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「野生化の時代」さんからトラバをいただきました。http://zaki.seesaa.net/article/44129902.html?reload=2007-06-10T15:16:59 |

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こんにちは、ゲストさん
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「野生化の時代」さんからトラバをいただきました。http://zaki.seesaa.net/article/44129902.html?reload=2007-06-10T15:16:59 |
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去年はまだパートタイマーでちょっとは時間があったから、教育基本法「改正」や共謀罪に反対して国会前に出かけたりしたもんだけど、そこで「愛国心の押しつけハンタ〜イ!」なんてコブシを振り上げてると、道路を隔てた向こう側からバシャバシャ写真を撮られた。ちょっと!なんであたしの写真を無断で撮るのよ?!エッチ!チカン!のぞき魔!あたしの写真がそんなにが欲しいんだったらモデル料払わんかい?!エビちゃんと同額で手を打ったるわ。「個人情報保護法」とか「肖像権」とかありませんでしたっけ?日比谷公会堂に教育基本法「改正」反対の集会に行ったときは、たのまれてビラとか配ってたけど、私服の公安がグルっと遠巻きに取り囲んで、なにやらメモ帳にいっしょうけんめい書き込みをしていた。「おい、誰それがいたぞ」なんてささやきあってるのも聞こえた。マジ、恐怖をかんじたわ。 |
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ごめんなさい。しばらくブログを留守にします。 忙しいからというのではないのですけれど。 ブログは生活の一部として、たのしんでやってきました。これからも更新の頻度は少なくても続けていくつもりです。 現実生活はいろいろ大変です。 乗り越えていかなくてはいけないことがたくさんあります。 たいへんだけど(みなさんもね)、そのなかから何をつかむかは「状況」ではなく「自分自身」にかかっているのだと思っています。 今ネットカフェから記事を書いています。PCにアクセスできない状況になってしまいました。 そんなわけで、記事の更新やお返事もままならなくなってしまいました。 もうすぐ憲法記念日ですね。 憲法を守り平和をつくり出していくことに私たちが貢献できますように。 しばらくお別れしますが、またお会いしましょう!(それまで忘れないでね…笑)
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市とトラブルがあったことぐらいで、ここまでやるかという印象。選挙だと大衆の前に姿を現すから、狙いやすかったのかもしれない。今回のような事件があると萎縮(いしゅく)する人も出てくるだろうし、逆に過剰な警備を生み出すことにもなる。いずれにしても許しがたい事件だ。
愛国心は国民一人一人が、心の中に持っていればいい。口に出していったら嘘になる。また他人を批判する時の道具になるし、凶器になりやすい。だから、胸の中に秘めておくか、どうしてもいう必要があるときは、小声でそっと言ったらいい。
◆あの戦争は、やっぱり感動的だった
石原 ぼくなんか海兵の予備校のようなものだった湘南中学にいたから、もう2年早かったら実際に海軍士官として戦っていたからね。で、最後の夏(1945年)に厚木の飛行場に学徒動員でかり出されたときのこと。1週間もすると兵隊とも仲良くなる。そしてある日、「今日、大空中戦がある」っていう密かな噂がたって、27〜28機いた飛行機が南のほうへ発進していった。でも、なかなか飛行機が帰ってこないわけだ。それで整備兵が「何時までに帰ってこなかったらもうダメだ」なんて言う。なかには木更津に降りたりとか、あちこちでダイブ・アウトした飛行機もあったらしいけれど、電話が不便なところにあったんでそれもよくわからない。/気を揉みながら数人の予備兵が夕焼けのなか、滑走路の端でずーっと座っているわけ。それでも1機は帰ってきたんだ。それが不時着して、みんなで走り寄ってその傷ついている兵隊を運び出すのを手伝った/あれがやっぱり国家なんだよね。だから何度思い返しても、悲しいとかなんかじゃない。やっぱり感動的だったな。あのとき兵隊さんたちと一緒にしみじみぼくは国家と座っていたんだと思うね(と、ハンカチで涙を拭く)。/それと思い出すのは、学徒動員される前に学校から帰る途中で空襲にあったことね。止まっている電車が見えたんで、そこに向かって走っていたら、麦畑のなかで敵の艦載機に襲われてさ。パァーと伏せるわけ。そこで一人撃たれるんだけど、さらにその先に森があったんで、そこまで走ろうとしたら、今度は畝の低い芋畑のところで、また次の飛行機がくるわけだ。伏せる場所がないからそのまま走っていると、今度は撃たれない。なぜだって、振り仰ぐとそれが日本の飛行機でさ。濃い褐色に日の丸が描いてある。それがとっても鮮やかで、こう震いつきたくなるようなものがしたな。その感覚っていうのは、オリンピックで日章旗があがるどころのものじゃないんだよ。(99.8.25/9.8『SAPIO』 小林よしのりとの対談) http://faith.freespace.jp/ryutokyo/ryutokyo/isiharahatugen2.htm
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「憲法改正」は、あくまでも‘国民の主権行使’であり、‘国民の権限’です。 国会は便宜上、発議権を与えられているにすぎません。 本来なら、国民が改憲を発案し、それを国民投票で決するのが筋ですが、便宜上、国民代表者である国会に発議権を与えたというだけです。 あくまでも「憲法改正」の主体は、国民、この場合は有権者です。 ですから、ここで要求される国民の意思も、“積極的に改憲に賛成の国民”が、どれほどいるかが、問題となるのです。 改憲に反対の国民がどれほどいるかが、問題なのではありません。 『硬性憲法』という性質上、あくまでも改憲は例外です。 例外として改憲が必要と考える主権者が、有権者の中にどれほどいるかが、問題なのです。 憲法制定権者である有権者がどれくらい、“積極的に改憲に賛成”かが、問題なのですから、「国民投票の過半数」というのは、「有権者の過半数」であることが論理必然です。 けっして「投票総数の過半数」ですまさせるべきものではありません。 通常の法律制定の際の過半数とは、まったく意味が違うのです。 また、少なくとも最低投票率を規定しなければ、有権者が積極的に賛成したという判断をすることができなくなります。 投票率20%、その過半数(つまり有権者の10%)の賛成で、「憲法改正」が成立してしまったのでは、主権者たる有権者の意思で改憲したとは、とてもいえないのです。 最低投票率または、絶対得票率(全有権者比で改憲に必要とされる得票率)を規定することは、96条が主権の行使として国民投票による「憲法改正」を要求したことから、論理必然と考えます。 96条の国民投票は、79条2項や95条のように間接民主制の弊害を除去するために、例外的に安全弁的に直接民主制を採用したのではありません。 あくまでも、主権者たる国民が自らの意思で憲法を変えることができるので、当然に国民投票で自分の意思を表明できるとしたのです。 国会議員の2/3も賛成しているのだから、国民の賛成はごくわずかでもいいのだというような考えは、国民主権の理念を踏みにじるものです。 「憲法改正」は、通常の国政のような間接民主制ではなく、あくまでも直接民主制が原則なのだということを忘れてはなりません。 また、憲法自体は、この国民投票において最低得票率を要求していないから、こうした要件を課すことは、国民投票に憲法が予定しない制限を課すもので認められないという考えがあるようですが、これも間違っています。 これまで述べてきたように、憲法は、「憲法改正」は国民が“主権者”として行うものであるからこそ、国民投票を要求しているのであり、国民のごくわずかの賛成で憲法改正が可能になるような制度設計を、そもそも許していないと、考えるべきです。 よって、最低投票率の定めは、むしろ憲法の要求するところなのです。
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