選挙資金がありません。
投げ銭、カンパ、よろしくお願いします!

受付の口座番号
        
郵便振替口座番号  00120−4−704209
口座名義  ノザキマサトシ

銀行口座
りそな銀行(普通)540(茂原支店)1338647
口座名義  ノザキマサトシ 



             政策


・戦争放棄の憲法9条を守り、政府の戦争政策をブッ止める。

・奪われ続ける、若者達、社会的弱者、障害者の人権と生活を取り戻し、
男も女も、大人も子供も、みんなが分かち合い、助け合える社会への転換。

・国民の基本的人権を踏みにじり、言論を封殺する共謀罪の阻止。

・ハート To ハートの、人間性を育み、多様性を認め合える教育。

・財政破綻にともなう混乱、食料エネルギー危機を乗り越える備蓄政策。

・キューバを手本にした有機農、自然エネルギーへの国家的大転換を実現する。

・担い手がいなく壊滅状態の第1次産業の復興と、早急な食料、物資、エネルギーの
自給率アップ、

・自然暮らしを楽しむ自然循環生活への一人一人の転換を促進する政策。

・原発、核兵器の廃絶。


       ZAKI プロフィール

1963年、3月13日生まれの44才、札幌出身。
作曲、編曲家、プロデューサーとして、SMAPや
海外ではMEJAなど多くのアーティストの作品や、CM音楽を手掛ける。
現在は弾き語りを中心とした、半農半漁の自給自足シンガーソングライダー。
海や自然から受け取ったインスピレーションを歌い綴る。
奥さんと子供4人(23才、20才、高1、小4)の6人家族。

取るために与える、利己欲を扇動する資本主義的なギブ&テイクをやめ、
自分に出来ることを世の中に開放し、誰もが受け取れる。
    サーブ            安堵       レシーブ
(供給、仕える、誰もが受け取れる)       (喜び、感謝と共に受け取る) 
の生き方に目覚め、大道芸人や托鉢の僧侶と同じ、
ストリートの投げ銭スタイルで活動している。
現在、沖縄県石垣市の海近くに在住、有機栽培、投網漁などによる自給生活をしながら、
各地で音楽活動を続ける。

環境破壊、お金のための戦争による人類の行く末を憂い、
簡単に出来る自然循環、自給生活の大切さを伝えながら、
政府の戦争推進法案群を止めさせるために、共謀罪、教育基本法改悪、
そして憲法を改悪するための ”改憲手続法” を阻止するために
楽しくプロテストする歌を作り、国会や人の多い駅頭などでの大音量の街宣や、
講演ライブなどに全力を傾けている。
最近ではTV番組の”10万円で暮らせる田舎町”や”銭形金太郎”などに出演、全国に活動が紹介される。


自分に出来ることを世の中に開放し、貧富関係なく誰でも受け取れる。
大道芸人と同じストリートの投げ銭スタイルで生きています。
ギブ&テイクじゃない、”サーブ安堵レシーブ”って何??

        ↓
http://zaki.seesaa.net/article/12334220.html



無料配信している”へんな改憲手続法”の歌、
法案は通されたけど、3年の凍結期間に全国民が聞けば、
本番の国民投票ですごい効果が上がります!
下のURLをクリックで視聴、または右クリックして対象をファイルに保存でダウンロード出来ます!
(歌詞は下のログに書いてあります。)  
          ↓
http://zaki8.net/dl/kaiken-tetudukihou.mp3
または、
http://zaki8.us/dl/kaiken-tetudukihou.mp3
(1日の転送量制限で、それぞれのサーバーが約4000ダウンロードを超えると配信が止まりますが、翌日の配信が午後5時からまた始まります。)

草加耕助さんがこの歌にムービーを付けてくれました!
           ↓
http://bund.jp/modules/wordpress/index.php?p=359

より広げるために、この曲をDLして自己サーバーから配信してくれるサイトを募集しています。
政府の悪行をまだ知らない人々に伝えて行きましょう!

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