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今日のニュース:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070615-00000413-yom-soci
NOVAには以前ちょこっとだけ通ったことがある。今は英語でメシを食っているけど、大学を出て10年以上、「英語はちょっとは読めるけどほとんど聴けない、話せない」典型的な大学出日本人だった。だけど「英語が話せたらいいなあ」というこれまた典型的日本人の憧れで、NOVAに通った。NOVAと私は相性が悪かった。I hate the artificial smile of the staff here!(ここのスタッフの作り笑いが嫌いなのよ!)と大人気ない暴言をついに受付嬢に投げつけたのも、相性の悪いスクールにお金を払ってじっとがまんしてレッスンを受けつづけるストレスがたまったせいだった。たいへん大人気なかったと今では思うけど、英語力を本気で伸ばそうと思うのなら、そのくらいワガママであって正解だった、従順な「生徒」であったなら私の英語力はけっして伸びなかっただろうとも思う。
数年後、英語で少しはオカネが稼げるようになり、自分自身がインストラクターとして英会話スクールに雇われるようになって、artificial smile(つくり笑い)を浮かべるネイティヴ講師の苦労とストレスもわかるようになった。控え室にいると、隣の教室でネイティヴ講師が子供たちに英語のゲームの相手をしている声が聞こえる。Good!Nice!Ha Ha Ha....ハイテンションな笑い声。そして控え室に戻ってくると彼はグッタリしている。話しかけるのも気の毒なくらいで、話しかけても弱々しいゲッソリした返事が返ってくるだけである。もちろんもともと社交的で「裏表」のないネイティヴ講師もいる。そういう講師は、日本人生徒がもとめる「欧米人」ティーチャーのステレオタイプにあてはまっているから、そんなに苦労はないけど、欧米人のなかには内向的なヤツもいるし、暗い性格のヤツもいる。それなのに「英会話の外国人の先生は明るくて面白くて社交的でなくっちゃ!」という生徒たちの暗黙の要請にしたがって、ムリして明るくふるまっている。日本人は欧米人と話したがるけど、日本人が彼らにする質問はおんなじような質問ばかりで、答える方はウンザリしているのだ。「外国人といっしょに楽しくパーティー」なんていうのも日本人にとっちゃモノ珍しくて楽しいんだろうけど、日本にいる欧米人にはしょっちゅうこんなリクエストがかかっていて、お金をもらってだったら付き合うけど、タダで休日を犠牲にする気にはなれない。コミュニケーションっていうのは母国語でであろうと外国語でであろうと、そういう他者の立場を理解することが前提だと思うのに。けっきょくNOVAは講師の質がどうとかいう前に、そこで話される英会話が「擬似コミュニケーション」でしかなかったために、面白くもなんともなくて、講師がムリをして努力すればするほどに、私のストレスもたまった。
日本で外国人と話していておもしろいとワクワクしたのは、ペルー人とかコロンビア人とかのスペイン語圏の南米人、中国人留学生などだった。東京の四谷にイグナチオ教会という大きいカトリック教会があって、日曜日にはスペイン語のミサも行われていた。スペイン語を勉強しはじめたころ、イグナチオ教会に行って、カタコトのスペイン語で話しかけると、彼らはすごく喜んでくれた。在日欧米人に英語で話しかけてもこうは喜んでくれない。ペルー人やコロンビア人とはすぐに友だちになって、彼らのほうでもあれこれ私に質問してきた。さっき買ったローションのパッケージの説明書に何が書いてあるのかとか、ゴミの出し方とか。ペルー人の友だちは観光ビザで入国して工場で働いていたけど、雇用主が賃金を払ってくれないということで、なんとかしてほしいというので電話で交渉をした。低賃金労働でこき使って利潤を上げていたくせに、「彼(ペルー人)は不法就労だったんですよ。不法ですよ、犯罪者なんですよ」と言った雇用主の言葉を今でも覚えている。入管に収容され、ペルーに送還されるまで、「お金を貸してほしい」とか「助けてほしい」とか私の手に余ることも頼まれたけど、それを「親切な日本人を利用した」というのなら、私たちだって欧米人を「わくわく体験」「異文化理解」のために利用しようとしているだけなんじゃないか。
今は勤めている中学校で「国際交流部」の顧問をしているけど、イギリスの学校の生徒と文通したい、インターナショナルスクールを訪問したい、などという生徒たちの要望は、むこうの需要がないために、はかばかしく実現しない。
私:「インターナショナルスクール訪問したい?」
生徒:「うん!したい、したい!」
私:「むずかしいかも。中華学校は?」
生徒:「それから中華街っていうのもいいね!」
私:「できたらね。あ、朝鮮学校っていうのもあるのよ」
生徒:「ヤダ!コワイ。」
NOVAの講師のつくり笑いの奥にひそむ疲労に鈍感で、「外国人」らしく愛想よくサービスしてくれ、「異文化体験」という名の非日常をつかの間与えてくれることをひたすら期待している日本人に、「国際交流」なんてできるのだろうか。NOVAだけがワルモノなのか。私たちを「だました」のか。
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