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レバノンの爆撃が止み、レバノン市民が帰還を始めました。瓦礫になった街。子供をなくした親、両親をなくした子供。ロンドンでは、実行前に発覚した飛行機テロ。イスラエルとレバノンの爆撃は止みましたが、憎悪はますます深く広く、人々の心に根付いて、世界を分断したように思えます。そして日本では首相が8月15日に靖国神社を参拝し、あの戦争が何だったのかをめぐって隣の人と交わす会話がますますチグハグになっています。中国人と日本人、若者と老人のあいだで。
アメリカの著名な言語学者チョムスキーが9・11以後の世界について語ったDVDを観ました。大学時代、「言語哲学」という講義で知ったチョムスキーの生成文法はむずかしくて、さっぱりわからなかったけど、世界について語るチョムスキーの言葉は明白です。彼の言語哲学と世界の分析は「全くカンケイない」そうです。本人が言ってた。(正直な人だ。。。)チョムスキーの講演のテーマ「将来の奈落をのぞく」 …レバノンとテロと靖国をテレビの画面で観ながら、同じ気持ちです。以下、DVDからのチョムスキーの言葉の抜粋と私が感じたこと。
9・11以後のことは、十分予測できました。世界中の残忍で抑圧的な権力が、この事件をいいように利用するだろうと。
あのテロは疑いなく歴史的な事件です。しかし私が思うにテロの最大の影響は、すでにあった動きを加速し強めたことです。日本でもどこでも同じです。日本では憲法改正に向かうかもしれません。世界中の政府が9・11をチャンスと見ました。保守的で残酷な計画を進める絶好の機会だと。国民は当然不満に思い反対するでしょう。しかし恐怖と緊張の時期を利用して、愛国心に訴えれば、計画を遂行できる。
憲法と教育基本法の改悪、共謀罪の創設…。北朝鮮のミサイルへの恐怖と不安。
「恐怖」と「不安」の正体は何か、「恐怖」と「不安」をどう処理していくのか、それが私たちの個々の人生および国と世界の行く末を決めるカギだと思います。
「対テロ戦争」なる言葉は眉つばです。世界最悪のテロ国家が率いているのですから。アメリカに「対テロ」を語る資格などない。
チョムスキーは、中南米の親米軍事政権をアメリカが支援して、多くの人々を虐殺させたことについて語ります。また、イラクのフセインを育ててきたのはブッシュ父さんだったとも指摘します。「アメリカは堕落した残酷な政権を支援した」「民主化と地域開発を妨げている」「狙いは石油だ」…
9・11が重要なのは規模や性質と関係ない。誰が犠牲になったかが歴史的なのだ。ひどいことだけれど、世界ではさほど珍しいことではない。欧米や日本以外ではそう感じたでしょうね。昔から帝国主義国家が他国を扱うやり方です。歴史的なのは事件の規模や性質ではなく、誰が犠牲になったか、そこが歴史的なのです。この数百年つねに帝国主義国家は攻撃を免れてきました。悲劇は他国で起こるものです。日本が中国で残虐行為を行なったときに、中国人が東京でテロを行なったでしょうか。いつも他の場所。でも今回は違いました。
アメリカが9・11でやられたことは、アメリカがずっと他国にしてきたことだった。そうチョムスキーは語ります。「(ベトナム戦争で化学兵器を使い、多くの人々を殺したことを)アメリカ人の誰も覚えていませんよ。我々が他人にしたことだから。我々が何かされれば世界は破局に向かうが、我々が他人に何をやっても問題ない。」つまり、これまで常に恐怖と痛みを与える側だった強者が、初めて恐怖と痛みを受ける側になったということ…その意味で9.11は「歴史的」だった、と。
アメリカは外交的にパレスチナ問題の解決を妨げてきました。軍事的財政的にも占領を支援している。イスラエルを動かしているのは我々の税金だ。5万人に拷問を加えているのに、アメリカは気にもしない。彼らがレバノンを攻め、2万人を殺しても、アメリカは国連による解決を妨害しました。残虐行為として騒がれるのは、イスラエルが被害を受けたときだけです。現在唯一の課題は自爆テロだ。始まったのは去年です。確かに恐ろしい犯罪だ。パレスチナ人による1年間の攻撃です。34年間の沈黙の後の。占領地からの攻撃は初めてでした。占領地の住民は受け身なものと決まっていました。植民地と同じです。図式が変化することは許されません。アメリカが許さないのですよ。
今回のイスラエルによるレバノン爆撃以前のチョムスキーの言葉です。チョムスキーは「34年の沈黙」におけるパレスチナの人々の声を聞こうとします。だからこそアメリカ政府の次のような姿勢をゆるすことができません------「言うとおりにしなさい。君の意見など関係ない。」
テロを止めたいなら参加しないことです。
テロは軍事力で防ぐことはできない。憎しみの原因を探し、取り除くことだ、と。「現代の技術を使えば-----高度な技術をもたない小さな集団にも、大惨事を起こすことが可能です。サリン事件も一例です。騒いでもしょうがない。これ以上の悲劇を防ぎたいと思うなら、原因を探すことです。」
他人が犯した罪を批判するのはたやすく、軽率で、ときには恥ずべきことです。鏡をのぞく方が重要で、はるかにむずかしい。
チョムスキーは、アメリカだけが「悪の帝国」であるわけではない、歴史的に国家はいつもそういう罪を犯してきたのだ、ということを認めた上で言います。「自虐史観」といい、北朝鮮のミサイルに騒ぐ日本人は、「鏡をのぞい」たのだろうか。
偽善者とは、他人に適用する基準を、自分に対しては適用しない人間のことです。ブッシュの好きな聖書にも書いてある。
他者に適用する基準を自分に対しても適用することがモラルの基本だ、とチョムスキーは語ります。モラルを取り戻すこと、それが最も効果的な「テロとのたたかい」なのかもしれません。チョムスキーは希望を語ります。
「反グローバル化」運動なる妙な名前の運動は、民衆主体のグローバル化をめざすもので、新しいけれど大きな動きとなり、この国を変えました。世界はバラ色ではないが、よくなっている。身近な問題から物事を達成できるのです。教育や組織化によって。可能性は無限です。トルコやコロンビアと違い、暗殺や投獄される心配もない。何でもできるのですよ。意思さえあれば。
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