キリスト者として今を生きる

風は冷たいけれど春の訪れを感じます。。。

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最近の子供たち若者たちの語彙の貧しさには唖然とすることがあるが、それは一方的な決めつけで、「言葉」と「わたし」、「世界」と「わたし」との関係そのものが変化しているのかな。わかんない。中学校一年の国語の教科書に「ユーモア」という言葉が出てきたところ、クラスの3分の2の子供たちが知らなかったそうだ。「ユーモア」なんて言葉、今まできいたことないって。じゃあ「そういうもの」を子供たちはなんという言葉で表現するかというと、「ギャグ」と言うそうだ。次のセリフは「ギャグ」か「ユーモア」か。


少し前のことだが、113歳で長寿世界一となった泉重千代さんへのインタビュー。
インタビュアー:「好みの女性は?」
泉重千代さん:「年上の女性」

「ひいきの力士は?」とたずねられた昭和天皇。
「職業上の秘密です。」


ユダヤ人のジョーク集より。
ユダヤ人の男が臨終を迎えていた。死の床に家族が集まった。男はだんだん遠くなる意識の中で家族一人一人に呼びかけた。 

「妻よ、ここにいるのか?」 

「はい、おります」 

「息子よ、いるのか?」 

「ここにいるよ、父さん」 

「エスターはいるのか?」 

 「はい、家族みんなここにおります、お父さま」 

家族がそう答えると男は言った。 

「では、いったい誰が店の番をしているのだね?」


「ユーモア」のおかしみは徹底的に自分を突き放すところから生まれる。自分にとっての「重要性」や「せっぱつまった状況」を突き放して、客観視するところから生まれる視野の広がり。それがユーモアのもたらす解放感だ。死の床にある男にとって「店番」などどうでもいいことだが、「みんな出払ってしまったら店番はどうなってるんだ」と問うことで、一転、男の置かれた状況そのものを相対化してみせる。泉重千代さんも昭和天皇も自分の立場をわかっていて、自分の感情はさておいて立場、あるいは「他人からみた自分」を一旦ひきうけてものを言うそのゆとりが、聞き手を感心させる。死人の魂が身体を離れ、天井から葬式の場面を淡々と眺めているような「もうひとりの自分」がユーモアの主体である。


「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」(ドイツ人によく知られたユーモアの定義)

「真のユーモアの源泉は哀愁である」(アメリカの作家、マーク ・ トゥエイン)

「幸福な状態の時ユ一モアは生まれない」(「スヌーピー」の漫画家チャールズ ・ M ・ シュルツ)


状況とその中におかれた自分を突き放す態度は、自己と他者にたいする両方の愛をもって生き抜く力となる。

ユーモアがあれば、社会はファシズムにも全体主義にも傾斜しないだろう。「ギャグ」にそのような力があるのか。

「ユーモア」ということばを知らない子供たち若者たちは、どうやってこの困難な現実を生き抜く力を得ていくのだろう。

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